♰Chapter 13:間隙
オレは東雲に数秒遅れて内部に侵入した。
ビルの硝子を外側から派手に割った影響で、ホールの内部には多くの破片が散乱している。
突然ビルの中層階に振って湧いたオレと東雲。
下層階でも彼女の配下の魔法使いが制圧を開始しているだろう。
階層を幾つも挟んでいるがかすかに銃声と魔法の爆発音が聞こえる。
「〔迅雷〕……言い得て妙だな」
そんな状況下で東雲はすでに警備についていたであろう複数の敵を峰打ちで気絶させていた。
中には銃の引き金に指を掛けたまま意識を手放している者もいる。
たった数秒間のうちに反応することすら許されずに倒されたのか。
「この階は外れ」
エレベーターホールまで難なく到着すると階数表示を見て、屋上から一つ下の階に止まっていることを確認する。
「あんたは下の階の敵の制圧に行って。上はあたし一人で十分よ」
「それは無理な相談だ。この大騒ぎを聞きつけて敵の主力は上に固まっているはずだ。単独行動は危険すぎる」
「そ。なら勝手にすれば。あんたがあたしのスピードについてこられるなら、だけど」
エレベーター脇の階段に出るとすぐに上階から銃弾の雨が降り注ぐ。
ひと四人が満足に横に並べる程度のスペースはあるが銃撃の密度が濃い。
屋内という閉鎖的な空間であることから跳弾のリスクも高い。
そのなかを彼女は一際明るい紅雷を脚に纏わせ、次の瞬間には焦げ跡を残して上階へと駆けていく。
するとすぐに銃撃音が止んだ。
「オレの脚じゃ確かに追いつけないな」
それでも敵地である以上何があるかは分からない。
警戒しつつも許す限りの速度で駆け上がるが一向に接敵の気配がない。
代わりに銃火器で武装した人間が横たわっていた。
多少の障害があったとしてもスピードで圧倒した痕跡がある。
そしてあとわずかで目的の階層に着くというところだった。
「――……っ!」
立ちすくむほどの強い揺れが建物を襲う。
腹底から重く響くような音が爆発音だと気づくのにそう時間は掛からなかった。
――……
瓦礫を跨いで踏み込んだ先には額から血を流した東雲と制圧対象の二人、加えてわずかな傭兵がいるばかりだった。
〔逆理の聖杯〕を収納したケースはすでに〔約定〕の使いである紳士の手に握られている。
「な、なんで爆発をまともに受けて立ってるんだよ⁉」
「こんなの報酬に見合わねえよ!!」
口々に驚愕と不満を垂れ流す傭兵たち。
その手には手榴弾のようなものが握られている。
「戦争でも始める気か……?」
東雲の様子から重傷は防いだらしいことが読み取れる。
凄まじい気迫と忍耐力、そして頑健さだ。
「今すぐに両手を挙げて武装を解除しなさい」
彼女の警告は怯える傭兵だけに効果を示した。
だが彼らにも次の一言を皮切りに効かなくなる。
「ちぃっ! 次から次に……撃ち殺せ! 一発でも急所に当たりゃ魔法使いだって終いだ!」
敵魔法使いの激励に傭兵が息を吹き返し、激しい銃火を浴びせてくる。
オレは即座に瓦礫を盾にするが東雲は退く様子を見せない。
「東雲!」
右手に一本の刀を携えた彼女の気配が明確に変わった。
紅雷が身体を這いまわり魔力が急速に高まっていく。
「招来――」
空間上から紅雷を纏ったもう一振りの刀が突き立つ。
するとまるでそこだけが切り抜かれた異空間のように銃弾が瞬きの間、静止する。
スパークが弾け、不可視の障壁があるかのようだ。
「
――目で、追い切れない。
暗殺者として特別かつ過酷な訓練を受け、人より優れた知覚を持つオレでさえ全ての動きを捉えることはできない。
紅雷の軌跡によって直撃する弾丸だけを正確に斬っているということが推測できるのみだ。
「こいつは……こいつは本当に何なんだよ!!! ひぃっ⁉」
それから凄まじい瞬発力で距離を詰め、傭兵の手足を貫いて動きを封じる。
二本の刀と稲妻で数的不利を覆していくその戦いぶりに敵は額に汗を浮かべる。
「……っ、そうか! お前たちが噂の対魔法使い組織だったか――焼き尽くせ!」
東雲と戦うのを不利と見たか、魔法使いは瓦礫に身を潜めたオレに向けて火球を放ってくる。
狙いは精密だが、それは〔幻影〕として活動するなかで何度も見てきたものだ。
即座に身を起こし、水魔法をその場に残して射線から逃れる。
これ以上建物に損害が出れば倒壊する恐れすらある。
だからこそ対属性によって無効化することが最善策だ。
回避する過程で視界に映った傭兵に向け、短刀の投擲も忘れない。
悲鳴を上げる暇もなく制圧されていく敵。
ふとオレの視界の隅に紳士が逃亡する姿が映る。
傭兵を相手にしている東雲の横をすり抜けるルートだ。
だが方向的にそっちは――。
「止めろ、東雲!」
「っ⁉」
東雲はオレの呼びかけに反応して迎撃に出るが、わずかに遅い。
刃を潰した刀は右腕を痛撃したのみで、足を止めるには至らなかった。
オレは結城から贈られた黒幻刀を投擲する。
飛び交う銃弾と東雲、そして残敵の隙間を縫うように軌跡が描かれ。
「ぐうっ!」
