♰Chapter 35:援軍と切り札
「放せ……!! このままじゃお前も死ぬぞ!!」
オレと御法川は錐揉み状態で落下していた。
落下する過程で彼は銃を手放しており、今は両手でオレを引き剥がそうと苦闘している。
「残念だがオレはお前と心中するつもりはない」
「なんだと⁉」
オレは御法川の拘束を解くと、身体を大の字に広げる。
「馬鹿なのか⁉ そんなことをしても落下は止まらな――」
そこで御法川も気付いたらしい。
地上に複数の人影があることに。
彼らは東雲の私兵だけではない。
次の瞬間にはオレが落下する軌道上に合計五つもの魔法陣が展開される。
連なっているそれらを一つ通過するたびに落下速度が遅くなっていく。
「そういうことか!! 固有魔法〚
今まで両目を覆っていた布は取り払われ、眼下の集団を見つめている。
「俺を――守れ!」
その命令を受け、集団の一部が風魔法で御法川の落下速度を弱めるが、ただの風だけで落下の慣性を弱められる段階はとっくに過ぎている。
「ぐあっ……!!!!」
路上に蜘蛛の巣上の割れ跡が刻まれる。
そのわずかに後にオレは着地する。
直後にEAからの通信が入る。
“――間に合ったかい?”
「ああ図ったようにナイスタイミングだ」
オレが昨夜、東雲の先行を制止した理由。
それは何も彼女が一切の手持ち情報がなく、単身で乗り込むのを止めたかっただけではない。
その後で結城に連絡を取り、わずかでもこちらの援軍を寄越せないかを打診するためだ。
すぐに動かないのであれば、〔幻影〕という組織として多少の人員を招集することができるだろうと踏んでの行動だった。
そして、作戦当夜。
東雲とビルを攻略している間もずっと外部の音声を拾うようにEAを起動していた。
それは全て結城の耳に入っていたはずだ。
援軍についても図ったような、ではなく実際に図ったのだろう。
一部御法川の目を見てしまった〔幻影〕の構成員も正常な構成員が一時的に拘束している。
ふと気配を感じて、視線を移す。
その中央には角度がおかしい右腕を庇うようにしてしゃがみこむ彼の姿がある。
衝撃を一本の腕でのみカバーしたようだ。
“私が送り込んだのは非戦闘員十名弱だ。これ以降は当該ビルに残っている敵性勢力を無力化するための支援と負傷した仲間の手当てに向かわせる。あとは二人に任せられるかい?”
「ああ、きっと東雲なら戻ってくるさ」
長らく繋いでいた通信を完全にオフにする。
それとほぼ同時に怨嗟の声が聞こえてくる。
「やってくれたな、八神零……ぐっ……」
片腕が使い物にならなくなったことでやや体のバランスが悪いと見える。
それでもアーティファクトを取り出し、左手に西洋剣を構築する。
空中で解き放った目元の布も再度生き物のように巻き付く。
あれ自体も何らかのアーティファクトなのだ。
――迅速な詰めからの慣性を活かした薙ぎ払い。
だがオレは一歩も動かず、静かに迫りくる刃を見つめる。
「アアアアア――ッ⁉」
気合いの叫びもオレには届かない。
――キィィイン!
