♰Chapter 12:凶兆
オレは斜向かいのビルの屋上からそれを観察していた。
それとは銃や麻薬などの違法物品の密輸専門で暗躍する組織の拠点だ。
組織規模は二十人程度でそのなかには第三位階級の魔法使いが一人含まれている。
また金銭で雇われた傭兵も同程度いるとされる。
数はそこそこだが〔幻影〕の七人の強力な魔法使い――守護者と呼ばれるうちの一人――東雲朱音も参加しているため、十分にこなせる任務だ。
――思ったより早いな。
早朝から敵地を張っていたオレは背後に気配を感じ、振り返らずに声を掛ける。
「早いな、東雲」
「何よ。あたしが早く来ちゃいけないってわけ? まるで邪魔者みたいな言い草じゃない」
「そういう意味で言ったんじゃない」
なぜ剣筋は超が付くほどの素直さを発揮するのに、こうも皮肉屋なのか。
『名は体を表す』という言葉があるように『剣筋は人柄を表す』はずなのだ。
東雲は敵拠点とされるビルを一瞥すると貯水タンクに寄りかかり目を瞑る。
極力会話をしたくないらしいが、こちらはそうもいかない。
「そういえばお前の私兵はどうしているんだ?」
「すでに周辺に配置済みよ。取引対象がビルに入った時点で人除けのアーティファクトを起動させて任務開始」
「流石に手際がいいな。今回の任務に割かれている人員が多いとも聞いている」
「それだけ重要なものが賭かってるってことでしょ。……ねえさっきから何なのよ。何を探ろうとしてんのか知らないけど回りくどいことは止めて」
思わず睨み付け、声を尖らせる東雲。
それから強制的に会話に引きずり込まれたことに気付いたようだが、一度発した言葉は戻らない。
普段も不機嫌そうにしている時はあるが今回は少し違うことも気に掛かる。
いつにもまして素っ気なく余裕を感じられない。
「なら一言で聞こう。今回の任務から水瀬を外そうとしたその意図はどこにある?」
「……ああそのこと。結城に何を聞いたのか知らないけど別に意味なんてないわよ」
その視線はオレと一向に合わない。
むしろわずかに視線が揺れているため、誤魔化しているのは明白だ。
「嘘だな。過去に起きた水瀬の暴走についてはざっとだが聞いている。そのことが原因で彼女にきつい態度を取るのか?」
「……ふーん。そこまで知ってるんだ。なら分かるでしょ。区別なく人を傷付けるような魔法使いは危険なの。それがたとえ自分の意思じゃなくてもね。力を制御できずに振り回される、そして無実の人が死んでいく。そんなのって許せるわけがないし……だからあいつをできるだけ任務に参加させたくないの。はあ……これで満足?」
長口上を終えた東雲は溜息交じりに確認を取る。
「水瀬のことが嫌いか?」
「……決まってるじゃない。嫌い、大嫌いよ」
その問いかけに対する答えはすぐに返るだろうと思っていただけに一呼吸も置いた返答には少し驚かされる。
この間が意味するものが何か、それは眼前にいる少女を観察していればいずれ分かることだ。
「あたしはあたしが正しいと思ったことをする。ただ……それだけよ」
東雲はそう言い切ると立ち上がった。
「取引対象が到着した」
「こちらも確認している」
地上には両脇に部下を従えた細身の紳士が制圧対象の魔法使いに出迎えられているところだ。
魔法使いの手には銀色のアタッシュケースが握られており、その中に目標物が収められていると推測される。
どうやら現物があることをアピールしつつ、互いに最初の信頼を築いたらしい。
一言二言交わしそのまま建物内に入るようだ。
「――了解。外部班は討ち漏らしの処理、内部班はテンカウントで突入開始」
通信を終えると独り言のように言葉が向けられる。
「人除けの結界は正常に機能し始めたわ。逃走経路も抑えてある」
「行けるか?」
「誰に言ってるのよ」
半ば意識ここにあらずのようにも見えたが、声を掛ける前に東雲は雷光を纏い、跳躍した。
「覚悟くらいはしておかないとな」
万が一を想定して立ち回ることを覚悟し、彼女の背中を追うようにして飛び降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます