♰Chapter 30:恵まれた者と恵まれなかった者
大通りの喧騒も四十階のここまでは届かない。
広い執務室にささやかに扉を叩く音が響く。
「入れ」
「失礼します」
室内に足を踏み入れた御法川。
対するのは東雲の父。
御法川はゆったりと歩いて東雲父のもとまで行く。
それからその瞳を至近距離で見つめる。
「……男相手だと俺のチャームも完璧にはいかないな。まさか東雲朱音と最近〔幻影〕に入ったとかいう餓鬼に招待状を渡すとは思わなかった。あの二枚はお前とその秘書の分だったんだけどな」
東雲父の反応はない。
虚ろな瞳で虚空を見続けている。
その態度を気にするでもなく、御法川は地上を見下ろす。
「あんたはさ、欲しいものが手に入ったことあるか?」
その問いにも無言だけが返る。
応えろと命令していない以上、極度のチャーム状態にある東雲父は言葉の一つも発せない。
女であればチャームを掛けた時点で愛を向けてくるものだが。
「そりゃああるよな。むしろ手に入らなかったものなんてないんじゃないか? 富、名声、子供、そして魔法。望めばきっとなんだって手に入れられるのがあんたみたいな幸福な人間だろう」
独り言は虚しい。
夕陽に赤々と照らされる反面、部屋の半分はすでに闇に落ちている。
まるで幸福な人間と二律背反で不幸な人間とを対比するように。
「俺は唯一、たった一つこの世で欲しかった――いや守ってやりたかった彼女を守れなかった。周りから愛されていればあいつを救ってやることだってできたはずなんだ。だからさ、俺を拾ってくれた“あの人”には感謝してるんだ」
そっと瞼を閉ざす。
「もう、愛だってよく分からなくなってきてるけど。それでも俺はまだ死んでいない。あの人が俺を頼ってくれるなら――そのためにならすべてを投げうったっていい。今はもう周回遅れの魔法と共に使い潰してくれるなら。だから、伽藍洞の心に――ッ」
思わず御法川は瞳を抑える。
両目をぐりぐりと抉られるような激痛に晒されていた。
「っ……うっ……はあっ……はあ……!」
発作のように痛みを引き起こし、また波が引いていく。
「……ますますひどくなってるな」
御法川はあの人から与えられた錠剤を服用する。
それだけで痛みの波は完全な凪になった。
そして――警報音。
「……思ったよりも早かったな。それだけ〔幻影〕にも優秀な諜報員がいるということか」
御法川は端末を取り出し、連絡を取る。
「ああ、俺だ。手筈通りに動け」
連絡を終えると執務室を出ようとする。
だがそこで踏みとどまった。
「なあ、応えてくれ。最愛の人が消えそうなとき、あんたならどうする?」
「――」
「――ああ、そうか」
その言葉が嘘か本当かが分からない。
いや事の真偽なんてどうでもいい。
本気でそう思っていたとしても実際に行動するときにそうできるかは別問題なのだから。
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