♰Chapter 14:狂人の愛
「――包囲網を抜けた人影はない? そう……了解」
東雲は地上に降りるとすぐに周辺一帯を囲んでいる私兵とアーティファクト通信を行う。
オレはその合間に紳士が落下した際に作ったと思われる血痕を確認する。
「包囲を抜けた人間がいないってことはまだこの近くにいるってことね」
「辛辣な言葉ばかり並べていたわりには親切に部下との通信内容まで教えてくれるんだな」
その言葉に返事はなかったが、こちらも分かったことは伝えておくべきだろう。
「逃走している奴だが出血は少ない。ただ完璧に落下ベクトルをいなせたわけでもないな。オレの短刀が足に刺さっている以上、そう遠くまではいけないだろう。近場で包囲網が緩むまで待っている可能性が高い」
「黙ってて」
東雲は理不尽に言葉を遮断すると刀を具現させ、路面に突き立てる。
「雷火の奏鳴――共振探知」
一瞬鳥肌が全身を巡るがこれは東雲の固有魔法か。
彼女は刀を伝う微弱な雷光をコントロールしているようだ。
やがて角を曲がった先の裏路地を示した。
「あいつはこの先の行き止まりで息を潜めてる」
「凄いな。それもお前の固有魔法の一部か?」
「さあね。悪いけど今はあんまり気分が良くないの。また今度気が向いたときにでも聞いてちょうだい」
それから彼女の示す経路を進むと確かに物陰にあの紳士がいた。
足の傷も放っておけるほど軽いものではない。
むしろこの重傷で動けていることが奇跡だ。
「もう逃げ場はないわよ。大人しく捕まりなさい」
「ふう……ふうっ! あなたは私の敵か⁉」
気が違っているのか、呼吸が荒い。
瞳は充血し、虚ろに視線が定まらない。
ただ声だけが暴走している。
そんな壊れたバネ仕掛けの人形のような彼。
東雲はこの場で意味不明な言葉を垂れ流す男に嫌気を隠しもしない。
「はあ? 手に持ってる物をさっさと離しなさいって言ってんの!」
「い、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! ああ、与えられた役割すらこなせないわたしを許してください!! すべては愛するあなたのために……!!」
つい先程――取引開始前の落ち着きはどこへ行ったのか。
紳士は弾けんばかりに眼球を見開いたまま、舌を噛み切って自決した。
瞳には大粒の涙を浮かべ、口からはどろっとした血液を零しながら。
「うっ……」
思わずえずいてしまった彼女を責めることはできない。
お世辞にも綺麗とは言えない死に方だったのだから。
「大丈夫か?」
「……別に。少し立ち眩みがしただけ」
口元を覆った東雲は死体から目を逸らし、大切そうに抱えられていたケースを取り上げる。
それから軽く手のひらを添えた。
「中身は……結城に聞いていたとおりね。後のことは事後処理部隊に任せるわよ」
「ああ」
異常行動を見せた死体だけを置いてこの場を去ることにした。
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