上空から強烈な衝撃と共に降り立った東雲。
二刀で御法川の西洋剣を受け止めていた。
「あたしは〔迅雷〕の守護者・東雲朱音。新人に任せてばっかりなんて名折れよ!」
「ぐっ……! あのまま大人しくしていればよかったものを!」
火花を散らす刀と西洋剣。
それだけにとどまらず、紅雷のスパークが明滅している。
互いに一歩も譲らず、最善手を打ち続ける。
技量も体力も東雲の方が上。
だが深手を負っている御法川にも上等と言える腕がある。
「それだけのっ……技量がありながら、なんであんたは!」
「俺はっ……俺は財力があるわけでも秀でた才を求めたわけでもない! ただ少し……ほんの少しの勇気で手を握ってやりたかった……!」
「ならあんたはなんでこんなことをしているのよっ! あんたが欲しいものはこんなやり方じゃ手に入らない!」
オレが御法川の言っていることが分からないように東雲も彼の言うことを理解できたわけではないだろう。
御法川という魔法使いが誕生したきっかけが“手を握ってやりたかった”という言葉にあるはずだ。
「もう遅い……俺には彼女を救うことができなかった。もう肉眼で人を見ることさえできない。見た奴を片っ端から魅了する魔法など無差別以外の何物でもない! 愛する人を失った喪失感、狂いそうなほどの魔法衝動が俺を離さないんだ!」
西洋剣を日本刀の刃に沿って滑らせると大きく弾いて距離を取る。
「そんな俺には本物の愛など分からなくなってしまった。だがあの人は――あの人だけは違う。壊れたロボットのように無条件に俺を見てくる奴らとは違うんだ!」
夜空に向け、告げる。
「管理者が命ずる。我が声を聞き届け、我が手に反転の盃を」
御法川が唱えた言葉により、彼の手元に鈍く光る金色の聖杯が生成される。
いや恐らくは生成ではなく、どこか別の場所から召喚を行ったのだ。
〔幻影〕が所持しているはずの〔逆理の聖杯〕――その形と寸分違わぬ造形。
正確には刻まれているルーンがわずかに異なる。
「あれは――〔逆理の聖杯〕と同種の模造アーティファクト!」
その中身には並々とどす黒い液体が満たされている。
濃密な血液のような毒々しい粘着質なそれ。
「させるか!」
オレは間隙を縫って短刀を投擲するが、すでに起動している聖杯には無意味だった。
力なく減速した末に地面に落下する。
「反転逆理・無法の改竄」
――賽は投げられた。
すぐにどす黒い中身は溢れ、次々に広がっていく。
凄まじい圧力に東雲が距離を取ろうとする。
「っ!」
だがそれを読んだ御法川が彼女に瞬時に接近し、懐に潜り込む。
右側面から左側面にかけての斬撃。
「雷よ!」
次の瞬間には激しい雷が御法川の斬撃と東雲の間に招来する。
衝撃波が彼と聖杯の中身を弾き飛ばす。
だがもはや中身を押し返しきることはできない。
――聖杯の容量は別次元の何かだ。
本来器に収まる以上の液体が急速に広がっていく。
「嘘⁉ 魔法が……⁉」
中身に足が浸かると東雲の雷撃はすぐに掻き消えてしまった。
オレも間もなく呑まれ、魔法が使えなくなってしまう。
「逆理の聖杯――正しくはその模造品だがその存在は複数ある。君たちに回収されたアーティファクトはそのうちの一つに過ぎない。俺はもう引き返せない――背理契約譜」
重ねて魔法使いにとっての切り札を行使した。
増幅される御法川の魔力の流れが瞳に収束している。
布が散り散りに引き裂ける。
今まで閉ざされていた両目が開眼し、咄嗟にオレと東雲は視線を逸らす。
「君達魔法使いには抵抗されるだろうな。だが拡張された俺の魔法は視線を交わすという制約すら超越し、周囲の人間を巻き込むぞ」
聖杯から溢れ続けるどす黒い中身。
そして――。
「何よ――なんなのよあれは!」
夜空に巨大な一つ目が出現している。
ぎょろぎょろとオレ達を見下ろすそれに異常なほどの不気味さを覚える。
“緊急……信――作戦区域に……お二人にお伝えします。今現在確認でき……だけで百メートル範囲内の一般人……まってきています! 人除けの結界も効力が見られず……よる広範囲暴走です! ただち……無力化してください!”
魔力による通信ですらノイズ塗れだ。
暴風が全身を打ち、その場に留まっていることがようやくの状況。
通信が終わるとすぐに御法川の固有魔法の効果をまざまざと見せつけられる。
「人の尊厳すら、お前の魔法は奪うのか……!」
美酒に酔いしれるような固まった笑顔を浮かべ、どこからともなく群がってくる人々の群れ。
さながら狂人集団の行進だ。
中には四つん這いや匍匐前進といった異常な距離の詰め方をしてくる人すらいる。
一様に共通する点と言えば、ナイフやバール、金属バットなどの各々の武器が握られていること。
魔法が使えなくとも武器を持っている時点で相当の脅威だ。
そしてその圧倒的な数。
十や二十では効かない。
「「「あいしてるあいしてるあいしてる」」」
「あなたのために」「すべてをささげて」「しょうりを」
