♰Chapter 2:『夜の幻想事件』における事後処理1
オレと水瀬は結城の召集を受け、東雲の屋敷に到着していた。
屋敷の一室を開くと〔幻影〕の〔盟主〕である結城が例のごとくのんびりと茶を飲んでいた。
「待ちましたか?」
「やあ、水瀬君。それに八神君。私もちょうど一息ついたところだよ」
相変わらずどことなく捉えにくい人物だ。
主に魔法使いに対する抑止力としての組織を纏め上げる立場でありながら、護衛の一人もいない。
百歩譲って、水瀬の洋館や東雲の屋敷は〔幻影〕の拠点ゆえ安全圏と定義できるかもしれない。
だがここに到達するまでの道筋はその限りではないのだ。
毎度単独でふらりと現れてはふらりと去っていく。
そんな風だから油断はできないが、掴みどころがないといった男である。
結城はオレたちに座布団を勧めると緩やかに切り出した。
東雲の姿がないので彼女は外出していると見るべきだろう。
「二人とも学校はどうだい? 季節は春から夏にゆっくりとだが確実に進んでいる。そろそろよそよそしい雰囲気も抜けてくる頃合いだろう」
「いたって順調です。八神くんが部活動の新設に手を貸してくれるものね」
言葉の前半は結城に、後半はオレにやや悪戯な視線と共に送られたものだ。
「お前も忙しかったはずだがいつの間に準備したんだか。ほぼ外堀を埋めてからオレに提案してきたから半ば強制だけどな」
一日や二日の思い付きで計画していたのではないはずだ。
恐らくは入学してすぐの頃から何らかの形で申請を出していたに違いない。
結城はそれを聞いて微笑ましいものを見るように相槌を打つが、こちらとしては複雑なものを感じる。
「そうは言いつつも本気で嫌なら君はすぐにでも提案を拒絶したんじゃないかな」
「確かにそうですね」
結城とは数度しか言葉を交わしていない。
本来ならオレがどう判断するかなど分かるはずもない。
それでもオレの行動を予測できるくらいには、おおよその性格を分析して理解しているのかもしれない。
「〔幻影〕としての任務があるとはいえ、学生は学生らしくあるべきだからね。学業は言うまでもなく大切だが人生に一度きりの高校生活だ。当然それだけでなく部活や恋愛、行事ごともあるだろう。魔法使いと言えど任務がない間は目一杯楽しむといい。君達くらいの年頃に色々と経験しておくことは後々の悔いを生まないからね」
どこか遠くの景色を見るように青空に思いを馳せている。
結城の年齢がいくつかは知らないがそこまで離れてはいないだろう。
高く見積もっても三十路後半、妥当な線を突けば三十路前半だろう。
もしかすると懐かしく思い出したことでもあるのかもしれない。
「さて、今回もぼちぼち話に入ろうか。水瀬君から大体の事のあらましは報告を受けている。前回の二人での初任務、ご苦労だったね」
そこで思い出されるのは数週間前に決行した『夜の幻想事件』における非現実的な攻防戦だ。
事の始まりは『
老若男女問わず、一般人や犯罪取締組織である〔
そして〔幻影〕に長らく潜伏していた魔法テロ組織〔約定〕の魔法使い・
個人的な感想を言えば、伊波や氷鉋をただの一テロリストとして認識するには無理のある人物のように思えた。
なぜなら今までにオレが出会ってきたどの腐った相手とも異なる意思――意志と言ってもいい芯の強さがあったからだ。
「八神くんは君自身の戦闘後の様子を水瀬君から聞いたかい?」
「大体は、ですね。目が覚めたときには洋館のベッドの上でした。傷の治癒がすでに行われたいうことは彼女に言われなくとも気付けましたから」
あくまで表面的な治癒。
魔法には死者を蘇生する、あるいは不治の病を治すなどといった回復系統のものが存在しないのだという。
それでも魔石を用いることである程度の傷なら見かけ上は塞ぐことができる。
『夜の幻想事件』ではオレも水瀬も軽くない傷を負った。
オレたちの完治を待ってようやく事後報告の場が設けられている。
ちなみにだが学校は比較的水瀬の洋館から近く、徒歩圏内のためリハビリも兼ねて一日も休んではいない。
