✞Epilogue
♰Chapter Ep :帰還
激闘から数時間後。
オレは水瀬邸まで帰って来た。
「八神くん!」
水瀬は洋館の門前でずっと待っていたのだろう。
オレを見つけると駆け寄ってくる。
「身体は大丈夫なの⁉ 傷口が痛んだり、アーティファクトで治癒できなかった傷は⁉」
あまりに過保護な心配ぶりに逆にオレが水瀬を心配するほどだ。
こんなにも慌てている彼女は貴重だ。
「珍しいな。水瀬がこんなに慌てるなんて」
「人を珍獣みたいに言わないで――」
オレの身体や顔など見える範囲で探っていた彼女の碧眼が見開かれる。
「この衣服の破れ方……」
目ざとく東雲がオレの腹部を貫いたときの裂け口を見つけたようだ。
だが肝心の傷はそこにない。
ただ衣服が破けているだけだ。
「水瀬から貰った一年物の魔石だが……悪い」
魔石のネックレスはすでに影も形もない。
それはすでにオレの腹部の傷や腕の麻痺からの回復に使用されたのだ。
貴重な魔石があったからこそ、刀を腹部で受け止める無謀ができたともいえる。
魔法には基本的に治癒系統がないのが通説。
例外としてアーティファクトを用いた魔術がある。
であるならば高濃度の魔力を蓄積した魔石は計り知れない価値を持つ。
できればお守りのまま使わずに返してやりたかったがそれは無理だった。
それを咎めるでもなく、水瀬はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、そんなものはどうでもいいのよ。八神くんが無事に帰ってきてくれて本当に良かった。物は代えがきいても人は代えがきかない唯一無二の存在だもの」
ほっと胸を撫で下ろす水瀬は安堵したように微笑んだ。
一通りオレの様子を見て落ち着いたのか、水瀬の視野が広がる。
彼女はオレの背後で覇気なく視線を逸らす東雲に視線を向ける。
「あか――」
「ごめん。あたしがあんたの相棒を傷付けた」
水瀬が口にしようとした朱音の三音は、それより早く東雲の言葉に遮られた。
言葉を理解するまでにたっぷり一秒ほど。
それから一度小さく深呼吸したのち、平坦な声で尋ねる。
「傷付けた……っていうのはどういう意味?」
「あたしが八神を殺すつもりで刃を突き立てた。お腹のところが破れているのは、あたしがやったものよ。酷かったわよ? 刃先が背中まで貫通してたし」
間髪入れない回答は一切自分を擁護する気がない。
御法川の固有魔法で操られていたという状況説明を省いてしまっている。
結果だけを水瀬に伝え、過程を話さない。
東雲自身、その歪さは理解しているだろう。
ただ彼女は断罪を受け入れるべく粛々と受け応えているのだ。
水瀬の表情は変わらない。
怒るでも哀しむでも憎むでもなく。
自然体の彼女がそこにいる。
「……貴方が八神くんを危険な目に遭わせた。間違いない?」
「……そうよ」
肯定を示す東雲に水瀬が近づく。
その気配に東雲が気付かないわけがない。
そして何が行われるかも彼女自身、覚悟していたのだろう。
それでも退かなかったのは守護者としての矜持か、それとも彼女の人間性ゆえか。
――ぴしゃり。
常夜灯に浮かぶ東雲の頬は赤くなっていた。
水瀬の平手打ちを受けたのだ。
「……本当に、ごめ――」
それからの水瀬の動きは予想外だったのだろう。
謝罪の言葉を重ねようとした東雲の身体がそっと引き寄せられる。
「今ので私から貴方への罰は終わり」
柔らかな声音で紡がれる赦しの言葉は東雲の表情を強張らせる。
それから音もなく一筋の涙を零させた。
「どう、して……あたしはあんたの相棒を殺そうとして……! それだけじゃないっ……あたしはずっとあんたにきつく当たってた……!! それなのに、どうして! どうしてそんなに優しいのよ――!!?」
普段から水瀬につらく当たっている反動だろうか。
水瀬の優しさに堪え切れなくなったものが溢れている。
「あたしが傷つけばよか――」
そっと水瀬の人差し指が東雲の唇に当てられる。
「それ以上は言わないで。私は確かに八神くんを傷付けたことを怒りもしたし、許せないって一度は思った。でもね、私は別に彼だけを心配していたわけじゃないのよ。貴方のことも無事に帰ってきてほしいって、そう思っていたのよ朱音」
今は東雲も抵抗しない。
ただ静かにされるがまま。
噛み殺した嗚咽が少しの間、空気に溶けていく。
――……
目元を赤く腫らした東雲はとん、と水瀬の肩を押す。
やや乱雑ではあったが水瀬は気にしていない。
それどころか、いつもの東雲に戻ったことが嬉しそうだった。
「二人とも改めて今夜はお疲れ様。ゆっくりと身体を休めてね」
それからふとオレを見る。
「八神くんはきっとまた夕食を携行食で済ませたんじゃない?」
「……鋭いな」
「鋭いも何も油断すればすぐに携行食で時短しようとするんだから」
大袈裟に呆れたような物言いをされるが、図星なので言い返せない。
「夜食、簡単だけど作っておいたから。一緒に食べましょう?」
「ああ」
それから彼女は温かい明かりが灯る洋館に向けて一歩を踏み出した。
折角作ってくれたものを無慈悲に食べないとは言えない。
オレ自身、激務に小腹が空いてきたところだった。
オレも一歩を歩き出す。
だがすぐにオレと水瀬は後ろを振り返った。
「来ないのか?」
躊躇するように東雲は動けない。
助け船は水瀬が出した。
「朱音も泊まっていきましょう? 今夜だけでも、ね?」
「……あんたが嫌じゃなければ……泊まってもいいかも」
それから再び洋館へ身体の向きを変える。
〔迅雷〕の守護者が素直になるにはまだ時間がかかるらしい。
それでも以前と比べるとだいぶ雰囲気に鋭さが抜けている。
たとえ一時的な状態だとしても水瀬と東雲が並んで歩き出すことに意味がある気がした。
終焉のサクリファイス2 紅雷誓約編 冬城ひすい@現在不定期更新中 @tsukikage210
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