♰Chapter 19:『猫の手部』の初依頼
〔幻影〕から任務を下されることもなく、HRが終わると部室に向かう。
水瀬はといえばオレがつい先日完成させた部活紹介ポスターを掲示板に張り出している。
時期は完全に外れているが、それでも部員獲得の可能性はゼロではない。
何度も読み返した手元の小説を流し見つつ、一応の部員としての時間を過ごしていた時だ。
ノックもなしに勢いよく流れ込んでくる一人の男子生徒がいた。
ひどく焦っているようでがっくりと膝をついている。
「猫の手部ってここか⁉」
ブレザーに付けられた校章の色から彼が同級生であることを確認する。
「そうだが……大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫だ! ってそんなことどうでもよくてだな!」
「とりあえず落ち着いてから話してくれ。オレは用件を聞くまでは逃げない」
「その言い方だと用件聞いた後で逃げそうだけどな! ふう……」
荒げた呼吸を整え、男子生徒はゆっくりと立ち上がる。
「悪い。さっきは焦ってたんだ。俺は一年の
「同じ一年の八神零。今は部長の水瀬が席を外しているからオレ一人だ。それでもいいか?」
「ああもちろんだ。実は錦と笹原の紹介で来たんだが、ここはなんでも叶えてくれるんだよな⁉」
「語弊はあるが大体はその認識で合ってるな。何かあったのか?」
猫の手部の始動日に息を切らしてまで走り込んでくるほどだ。
よほどのっぴきならない事情があるのかもしれない。
様々に深刻な予想を立てる。
「聞いてくれ! 妹に嫌われる⁉ じゃなくて俺の、俺の可愛い“にゃん
「……はあ。にゃんてい?」
脳裏で“にゃんてい”なる生き物を検索してみるがどれも当てはまらない。
脱走と言うからには生き物には違いないのだろうが。
まさかこの欠片のセンスもない名前は。
「にゃん帝は俺と妹で飼ってる猫だ! 家帰ったら窓が開けっぱなしでさ、逃げちまってたんだよ……。近くを探し回ってもどこにもいない。それで猫の手部に頼ろうと思ったんだ。頼む! 引き受けてくれないか⁉」
「ちなみにだが、どこの窓から?」
「……言わなきゃダメか?」
「興味本位だ」
「……俺の部屋から。妹が溺愛しててこれじゃもう『お兄ちゃん』って言ってもらえくなる‼」
猫の手部の初依頼は随分と個性的なシスコンが来てしまったようだ。
――嫌だ。
そう突っぱねるのは簡単だ。
やりたくもないことをさせられるのは不快だからな。
だがこれは普通の高校生を知るためには必要なことなのかもしれない。
もともとまともな義務教育を受けていないオレにとっては学生の定義すら曖昧だ。
それに水瀬はこの部活に、魔法使いに関わる情報収集や新たな仲間探しの目的のほかに、単純に誰かと何かをすることを楽しみにしていたからな。
「分かった。結果は保証できないが、オレたちが手を貸そう」
「っ本当か⁉ ありがとうありがとう……!」
それからオレは大袈裟に喜ぶ彼にシンプルな書類を手渡した。
「そこに学年・組・名前・依頼内容等を書き込んでくれ。一応部活だから活動記録を残さないと廃部することになる」
「ああ。それはいいが廃部って言われるとなんだか世知辛くもなるな……」
「お前が気にすることでもないさ」
オレは書き終えられた書類を受け取ると内容を確かめる。
そこには簡単に猫が失踪した場所も記載されていた。
「1年B組の周防凛。失踪した猫は三毛猫、失踪した場所は凪ヶ丘高校近辺――」
ふとオレはつい最近、それもこの場所で段ボールに入っていた三毛猫のことを思い出した。
三毛猫は基本的に雌が多く、雄が少ない生き物だ。
そのため、個体数自体が多くない。
加えて今回の失踪場所を見ると答えは出たようなものだ。
「周防、多分“にゃん帝”を見たぞ。それも昨日」
「本当か⁉ どこで⁉」
オレは無言で下を指さす。
「地下か⁉」
「ボケは必要ない。この教室の段ボールに隠れていたが、昨日逃げたところだ」
「……まさか」
「そのまさかだな」
タイミングが悪いことに周防は一日遅れでこの場所を訪れたといえる。
「で、でもまあ⁉ 高校の敷地内にいる可能性が高まったわけだし⁉ 急いで探せば見つかるよな⁉ な⁉」
肩をがっちりホールドされたオレは揺さぶられるがままだ。
さすがにうざったくなったので軽めに手を払いのける。
「とにかくだ。水瀬が帰ってきたらすぐに捜索を始める。見つけたら連絡する」
「ああ、頼んだ!」
入ってきたときと同じような勢いで出て行く慌ただしさに一息つく間もない。
入れ違いに水瀬が入ってきた。
「なんだかすごい勢いで人が出て行ったみたいだけど……どうかしたの?」
水瀬の視線は駆けていった周防を追っているのだろうが、あの勢いならすぐに見えなくなるだろう。
「ああ、実はお前がポスターを掲示しに行っている間に依頼人が来たんだ。錦と笹原の紹介でな」
「そう……! それはいいことね。明日辺りに二人にはお礼を言っておかないとね」
「そうだな。それでなんだがこれを見てくれ」
「三毛猫……これは昨日の猫のことよね?」
「ほぼ間違いない。あいつの家から近いこの高校は猫が身を隠すにも絶好だろうからな」
オレは早速教室の棚から一枚の紙を取り出す。
昨日の大掃除で見つけた敷地内の地図だ。
机上に広げられたそれには凪ヶ丘高等学校の四つの校舎と設備がまとめられている。
「凪ヶ丘高校の最大の特徴はその施設の豊富さだ。校舎は東棟、西棟、南棟、北棟の主に四つ。これに図書館や寮といった施設が加わるな」
「猫は賑やかなところは嫌うはずよね。なら昼間に生徒がいるところには近寄らないはず」
次々に候補地が絞られていく。
残ったのは一部の空き教室と校庭、体育館裏など。
それでも元の敷地が広い分、捜索は困難を極める。
「ひとまずはこの候補地を探してみるか」
「ええ、そうしましょう」
水瀬が手を伸ばしてきたので、暗殺者としての本能で回避しかけるが踏みとどまる。
彼女の求めていることはきっとこういうことだろう。
「猫の手部の初依頼は三毛猫探しね!」
「ああ」
重ねた手のひらにどことなく青春を感じた気がした。
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