第9.5話 梨乃の不安

「作戦は上手く行っていますか? お嬢様」


 東城家の屋敷の一角にある、まるでファンタジーの世界から抜け出してきたかのような、優雅なテラス。


 幻想的な風景の中、その中心に設置されたテーブルと椅子に腰掛け、二人の女性が向き合っている。


「といっても、その表情を見るに苦戦を強いられているようですね」

「………」


 ティーポットから紅茶をカップに注ぎつつ、千雪が言う。


 その正面では、梨乃が落ち込んだ表情で項垂れていた。


「千雪……ここ最近、私は修太郎さんを家に招き、付きっきりで勉強を教えているの」

「ええ、知っています」

「長い時間を一緒に過ごしているの」

「存じ上げております」

「修太郎さんの私への好意は、更に増したと思っていたの」

「調子に乗っていますね」

「ちょ! ……う、うぅ」


 千雪の無遠慮な物言いに対し、激昂するかに見えた梨乃だったが、すぐに涙目になって呻く。


「千雪……何か、おかしいの。先日、ちょっと勇気を出して、いつも以上に恥ずかしい格好をして修太郎さんにアピールして見せたの」

「修太郎様が霧晴様と食事をして帰って来た日ですか」

「でも、修太郎さんは全く上の空で、私に全然興味も無い様子で……私、思わずちょっと不安になってしまって、修太郎さんと一緒に居る時間をもっと増やすべきだと思って、修太郎さんに私以外の人間と接触する時間を削減させようと、そういう提案をしたの」

「中々、パンチの効いた施策を思い付きましたね」

「そうしたら、修太郎さんを怒らせてしまって……」


 そう言って、梨乃はぐすぐすと嗚咽を漏らす。


 千雪は紅茶を口に含み、ふぅと斜め上を見上げる。


「それは、まぁ、怒らせてしまったとしても仕方がないのでは」

「あんなに怒っている修太郎さん、私も初めてで……」

「でも、その後徹夜で反省文を100枚書いて、翌朝持ってきたのでしょう、修太郎様は」

「そうなの!」


 千雪の発言に、梨乃は涙に濡れていた瞳を一転させ、キラキラと輝かせる。


 とても嬉しそうだ。


「真面目なんですね、修太郎様は」

「そう! そうなのよ、千雪! 修太郎さんは、真面目で頑張り屋なの! 誠実だし、それに、私が泣いてたら涙を拭おうとしてくれたり、クレープをご馳走してくれたり、いつでも私に優しいの!」


 梨乃は修太郎を絶賛する。


 千雪は、うんうんと頷いてそれを聞く。


 そこで梨乃は、一転して再び落ち込む。


「修太郎さんは、私に好意を抱き始めたのではなかったの? それとも……私の体を見て、期待していた通りではなくてガッカリしてしまったの? もしかしたら、私には女としての魅力が無いのでは?」


 声音を震わせて、梨乃は繰り返す。


 不安が入り交じっているのが、明らかだ。


「まぁ、修太郎様がお嬢様へ、本当に好意を抱いているのかはさておき」


 そんな梨乃に、千雪は言う。


 不安定になった彼女が頼りにできるのは、自分くらいしかいない。


 助けになってあげないといけない。


 励ましてあげないといけない。


「それでも、修太郎様とて健全な男性。男たる者が、お嬢様の挑発に一切乗ってこないとは少し違和感ですね。お嬢様は、性格はともかく顔立ちやスタイルは抜群ですし、そのお体も、男の劣情を刺激するには十分な魅力だけは満たしていると思います」

「ほ、褒められているのか貶されているのかわからないわ」

「もしかしたら、ですが」


 顎先に指を当てながら、千雪は推理するように言う。


「修太郎様には、他に欲求を発散している場があるのではないでしょうか」

「それは、どういう……」

「つまり、自分の性欲や肉欲を満たす相手がいて、だからお嬢様には紳士的に接することができているのでは……ということです」

「………」

「まぁ、あくまでも予想ですので、深く考えないでください。あの修太郎様に限って、そのような不健全な付き合いをする相手が居るとは到底思えません」

「……そうね」


 梨乃は、ティーカップを持つ手を震わせながら、呟く。


「修太郎さんが、そんなことをするはずがないわ……千雪、つかぬ事を聞くけれど……貞操帯を手配するとしたら、どういったルートから手に入れればいいのかしら?」

「お嬢様、あくまでも冗談ですので本気になさらず。それと、それに関してはわたくしも知りません」


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