✞第3章
♰Chapter 31:戦陣
「第一小隊から第十二小隊まで配置完了しました」
東雲は私兵に了解の旨を伝えると、まっすぐに大きな高層ビルを見上げる。
この周辺にはすでに人除けの結界が張られており、場は整えられている。
四方は各小隊が囲い、魔法を無効化するシールドをコーティングした大型車両もいくつか見受けられる。
作戦当日。
最新の情報では御法川が東雲父の企業に訪れていること、そして私兵は三十をやや超える程度が参加していること伝えられている。
当初予定していた動員数よりもやや多く集まった印象だ。
「八神、配置は終わったわ。でも……外部結界が機能している気配がない」
外部結界が機能していないということは結界の制御権が敵側に剥奪されていることを指す。
オレ達にとっては、外からの攻撃を受けるというデメリットもあるが、同時に侵入を容易にするメリットもある。
「敵もオレ達が包囲を固めていることに気付いているはずだ。そのうえで外部結界を張らないとなると何らかの思惑があると考えるのが妥当だな」
「分かってる。何があってもお父様を助け出すわ」
「気持ちが前に出るのはいいがくれぐれもこの前みたいなことには気を付けてくれ」
「大丈夫よ。もう二度とあんなヘマはしない」
任務用の端末を見れば作戦時間ちょうどを示すところだった。
「時間ね――行くわよ!」
オレと東雲が複数の小隊と共にビルに足を踏み入れる。
早々に電源がカットされているのか暗い。
「照明弾!」
その号令に従って複数の照明弾が放たれる。
そこに映ったのは意外過ぎるものだった。
「そう、くるか!」
「伏せて!」
素早く反応できた者だけが盾や障害物に身を隠す。
――光と熱。音と風。
わずかに遅れた者は容赦なく地面に倒れ伏す。
魔法による攻撃が行われたのだと理解したのも束の間。
黒煙が巻き上がるなか、隣にいた私兵が無数の血飛沫を上げて倒れ伏す。
ほぼ同時に軽快な音が鼓膜を震わせる。
「東雲さん! 射撃許可を!」
魔法と銃弾が断続的に飛び交うなか、私兵の言葉に答えを返す気配がない。
戦場では一瞬の判断の遅れが命取りになる。
「東雲!」
「あれは、あれは――っ!!」
オレや私兵を含め、東雲が戸惑った理由をすぐに理解した。
黒煙の隙間からスーツや私服といった統一されない人々の群れを見て。
次に一部の人間の首から下げられている社員証に焦点が合う。
それには東雲グループの所属であること、そして個人の名前が記載されていたのだ。
「あいつらは東雲傘下の人間たちか!」
「でも……どうして!」
絶えない銃撃と魔法のなか、東雲は固有魔法を展開し、雷撃で自身と仲間に飛来する攻撃の一部を弾く。
「あんたたち、あたしが分からないの⁉ 東雲彰人の娘、朱音よ!! いますぐ攻撃を辞めて!」
必死の呼びかけが黒煙の合間を縫って彼らに届いたのか、とつとつと銃撃が止む。
「朱音様?」
「間違いない。朱音様だ!」
口々に東雲の名前を口にし、お互いに顔を見合わせる。
「そうよ、あたしよ! だから銃を置い――」
ピュンっと風切り音すら置き去りにして東雲の頬を銃弾が掠めていく。
「……え?」
まるで信じられないことが起きたことに彼女の動きが止まる。
「あの人のために撃たないと!!」
「東雲、油断するな!」
オレは死んだ私兵が持っていた盾を拾い、硬直する東雲を内側へ引き込む。
弾数の猛威に圧倒され身動きが取れない。
動き出すタイミングがあるとすれば、それは斉射している彼らがリロードするタイミング――魔法攻撃だけになったそのタイミングだ。
「なんで……なんでなのよ!」
「彼らの目は正気を失っているもののそれだ! お前がしっかりしないとお前の仲間も死ぬぞ!」
「っくぅ!」