不意に結城の視線が水瀬に逸れたのを見逃さない。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや気にすることではない」
水瀬の方も特にこれということもなく湯飲みに口を付けている。
さほど重要ではなさそうな予感があるからこそ、ここは流しておく。
「では話を戻そう。まずは伊波、氷鉋の両名との戦闘で破壊された建築物の類だが、事後処理を担当する固有魔法使いによって完全に再生されている。つまり本任務における物的損害はゼロだ。人的被害に関しては『心喰の夜魔』によるもののみで、最小限に抑えられたと言っていい。二人で最初の白星を勝ち取ったことに感謝と祝福を述べよう」
結城はそれから卓上に置いてあった一つの直方体型ケースを開いて進呈する。
「八神君にはよく見覚えがあると思うが何か分かるかい?」
「これは――短刀ですか?」
「正解だ。先程事後処理を担った魔法使いがいたと言っただろう? 実は幾つかの残骸が回収されているのだが、そのなかに君の魔力痕跡が付着した短刀も見つかっているんだ。修復もできるにはできるが折角なら対魔法使いに適したものをプレゼントしようと思ってね。それがこれだ」
促されるままに手に取ると程よい重みが伝わる。
滑らかな柄に刃毀れのない純黒の刃。
ともすると青みがかったようにも見える深さ。
艶消し処理がされており、軽く手で弄ぶも今までのものと遜色ない。
「それは普通の短刀とは違う。人間なら誰しも魔力を持っているという話は聞いただろう。それを魔法に変換できる人間が魔法使いだ。そして魔力は一般人であろうと魔法使いであろうとその人物の生命力に依存する。それを『
どれも水瀬や東雲から聞いたことのある魔法――とりわけ魔力の定義の根幹だ。
魔法を行使するためには、魔力を用いる。
魔力は体内のオドと体外のマナに大別される。
魔法使いは基本的にマナを使って魔法を顕現させる。
それも当然のことだ。
人工魔力を使い続ければそれは自身の寿命を削っているのと同義なのだから。
「それは『
「リベルタス……自由自在ということか」
リベルタスはラテン語で『自由』の意。
察するに形状変化、あるいは投擲時の選択肢の増加か。
「君はラテン語もいける口か。魔力伝導率の高い黒曜石と所有者の意のままの投擲軌道を描く変幻自在さから一文字ずつ取って黒幻刀。なかなかいいセンスだとは思わないかい?」
どうやら後者の特性を持つアーティファクト武器だったらしい。
それにしても血に塗れたこの手で『自由』の銘を冠する武器を握るとは皮肉が効いている。
「そうですね。意のまま、ということは手足と同じようなものと考えても?」
軽くあしらわれても結城は大して気にした様子もなく、代わりに返答もない。
その問いかけには使えば分かると言わんばかりに促してくる。
「ちょうどいい。ここから東雲君が普段使っている打ち込み人形が見えるだろう。それを狙って投擲してみるといい。そうそう、それは充電式アーティファクトだからマナを込めることを忘れずにだ」
オレは短刀にマナを凝集する。
充電式と言ったからには一定程度の魔力の担保が必要なのだろう。
やがて刀身が一瞬淡い燐光を帯び、十分な貯蔵量があることを伝える。
「フッ!」
縁側から鋭く息を吸い、短刀に慣性を付けて手を放す。
すると狙いは必中だったが結城が起こした風魔法によって大きく軌道を逸らされる。
「ここから君は意のままに操れる」
オレは短刀に籠った魔力に強く意識を向ける。
そしてそれは結果となり現れた。
――ヒュカッ。
弾かれたように――不可視の手で軌道を変化させられたように打ち込み人形を急角度に貫通した。
地面に固定されていたそれは真っ二つに切断され、力なく横たわる。
あとに残されたのは地面に深く突きたった短刀のみだ。
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