短刀は紳士のふくらはぎに深く刺さる。
だがそれでも強引に近くの窓硝子を破り、そのまま飛び降りた。
ここから飛び降りればいかに魔法使いといえど無事では済まない。
風魔法で落下速度を落とすにも限度がある。
「逃がさない!」
東雲が再び紅雷を纏おうとするが、不意に魔力が拡散した。
「な⁉」
それまで蛇のように唸っていた雷光が燐光を放って消失した。
すぐに彼女の動きが鈍った原因を理解することになる。
「魔法が――使えない?」
魔力を魔法に変換できない。
東雲の一瞬の隙を逃さず、敵魔法使いは距離を取る。
彼女は再び刀の間合いに捉えようと動きかけるが、銃を向けられることで止まらざるを得なくなる。
「ふう。ようやっと効いてきたか。あーあまったくやってくれるぜ。さすがは対魔法使いの組織だ」
先程まで追い詰められていた男は全体を見渡したあとに薄く笑った。
「何をした?」
「今更気付いても遅いから教えてやるよ。さっき散々殴ってくれたそいつらが撃った弾丸はただの弾じゃねえ。魔法を封じる微粒子をばらまくための切り札だよ。まさか本当に使うとは思ってなかったが」
男は自前の拳銃のほかに落ちていた傭兵の銃を拾い上げると、オレと水瀬にそれぞれ一丁ずつ銃口を向ける。
「どっちも近接型で乗り込んでくるなんて油断したか? まあいい。さっきの言葉を返そうか。武装を解除して拘束されろ。この取引のことをどうやって知ったのか、どこまで知っているのか……色々聞かせてもらわないとな」
相手の距離感は絶妙だ。
戦い慣れていると言ってもいい。
情報を得たいとはいえ、こちらが反撃の予兆を見せれば容赦なく引き金を引くだろう。
この距離なら銃の必中の間合いだ。
「ほら何してる。武器を捨てろ」
「分かったわ」
東雲はあっさりと武器を手放した。
相手の視線は自然と落下する武器に誘導される。
「よしそのまま両腕を――」
束の間。
手放した刀は床に落ち切る寸前に東雲に拾われ、瞬く間に男のみぞおちに突き立った。
「か……はっ……!!!」
それから目を背けたくなるような横薙ぎを首に。
彼の意識は完全に途絶えた。
「あたしは逃げた奴を追うわ」
血の気が上がらず、いつもより冷めた口調で去っていこうとする東雲。
オレはその肩を掴む。
「……なに?」
「オレが逃げた相手を追う。今のお前は普段と違いすぎる」
これまでも何度か一緒に任務をこなしてきたが、今日の東雲は異常だ。
終始心ここにあらずで、『半径十メートル以内』の敵を見逃した。
普段の彼女ならそれこそ『必中』の間合いだからこそ、絶対にミスをしない。
「あんたには関係ないでしょ! あたしが逃がしたんだからあたしの手で終わらせるの!」
「――駄目だ」
オレの少なからず棘のある声にびくりと反応する東雲。
とても今の彼女一人に何かをさせられる状態には見えない。
それは身の安全にも関わる上に、貴重な情報源である逃亡者を殺めてしまう可能性もある。
「放して……放してよ!!」
こんなことに割いている時間はない。
手負いとはいえ刻一刻と〔幻影〕の存在に気付いた犯罪者が逃亡を成そうとしているのだ。
だが東雲の悲壮感に満ちた声音はそれよりも優先すべきことがあると告げていた。
「放さない。何がお前を苦しめている? ついこの前までは変わらないお前だった。この短い間に何があった?」
「うるさい! たかだか一か月しかあたしのことを知らない奴が人の事情に入ってこないでよ!」
察するに家庭事情にまつわることか。
任務で滞っているという噂は聞かない。
彼女は素直ではないが根は真っすぐだからこそ、女学院での生活が上手くいっていないとは思えない。
だとすればオレが思い当たる限り、消去法でそうなってしまう。
「そうだな」
東雲グループは〔幻影〕の活動資金を拠出しているバックボーンの一つだ。
巨大な権力が背後にあることを考えれば、関わりたい気持ちと相反して関わりたくない気持ちの両方が存在している。
だが守護者の一角が崩れることは犯罪者に対して圧倒的に人員の足りない〔幻影〕にとって――ひいては秩序にとっての不利益だ。
「オレとお前に『魔法使い』という関係以上のものはない。だが同じ組織に所属する仲間であることは確かだ。だからお前の抱える苦しみを想像して、共感することはできる」
あえて『仲間』という耳障りの良い言葉を口にする。
実直な人間ほどポジティブな言葉に敏感に反応する傾向が強い。
「この任務が終わったらオレがお前の話を聞く。だから今は退いて――いや一緒に行かせてくれ」
最後に自分が相手の意見を尊重して譲歩している姿勢を示す。
東雲の一方的に任せることを嫌う性格に加えて、飾らない言葉の数々。
今の彼女を監視しつつ、彼女のことも立てた選択肢はこの他にない。
「あたしはあんたを信用しない。だから話さない。でも――勝手にすれば」
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