第4話 冷めた心

 すぐるうつろな目に、花織が単なる映像として映る。

 こおりつくような視線。

 加えて先程の冷たい返答。


 その態度に、花織は委縮いしゅくするあまりうつむいてしまう。


 しかし、ここで逃げては水の泡。

 すぐにまた勇気を振りしぼり、まっすぐに見つめ返す!

 そして、大きく息を吸い……。


「あなたが! えっと、その……」


 ハキハキと切り出したものの、すぐに失速。

 緊張で言葉が途切とぎれ、口元は震えだす。

 それでも必死にとどまり、一度浮かんだ言葉をゆっくりと手繰たぐせる。


「ええと……。すぐるさん……ですか?」


 やっとの思いで出せた声。

 しかし、すぐには返答がなく、しばらく沈黙が流れる。


 不安な表情で待つ花織。

 すると、数秒後……。


「そうだが、突然何の用だ?」


 またしても、ぶっきらぼうな返答。

 重たい空気の中、花織は伝えるべき言葉を脳内で反芻はんすうする。

 そして、呼吸を整え意を決した。


「えっと……ウィザーズウォーゲーム……っていう、最近流行りのカードゲーム……知ってますか?」


 脳内での予行演習が裏目に出て、多少ぎこちなくなったその問いかけ。

 だが、すぐるはそれすら気にもめず、一切の興味を示さない。


 そして、再び数秒の沈黙が流れたのち……。


「知っているが?」


 ようやく返ってきたのは、やはりたったの一言。

 しかし、花織はめげずに視線をわし続ける。

 再三に渡り流れる沈黙。

 と、次の瞬間しゅんかん、花織は勢いよく頭を下げた。


「お願いします! 助けてください!」


 大声で懇願こんがん

 さらに再度……。


「お願いします!」


 その姿勢のまま、声に出した。

 対し、すぐる怪訝けげんな表情を浮かべる。


「……助ける?」

「はい!」


 返事と共に、花織は勢いよく顔を上げた。

 すぐるは思わず半歩退しりぞく。

 すかさず花織がそのを詰める。


「私、どうしてもお金が必要なんです! この大会で勝てば、賞金が手に入るんです!」

「……で? 代わりに出てほしいと?」

「はい……」


 うつむく花織。

 対し、すぐる外方そっぽを向き、深く溜息ためいきいた。


 再度流れる沈黙の中、逃げずにじっと上目遣うわめづかいで見つめる花織。

 やがて、すぐるは横目で彼女を見ながら口を開いた。


「何でそんなことオレがしなければならないんだ? 大体、賞金だけ自分がもらうだなんて図々ずうずうしい話がどこにある?」


 吐き捨てられた抑揚よくようの薄い声。

 対し、花織は間髪かんはつ入れずにもう一度頭を下げた。


「お願いします! どうしても必要なんです! カードならありますから……。あなたに全部差し上げますから……」


 こちらも負けじと必死の懇願こんがん

 だが、すぐるは非情にも背を向ける。


「いらないな。カードを買う金くらいある」

「そんな……」

「悪いが、オレは二度と誰にも期待されたくないんだ。他をたよれ」


 そう言い残し、歩き去ってしまった。


 ここまではっきりと断られてしまっては、これ以上どうすることもできない。

 やむなくして、うつむきながらショップへ戻ると、しょうに優しく出迎えられた。

 そして、明日もう一度たのんでみるようはげまされ、この日は帰宅。


 翌日、ゲームセンターを探すもすぐるの姿は見つからなかった。

 仕方なくショップへ向かい、暗い顔でドアを開けたその時!

 奥のテーブルで人影がらいだ。


「……ッ!」


 花織は息をみ、みるみる蒼褪あおざめる。

 その目に飛びんできたのは、ひざからくずれ落ちる男性の姿。

 たった今、バトルに敗れたプレイヤーだ。

 その対面には不敵に笑うごう

 やはり、相手へと罵声ばせいを投げかけており、周囲の人々の反感を買っている。


 その様子を見ただけで花織の足がすくむ。

 だが、しばらく見ている内に敗者を放っておけなくなり、またしてもそのテーブルのもとへと歩き出した。

 そして面と向かって非難し、昨日と同様にバトルへと突入。


 と、丁度ちょうどそこへすぐるが来店した。

 しかし、すぐに異常を察知しきびすを返してしまう。

 そしてそのままショップを後にすべく、溜息ためいきと共に一歩踏み出したその時。


「助けてあげないのかい?」


 静かな声に呼び止められ、すぐるおもむろに振り返る。

 そして、声の主であるしょうと目が合った。

 すぐるはその顔を気怠けだるそうにながめ、数秒後……。


「誰だお前?」


 さして興味も示さぬまま、機械的に質問を投げかけた。

 対するしょうは思わず苦笑し、名刺を取り出しつつ歩みる。


「ごめんごめん。急に話しかけられても困るよね。僕はウィザーズウォーゲームの社員だよ」


 そう言って手渡された名刺をボーっとながめてから、すぐるしょうへと視線を戻した。

 目に映るのはさわやかな微笑ほほえみ。

 対照的に、すぐるは深く溜息ためいきき、冷ややかな視線を向ける。


「お前が助けてやればいいだろ……」


 しょうへの文句というよりは、つぶやきに近いトーンの吐き捨て。

 直後、すぐるは立ち去ろうと足を踏み出した。

 これにはさすがのしょうあわて、引きめようと手をばす。


「いやいや、僕には無理だよ! やっぱりここはすぐる君の出番じゃないかな?」


 忘れ去られたみずからの名が初対面のしょうの口から発され、思わずすぐるはピタリと足を止めた。

 直後、半歩横を向き鋭くにらむ。


「目的はオレか? そうか、お前も鬱陶うっとうしいゲームプロデューサーと同じか。いろんなゲームからいまだに声がかかるが、はっきり言って迷惑だ」


 先程までの冷たく無感情な声とは違う、少し強い口調。

 その威圧的いあつてきな声色に、しょうの表情からもみが消える。


「同じにされると悲しいなあ。手当たり次第にプロを勧誘している他のゲームとは違って、僕らは君じゃないとダメなんだ。どうしても」

「そうか。だが生憎あいにく、オレは表舞台には二度と出るつもりはないんでね。賞金はまだまだ尽きないしな。あの子も金が欲しいなら、自分でかせげばいいだけだ」

「お金が必要な理由が、お母さんの病気の治療費のためだとしても?」

「だったらなおさら自立することだな。親なんていなくても生きていける。結局は金が欲しいだけだろ?」


 そう切り捨て、すぐるは再びきびすを返す。

 しょうは引きめようと再び手をばすも、その手はを描き下がってゆく。

 そして、追いかける代わりにこう言った。


「違うよ」


 と、静かに。

 しかし、はっきりと……。

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