♰Chapter 29:釘刺しとお守り
「あたしも入っていいの?」
「特に面白味のあるものもないがそれでもいいならな」
オレは一度洋館の自室に道具を取るために戻っていた。
東雲はといえば控えめに一歩入ると部屋を一望している。
「……ほんとにデフォルトの部屋って感じね。何か自分色の物とかは置かないの?」
「考えたこともないな。物は増やさなくても一式揃っているから問題もない」
「変わった考え方ね……あたしには一生理解できそうもない」
そこで後ろ手で扉を閉めた彼女がそのまま扉にもたれ掛かる。
「その、ありがと」
「何がだ?」
「だってあんたはあたしの味方をしてくれたじゃん」
オレにとっては自分の利益を勘定した結果として現状がある。
だが彼女は『自分のために言葉を重ねてくれた』と思っているらしい。
人間は一度味方であると認識した相手のことをそれからも信じ続ける傾向が強い。
特に彼女は他者に裏切り――いや待ちというべきかもしれない――を重ねられた結果、ハリネズミのように棘のある態度を取るようになった。
だからこそ、上手く内側に滑り込んだあとで、攻撃的な意思がないこと――むしろ寄り添うような意思を見せることで、自ずと“味方”の定義に入り込めるわけだ。
「別に味方をしたわけじゃない。お前の敵にならなかっただけだ」
「それって味方と何が違うの?」
「受け取り方次第だな」
「くくっ……何それ」
東雲は小さく笑った。
時折見せる彼女の心から零れた純粋な笑顔だ。
「お前は悩みがあると一人で溜め込むタイプだろう?」
「違うし! ……ってあんたには取り繕う必要ないんだよね。正直まあ、そうかも。あたしは仮面で偽らなきゃ〔迅雷〕の守護者なんて大層な呼ばれ方をされる器じゃないもん。今だってどうすればお父様を救えるか、手遅れにならないかをずっと考えてる――〔幻影〕の守護者として一般人を守ること以上に身内を優先してる」
「それも人間味があっていいんじゃないか? 自分を組織のパーツだと思って感情を押し殺すより遥かに健全だ」
かつて、オレがそうだったように。
「作業の片手間にしては実感の籠ってそうなコメントね」
「ただの想像だ」
オレは淡々と武器とアーティファクトを取りそろえる。
常日頃から一定数を携帯しているとはいえ、それは非常時に備えてのものだ。
これから戦闘になると予め分かっている場合は、状況によって組み合わせを変える。
「オレの方は準備完了だ」
「あたしは固有魔法だけでいいし……あとは御法川の居場所と使える戦力の確認ね」
結城が使っていたものと同じ仕様のホログラムを展開する。
まずは東雲の父親がいる高層ビルのマップだ。
「お父様の所持しているビルは十を超えるけど……基本的にはこのビルにいる。全四十階層でセキュリティはカメラ・トラップ・結界を含めて千くらい。お父様が普段いる場所は四十階」
「待ってくれ。カメラ・トラップまでは分かる。お前の父親のビルには結界も使われているのか?」
オレの横槍に今回は嫌な顔もせず、ああと頷いた。
「その反応も無理ないわね。〔宵闇〕からも聞いてると思うけど結界自体がすっごく珍しいアーティファクトを使って構築されるから。ちなみにお父様のビルの結界は主に二つ。一つは外部からの攻撃をプロテクトする『対外結界』、もう一つが四十階を守護する『対内結界』よ。物理・魔法……ほとんどすべてがこれで防げるはず。まあ無敵ってわけじゃないけどね」
「結界の制御アーティファクトは?」
「二つの結界をお父様と鷹条の持つ“二つの鍵”で制御してる。でも――」
東雲は苦虫をすり潰したような表情を浮かべる。
「もし……もしもお父様があいつに弱みを握られているのだとしたら。もう二つとも権能を奪われているかもしれない」
最悪の状態を想定しておくことがそれを起こす確率を低下させることに繋がる。
この段階で情報を知れたことはある意味では幸運なのかもしれない。
「最悪の場合、結界が敵の手に渡っていたらどうなる?」
「そもそもビルに侵入することすら難しいでしょうね。あたしの固有魔法なら最大出力で貫通できるけど魔力消費が激しいからあんまりすすめないわ。まあでもその点は、ね」
東雲のこちらを試すような視線が向けられる。
「前回の任務の報告書、読んだわよ。あんたの固有魔法は俗にいう当たりってやつだと思うわ。それが上手く扱えれば結界も数分とかからずに解けるかもね」
「固有魔法は秘匿事項とか抜かしていた結城を恨むぞ。色々な奴にオレの固有魔法がバレていそうだな」
オレの言葉に彼女の視線が下に落ちたのを見逃さない。
「……何か隠してるか?」
「な、何のことかしらね? まったく心当たりがないわ……」
明らかな反応に隠し事を確信する。
固有魔法は本人が打ち明ける、あるいは任務で共同する場合のみやむを得ず明かされることを除けば秘匿事項。
ならば当然〔幻影〕である程度地位のある者であれば誰でも閲覧することが可能な報告書に書き記すはずはない。
だとすれば思い当たるのは――。
「お前、前回の任務でオレと水瀬のことを見ていたのか?」
「……あ、いや、そんなことはないかな~なんて」
