♰Chapter 6:情報屋との談義
学外へ出るとℐからのメッセージを確認する。
いわく、今から会えないかという旨の連絡だ。
了解の旨と共に場所を尋ねると数秒と経たずに既読の表示。
そしてすぐに返信が来る。
「それにしてもかなり近くに来てるんだな」
オレは徒歩で十分圏内の閑静とした路地裏カフェに向かい、その味な扉を叩く。
オールドな外観から美味しい珈琲が飲めるかと期待したのだが。
「「「お帰りなさい、ご主人様!」」」
オレは半歩下がって扉横の壁看板を見る。
店名は“喫茶カフェモカ”とされており、ℐの指定した店に間違いはない。
再度店内に入ると今度はメイドより先に奥の席から手のひらが覗いた。
「すみません、待ち合わせなので」
愛想よく応対してくれる彼女らに会釈すると、この場に招いた張本人と対面する。
「おうふ! 氏は生きてござったか! 深淵へ向かうと聞いてから大層心配してござった!」
「……どこから突っ込んでいいのか分からないが……ハートのオムライスを食べながらよく言う」
今日の服装コーデはメイドオタクだろうか。
腹部にメイド服を着たアニメ調キャラが大きく印刷されたTシャツ、髪は後ろに一本締めなうえに黒縁四角眼鏡を掛けている。
何よりもこのうざったい話し方は何なのか。
もはや何を目指しているのかが不明だ。
「どぅふどぅふ! とりあえずは円卓に着くでござるよ」
「角卓だけどな――」
最後の一言だけがローテンションだったので心構えはしていた。
オレが座るのと同時にいきなり胸ぐらを掴まれる。
「知ってるでござるよ! じゃなくて! いかな理由があって連絡しなかったんでござるか! 何度も何度もヘブンに導かれかけ、目も眩むような地獄を駆け抜けてきた拙者たちの燃え滾るパトスはそんなものだったでござるか……!!」
思わず出てしまったノリの良さはℐそのものだが本気で怒っているのも事実だろう。
こめかみには青筋がわずかに浮き出ている。
「落ち着け、ここは店内だぞ」
ℐをどうにか宥めるとオレは事情を打ち明ける。
他言無用を前提に、個人名や組織名を伏せて魔法で戦ったことを若干改変しながら伝える。
正直にすべてを話すわけにはいかないが、これから先のことを考えると話さないわけにもいかない。
これまでの依頼料に色を付けてきたのはこういう重要な情報を外部に漏らさないように、という口止めの意味もある。
そして一流の情報屋である彼自身もそのことについてしっかりと理解している。
「そんなことがあったのでござるか……。いよいよ混沌とした世界に魔法が訪れたのでござるね……。にわかには信じがたいでござるが氏が言うならパッションで信じるでござる。氏には一ミクロンのユーモアもないでござるし」
「……真面目に聞かないなら帰るぞ」
「でゅふ、地味にそそるS気でござる……。しばし待たれよ」
ℐはグラスに注がれていた水を一気飲みすると額に手を当てた。
氷ごと飲んだか。
「ごほっ……話の続きだが」
早口で聞き取りにくい口調からざっくばらんな口調へと変わった。
真剣な話をするときに限って変なキャラ設定を持ってくるのだけはやめてほしいものだ。
「そういうことなら連絡できなかったのも仕方ねえな。この話は約束通り俺の中にだけで閉まっておくから安心しろ。お前は俺のお得意様兼弟みたいなもんだからな」
「弟はともかく、変な仮装をするくらいに溜まっていた怒りは落ち着いたか?」
「事情が事情だからな。延々と駄々こねんのは俺の主義じゃねえ。そんで? これからどうすんだ? その誰かとやらに味方して悪い魔法使いの組織にでもケンカ売りに行くのか?」
オレはアイス珈琲を飲みつつ、それもいいかもしれないと考える。
「今のところは協力するつもりだ。オレが尽くすに値しないと見限ったとき、あるいは探している少女が見つかるその時まではな」
その言葉に彼は眉間にしわを寄せて反応する。
苦虫を嚙み潰したような表情が印象深い。
「
「罪は罪だ。気付いたときにはもう遅い。幼かったから、誰かに利用されていたからが通用するならこの世界の罪の多くが帳消しになるだろう。だがそれによって傷つけられた人間はどうなる?」
かつて、
虚構のうえで、組織からオレへの利益、オレから組織への利益、オレから他者への不利益が成立していた。
実際は、
現実のうえで、組織からオレへの不利益、オレから組織への利益、オレから他者への不利益が成立していただけだというのに。
オレはただ組織によって都合よく使い潰されていただけ。
目ぼしい感情を喪失したオレでも、胸の内に淀んだ感情が蠢動するのを感じ取る。
「……でもよ」
「でもはない」
彼は不服そうにしながらも口を閉ざした。
納得はしていないだろうが、理解はしている。
彼は八神零の現在と過去を、そして描く未来も知っている。
ある意味では最もオレの核心に近い人物。
だからこそ面倒くさいともいえるが。
「なら今回の話はこれで終わりだな」
「待て」
オレが席を立とうとすると呼び止められる。
「まだ何か?」
「お前のこだわる女の一端を掴んだぞ」
それはオレが一番欲しているモノ。
それを彼は手に入れたと言った。
「本当か?」
「ああ、兼ねてからの調査がようやく芽を出したんだ。つっても本当に小さく芽を覗かせた程度だ。そいつは両親を亡くしたあと、裕福な人間に貰われたらしい」
「それは朗報だ。それ以外には?」
「悪いな、かなりてこずってるんだ。名前から何から、まるでだだっ広い砂浜で爪先くらいの宝物を探してる気分だぜ」
彼をこれほど苦戦させるということは何らかの外部圧力が掛かっている可能性がある。
例えばの話、その裕福な人間が少女に対する情報の一切を遮断し、強固なプロテクトを施しているとか。
ともあれ、長い間なんの足取りも掴めていなかったのだから大きな進展だ。
「ぶっちゃけるとほんとはお前にこの話をするかだいぶ迷ったんだぜ。でも俺が何を言っても決意は変わらないらしいからな」
「理解してくれて助かる。お前の持ってくる情報はそれなりに信用できるからな。継続しての調査を頼む」
「そこはかなりって言ってほしいとこだけどな。ああ、任せとけよ!」
オレは今度こそ話を切り上げるとメニュー表を一瞥する。
それから自分のアイス珈琲代に追加して、オムライス一皿分の金を置いて店を出た。
心配をかけた慰謝料としてはかなりの破格だが、彼の持ってきた情報が役立ったことは事実だ。
色付けとしては妥当な金額だろう。
扉が閉まる際、「でゅふ、『爆裂!愛増し増し特製オムライス』お代わりでござーる! 見目麗しきメイド氏!」と聞こえたことは忘れるべきだろう。
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