「これが……無差別魔法……くっ!」
濁った液体に触れていても魔法を行使できないこと以外にデメリットはない。
だがそれは最大にして最悪の不利条件だ。
オレと東雲はほぼ同時に路駐していた輸送用大型車両の荷台に跳び移る。
まだ深さは人のふくらはぎ程度までしかない。
液体に触れないこの位置なら魔法や魔術を行使できる可能性がある。
彼女はベルトポーチから四つの符を取り出すと起動を口にする。
「簡易結界――鳥籠」
四枚の符がそれぞれに四方に並び、直方体の空間を作り出す。
内部にいるオレと東雲のもとには荒れ狂う暴風も瘴気も中身も届かない。
だが結界も安定を保っているわけではない。
常にスパークを散らしつつ揺らいでいる。
だがおかげで東雲の声がよく聞こえるようになる。
「やっぱり、あの液体に触れなければ魔法も魔術も使えそうね!」
「ああ、だが――」
アーティファクトを用いた魔術ですら今にも破壊されそうだ。
直接触れていないとはいえ、瘴気の中で呼吸するだけでも相当量の魔力妨害を受けている。
これでは魔法も魔術もその威力は激減する。
「この結界もそんなに長くはもたない」
「分かってるわ! ほんっとうの、ほんっとうに! 癪だけど! あんたに背中を預けてもいいかしら⁉」
ある部分の言葉は彼女があえて強調したいところなのだろう。
プライドを捻じ曲げてでも不器用な共闘を望まれている。
「ああ、今だけはお前の背後を守ると約束する」
「いい返事ね!」
なだれ込んでくる魅了された一般人。
破壊された結界には再び魔法を無効化する聖杯の中身と暴風が蔓延する。
彼らは迷わず大型車両の壁を上ってくる。
一人、また一人。
練度は低く、不格好な攻撃ばかりだが手数が多い。
短刀で防ぎ、体術で的確に相手の急所を打って叩き落とす。
東雲も刀の柄や嶺で無力化していくが、気絶させることに意味がないとすぐに知る。
――打っても打っても痛みを知らないように起き上がる。
「このままだと体力が持たない!」
「あたしが御法川に斬り込む!」
オレは瘴気による制限がありつつも、最大限の水を生成すると空中で離散させる。
水が上空から降り注ぎ、辺り一帯を濡らす。
これ自体には攻撃性も足止めの役割も込められていない。
――だが。
オレたちを襲うためにあてがわれた多くの一般人はこの車両の周囲に集合している。
髪や衣服は十分に湿り気を帯びた。
「――っ! そういうことね――雷霆!」
東雲はオレの意図を汲み、拡散する雷を落とす。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ぐぅううううううううううううう!!」
近場の脅威は粗方感電して倒れ伏す。
それから彼女は前身に紅雷を帯電する。
「――せーのっ!!」
東雲の雷を纏った跳躍により、大型車両の荷台が大きく揺れる。
ここからでは御法川までわずかに距離が足りない。
地上を満たす液体は際限なく聖杯が吐きだしており、触れれば魔法を封じられる。
対して御法川はどういう理屈か、聖杯の影響の外。
「そういうことか」
道路には一定間隔で街路灯が屹立している。
そしてその高さは液体から東雲を救っている。
雷によって飛躍した身体能力と加速でまるで軽業師のように御法川へと距離を縮めていく。
オレはといえば。
制限付きの弱い水魔法をひたすら生成。
東雲が駆ける街路灯の下に群れようとする人間に水の矛を射出する。
彼女が足場として踏みつけるたびに、鉄製のポールを伝って周囲の人間が感電する。
筋肉が麻痺を起こしているのだ。
気絶していても動くならば、脳からの運動命令自体を殺してしまえばいい。
それでも彼らもやられるだけではない。
あろうことか、手持ちの武器を東雲に投擲し始める。
それを彼女は焦ることもなく、日本刀で弾く。
ひたすらに加速し、迫りくる武器を躱し。
時に紅雷で自身を固く覆いながら上空を跳ぶ。
あるのは、空中から御法川まで一足の間合い。
足場はないが、彼女にとっては必中の距離だ。
「あんたの暴走ももう、終わりよ――」
加速もそのままに刀を振りぬこうとしたその時だ。
「――君が見ているのは本当に俺か?」
「っ⁉」
そのわずかな言葉に動揺した東雲は動きを躊躇ってしまう。
東雲自身、御法川が瞳を解放してから顔より下しか見ていない。
さらに言うなら敵を屠るためにずっと御法川の姿を捕捉していたわけでもない。
――本当にこいつが御法川であると言えるのか。
一度疑念を持ってしまえば、空中での時間など一瞬だ。
着地を失敗し、無様に液体に身を浸す。
「くっ……!!」
「ああ、本当に終わりだ――」
御法川は背理契約譜を使った状態で東雲の顔を無理に引き寄せると目線を強引に合わせる。
――そこからはもう、振りほどくことはできない。
「いや、いや――っ!!」
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