♰Chapter 23:トラブル
それから寮の周辺も捜索したが、同じ結果に終わった。
ただ代わりに地面を這いつくばる奇行種を見つけることとなった。
「何してるんだ?」
「ん? ああ、八神か。それに水瀬も」
四つん這いになり、室外機の裏を覗き込む周防。
その姿は不審者そのものだ。
「実は俺も俺なりににゃん帝を探してるんだが、足跡一つ見当たらないんだ。このままだと妹に――じゃなくてにゃん帝が寂しい思いをするから早く見つけてやらないと」
「水瀬、聞いたか?」
「え、ええ……八神君に聞いていたとおり、本当に妹さんが好きなのね」
四つん這いから二足歩行に進化した周防がつかつかと迫ってくる。
それから人差し指でオレを差しつつ、険しい顔をする。
まさかシスコンを他の人に話してはいけなかったのか。
思わず身構えるが――。
「おい八神! 俺は妹が好きなんじゃない! 大好きなんだ! そこを間違えるなよ⁉」
「あ、ああ。悪い」
思わず謝ってしまったが別にオレは間違ったことは言っていない。
何事も極めた人間の考えることは理解しきることができない。
「何はともあれ周防くんはここら辺を探してくれていたのよね?」
「見つけられなかったけどな。ああもう! にゃん帝はどこにいるんだ⁉」
「あとは猫缶に賭けるしかないな」
「猫缶か⁉ 灯台下暗しだ……」
すっかり抜けている周防を連れて、屋上へ向かうのだった。
――……
校舎内ににゃん帝が潜伏しているケースも考慮し、屋上の扉は半開きの状態にしておいた。
手をかけそっと押すと、頬を撫でるくらいの風がそっと猫缶の匂いを運んでくる。
これだけ人間でも感じるのなら猫にとってはかなりはっきりしたものだろう。
「いないな……」
率先して屋上を見渡す周防だが、確かに三毛猫の姿はない。
「待ってくれ。猫缶を見てほしい」
オレの言葉に二人の視線が注がれる。
「だいぶ形が崩れてるな」
「もしかして食べている途中だったのかも」
より注意深く空調室外機やソーラーパネルの隙間を探してみるが、気配はない。
残るは塔屋だ。
「にゃーん」
「八神くん!」
「ああ」
不意に猫の声が聞こえ、その先には三毛猫がいた。
それは部室にいたあの猫だ。
「間違いない。あれはにゃん帝だ」
周防は猫缶を拾い上げると前に出しながら、ゆっくりと近づいていく。
シスコンではあるが流石に猫飼いであるだけのことはあり、手慣れた様子だ。
「にゃん帝、ほらこっちに来い。お前の好きな猫缶だぞ」
「みゃん? んな~!」
だがにゃん帝は一向に降りてくる気配がない。
「仕方ない。俺が梯子で登る。八神と水瀬は下で万が一を頼む」
「ああ」「ええ」
ゆっくりと登っていくがそれと同時ににゃん帝も移動を開始する。
しかもその方角は。
「……本気か?」
塔屋から飛び降りたにゃん帝は屋上の柵の上に着地。
少しでも外側にバランスを崩せばそのまま地上まで真っ逆さまだ。
「私が何とかするわ!」
「待て。どうするつもりだ。下手を打てば慌てたにゃん帝が落ちるぞ」
目算で十メートルは超えている。
魔法を使えばどうにでもなる高さではあるが今は周防の目もある。
校庭で部活をしている運動部員にも何かの拍子に見られてしまうかもしれない。
衆人環視のなかでの魔法行使は極力避けるべきとの不文律を破るべきではない。
「でもあのままだとあの子が……!」
「んにゃっ⁉」
不運なことに一瞬の強風に煽られバランスを崩したにゃん帝が身体の半分を投げ出されていた。
じたばたと身動きを取ればとるほどバランスを崩していく。
水瀬は今にも魔法を使って飛び出していきそうだ。
「オレが行く」
「えっ⁉」
オレは袖を捲るとフェンスを越え、外側へ降りる。
幅は歩く分には問題ないが風があるためバランスを崩したらにゃん帝の二の舞――ミイラ取りがミイラになってしまう。
慎重に歩いて近づくとようやく手が届きそうなところまで来た。
「しゃーっ!!」
「……器用な奴だな」
必死にフェンスにしがみ付きながらオレに対して牙を剥いて威嚇してくる。
オレはそれを気にせず、にゃん帝の投げ出された身体に手を回し、抱きかかえる。
だが一向に落ち着く気配がなく、暴れ回っている。
「猫は安定感のある抱き方じゃないと嫌がるんだ!」
周防のアドバイスに従って安定感のある抱き方をしようとするもにゃん帝自身がパニックに陥っている。
「しまっ……!」
「八神くん⁉」
オレを足蹴に飛び上がったにゃん帝の先には足場などない。
だが真っ逆さまに落ちていくのを容認することもできない。
「っ」
辛うじて片手でにゃん帝を捕まえ、もう片方の手で屋上の端に捕まることができた。
だがもはや命綱はこの片腕のみ。
宙吊りからの復帰は猫を抱えながらでは無理だ。
「待ってろ! 今行く! 水瀬さんはここでにゃん帝を受け取ってくれ!」
周防が急いでフェンスを越えようとするが、不幸は重なるものだ。
そのとき再び突風が吹いた。
「くっ」
一気に支える力が抜け、指先がぎりぎりと悲鳴を上げている。
そしてついに手が離れ――わずかな浮遊感。
水瀬による気付かれない程度の最大限度の風魔法。
「間に合った!!」
すんでのところで周防がオレの腕を掴んだ。
「せりゃあああああああああ!!」
それから奇妙な雄叫びと共に力一杯オレを引き上げた。
見掛けによらずかなりの力がある。
オレが再び安定した足場に立つとにゃん帝を内側にいる水瀬に渡す。
それから周防は屋上に倒れ込み、オレは隅に寄りかかった。
「ふいー! 何とかなったな!」
「一歩間違っていたらまずかったけどな」
にゃん帝の無事を確かめようと水瀬の方を見ると、当の猫に半分ほど顔を埋め、不満げな視線を送ってきていた。
にゃん帝自身も今は大人しく身を任せている。
「本当よ。まったく、貴方は無茶ばかりするのね」
「オレが無茶しなければお前が無茶してただろう? だからこれで良かったんだ」
「く……そう言われると強く迫ることはできない、か。身体は大丈夫なのね?」
「ああ」
平然とするオレに言いたいことがありげだったが小さく息を吐いて飲み込んだようだった。
「なら八神くんに言うことはここまで。周防くん、にゃん帝が見つかってよかったわね」
「ああ本当に……本当にありがとう! にゃん帝が無事だったことも嬉しいが、これで妹に嫌われなくて済む!」
周防は笑顔でにゃん帝を受け取ろうとするが、かの猫は両腕を精一杯伸ばして張り手を喰らわせる。
「……」
「……」
「……」
耳が痛くなるほどの無言。
まるで『自分は二の次の存在なのか』と不満を漏らすような突っ張りだ。
「……嫌われているんじゃないのか?」
「そ、そそそそんなわけないだろ⁉ きっと一人で寂しかったからツンデレを発動しているだけだ! そうだ、そうに違いない!」
それからもしばらくは水瀬に抱かれたまま、最後には周防に引き取られていくのだった。
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