人の顔色を窺っている時点で認めているのと同じだ。
「いや悪かったとは思ってるわよ? でも悪趣味な見張りを頼んだのは結城だし。万が一にでも死なれたら気分悪いでしょ?」
「……なるほどな」
「そうそう。納得してくれた?」
「大義名分を盾にした覗き犯罪だな」
「なんでそうなるのよっ……⁉」
とはいえ固有魔法の件はオレと水瀬、結城と東雲にしか伝わっていないようだ。
報告書に大きく書かれることに比べたら幾分マシだ。
ついこの前には長らく敵対勢力である伊波が潜伏していた事実もある。
だからこそ己の切れる手札はできるだけ隠しておきたいのだ。
少しの間、オレが無言を貫いているとそれを見ていた東雲が大きく溜息を吐いた。
「……はあ。これもいい機会ね。あたしの固有魔法は〚空間電奏〛。現実に干渉する力はあんたも知っての通りだけどデメリットもある。その一つが一定の雷を生み出すとあたしが動けなくなるのよ」
わざわざ弱点を晒すのはオレの固有魔法を無断で知ってしまったことへの補填だろうか。
律儀な人間もいるものだ。
「麻痺、みたいなことか」
「ま、そんなところ。今回の作戦……もそうだけど、その先でも共同戦線を張ることもあるだろうし、少しだけ教えてあげたの。これでとんとんよね……?」
「そんなに対等にこだわらなくてもいいんだぞ?」
「ふん」
息抜きを挟んだことで重い空気がわずかに軽くなる。
「それで? お前の私兵はどれくらい動かせるんだ?」
東雲はホログラムを切り替える。
「えっと……動かせるのは二十八人ね。うちレベルⅠの魔法使いが十二人。レベルⅡが一人。それ以外は魔法を使えないわね」
「正直なところ微妙だな。敵の数が分からない以上、もっと欲しいところだが」
東雲の父親の拠点であるため、内部構造の把握にはこちらに分があるだろう。
とはいえ敵の情報が少ない。
通常、地理情報と敵の情報が判明しているならそれより多少多めに戦力を用意しておけば高確率での制圧が可能だ。
一方で何も分かっていない場合、本来必要な戦力の三倍はないと制圧の可能性が低くなる。
「無理は言えないな。そこでだがオレに提案がある」
「聞かせて」
「お前の逸る気持ちは理解しているつもりだ。だから本当は今すぐにでも安否を確認したいというのも分かる。だが作戦時間は明日の日暮れと同時にしてくれないか?」
「……分かった」
妙な間を持たせたことで疑念を持たれるとは考えないのだろうか。
「オレとお前の約束だぞ。破ったらお前の過去を水瀬に包み隠さず話すからな」
「~~! 分かったわよ!」
オレは先行する行動に釘を刺すとこれで解散する。
東雲が帰ろうと部屋を出ると廊下で待っていたであろう水瀬の姿があった。
「何よ、あんた。まさか聞いてたの?」
「いいえ。〔盟主〕は帰り際に覗いてみるのもいいんじゃないかって言っていたけれど、流石にそれは悪いから」
「……あいつのお茶に下剤でも仕込んでやろうかしら」
感情の死んだ目で言われると本気にしそうになるからやめてくれ。
と言いたくなるが何とか堪える。
「ならあんたがなんでここに?」
「大変なことになっているって言うのは聞いたから。良かったら今夜は泊まっていったらどうかと思ったのよ」
水瀬の気遣いに東雲は得意の毒舌を炸裂させると思ったのだが。
「……はあ。あんたに心配されるほど切羽詰まっちゃいないわよ」
「そう……無理はしないでね」
「分かってるわよ」
そんなこともなく東雲は帰っていった。
「朱音には振られちゃったわね」
「まあ、あいつの性格ならお前に頼ることはないだろう。それに今は一人にしてやった方がいい」
「貴方の言うとおりね。彼女には余計なお世話だったみたい」
水瀬も彼女なりに東雲のことを心配しているらしい。
今の彼女には東雲を助けるだけのことができないからこその心遣いだったのだろう。
「八神くんにはこれを」
「オレに?」
彼女が握らせたものは深い藍色を宿した宝石の首飾りだ。
「私が自然魔力を蓄積した魔石よ。一年物だからきっと貴方を助けてくれると思う」
一年物と言えば、一人なら一日中魔法を行使しても尽きないほどの魔力量だ。
自然魔力を魔法に変換することと自然魔力を魔石に変換することとでは、その効率に大きな差がある。
前者において、自然魔力100を変換するときには、実質的に10が魔法となる。
つまりは自然魔力90が変換の過程で失われている。
一方の後者において、自然魔力100を変換するときには、実質的に0.1が魔石となれば良い方だ。
つまりは自然魔力99.9以上が変換の過程で失われている。
魔石への変換は魔法への変換と比較して、わずか100分の1の効率しかない。
圧倒的に魔力は蓄積に向いていないのだ。
「こんなに貴重なものを貰ってもいいのか?」
「ええ、もちろんよ。何もできない私が八神くんにしてあげられることといえばお守りを上げることくらいだもの」
「ありがとう。万が一のことが起きたときに使わせてもらう」
水瀬との会話も終えるとオレは結城へと連絡を取るのだった。
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