東雲は唇を血がにじむほどに噛みしめながら第二本目の刀を顕現させる。
「第一から第四小隊はここを制圧して! あたしと八神で先行する! できれば――っ」
できれば殺さないで。
そう言おうとしたのだろうが、悠長なことを言っていれば味方の私兵が次々と死んでいく。
それに思い当たる冷静さは取り戻しているからこそ、出掛かった言葉を飲み下した。
東雲は絶好のタイミングで盾の範囲から飛び出すと雷光を前面に展開する。
「紅雷一閃!」
一瞬音が消えたと錯覚するほどに激しい雷撃の音が響く。
わずかに視認できたのは彼女が放った紅の遠隔斬撃。
進路上に展開していた敵の戦列に穴が開く。
「今のうちに行くわよ、八神!」
「了解」
接近戦に切り替えてきた敵を駆逐しつつ、東雲の死角をカバーするように立ち回る。
敵陣を駆け抜けるなか、彼女の私兵の練度の高さに舌を巻く。
最初こそ動揺したようだったが、今は魔法や銃を使って敵を次々に無力化していっている。
「エレベーターから行くわ!」
「待て! そこは密閉空間だ。何があっても逃げられないぞ」
「分かってる! あたしが言ってるのはこういうこと!」
東雲は一度刀を鞘に戻す。
この張り詰めるような空気感と集中力。
――二刀による一閃。
目にも留まらぬ速度で刃が鞘を滑り、加速した刃がエレベーターの扉を破った。
そこにあったであろう箱もばらばらに刻まれ、地下に瓦礫が山積している。
分厚い鉄扉すら紙のように切り裂く技量は感嘆の一言だ。
「ついてこれる?」
東雲は再びぱりぱりと足元に雷光を纏わせている。
その足で一息に最上階まで登るつもりなのだろう。
「そうでなければオレが来た意味がないだろう」
「そうね。なら――行くわよ!」
そう言った東雲は雷光の軌跡だけを残して見えなくなる。
まさに迅雷の特殊能力というべきか。
オレには彼女の真似事は不可能なので、風魔法を使って狭い昇降路を上っていく。
二十九個目の開閉扉を見た頃だ。
東雲が三十個目の前で刀を突き立てていた。
「……大きい魔力反応がある」
「敵……以外にないよな」
「背後から攻撃されも面倒よね。あたしが扉をこじ開ける。あんたは攻撃を」
「ああ」
東雲は刀を扉の隙間にねじ込む。
足場が不安定なため先程のような抜き身一閃はできないのだ。
「せあっ!」
扉が一瞬の軋みを上げ切断される。
そのタイミングでオレは前方に飛び出し、その階層を確認する。
「前方通路に戦闘モードの警備機構兵が五体、右通路に三体だ」
「前はあたしがやる。あんたは右を!」
オレは配分された獲物に向き合う。
本体に内蔵された小銃を撃ってくる警備機構兵の一体に短刀を投擲する。
それから体術によりさらに一体を再起不能に。
最後の一体は――。
「赤く点滅……自爆か!」
オレは即座に水魔法で全身に水を被ると、正面通路で戦闘をしていた東雲に覆いかぶさるように倒れ込む。
「ちょっ……⁉」
それから間もなく火炎と共に熱風が全身を打った。
東雲はすぐに状況を理解したようだった。
「大丈夫か?」
「……平気よ。それよりもあんたこそ大丈夫なの?」
そう言われて自分の身体を振り返るが全身に水を浴びていたため、ダメージはない。
「この程度ならな」
それにしても性格の悪い仕掛けだ。
昨夜から午前中にかけて、東雲グループの保有する警備機構の一覧を閲覧していなければ初見で自爆を見抜くことはできなかっただろう。
東雲に手を貸し、立ち上がらせる。
「――いやお見事ですね」
オレは即座に短刀を向ける。
奥から姿を現したのは――。
「あんたもなのね――鷹条」
そこには普段と変わらぬ微笑みで褒め称える秘書の姿があった。
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