第10話 どれだけ好きか合戦
ここ最近、梨乃の拘束が激しいため、蜜香とまともに顔も合わせられない日々を送っている。
そんな折に、先日の霧晴さんの発言の件もあって、俺はどうしても蜜香が気になってしまう。
今何をしているのか、誰と一緒に居るのか、いつになったら会えるのか、俺のことを想ってくれてるのだろうか。
そんなことばかりが、頭の中を席巻する。
そして、そんな鬱憤が行動にも現れ始めた。
学校にいる間、俺は隙あらば蜜香がどこにいるか探し回ってしまっている。
ちなみに、梨乃から課せられそうになった学校でのプライベートな会話禁止令と、スマホの没収は、反省文100枚の提出によってなんとか執行されずに済んだ。
もし本当にそれが施行されていたら、俺は今頃発狂していたと思う。
さて――学校での、俺の蜜香欠乏症による禁断症状の数々を見てみよう。
例えば休み時間。
俺はさり気なく、蜜香の所属するクラスまで足を運び、教室の前を通るふりをして中の様子を確かめる。
そこで、蜜香が元気に女友達と話をしているならまだいい。
時々、男子生徒とも仲よさそうに接している姿を見掛けることがあるのだ。
蜜香は男女問わず、誰とでも友達のように接する事ができる、それは知っている。
しかし、蜜香が男と接している光景は、どうにも俺の内臓にダメージを与えるものがある。
特に、チャラい雰囲気の男子が気安く蜜香の肩や手に触れたり、さり気なくスキンシップしている光景なんて見掛けた日には、頭に血が上る気分だ。
「やめろ! 触るな! 俺の幼馴染みだぞ!」と、飛び掛かりたくなる衝動に駆られる。
また、蜜香も蜜香で、人懐っこく誰にでも大らかな性格なので、そういう行為に対しても平然としているのが、やきもきした気持ちにさせられる要因だ。
なんだか、俺が一方的に蜜香に入れ込んでいるようで、そこが恥ずかしくもあるのだが。
我ながら、あの幼馴染みにどれだけ依存してしまっているのかと、ちょっと情けない気持ちになってしまう。
ただ、こんな俺の独占欲が暴走寸前でギリギリとどまっていられるのは、蜜香も同じ気持ちであると知ることが出来ているからだとも思う。
蜜香も、俺とまともに会話も出来ない日々が続き、悶々としているようだ。
東城家に帰った後も、就寝の時間まで梨乃につきっきりで勉強を教わり、それが終わる深夜には疲れですぐに寝落ちしてしまう。
蜜香とリアルタイムでチャットも出来ない。
だから、学校に居る間はチャンスなのだ。
学校内で偶然会ったり、擦れ違ったりした時に、蜜香はさり気なく俺にスキンシップを取ってくる。
応援のメッセージが書かれたメモを渡してきたり、指先で突っついて逃げたり。
俺が蜜香からしか摂取できない栄養素を欲しているように、蜜香も俺からしか摂取できない栄養素に飢えているのだ。
蜜香も我慢しているのだ。
それがわかるから、俺もなんとか理性を保てていた。
そして、そんな蓄積していく悶々とした気持ちを、俺はこれでもかと勉強にぶつけた。
梨乃からの指導に全力で応える形で、学力の向上に努めた。
梨乃も、先日のいざこざもあったため、俺に対して若干探るような視線を向けてくることも多くなったが、俺が心を入れ替えたかのように勉強に全力で挑んでいる姿を見て、驚くと同時に満足そうな顔をするようになった。
そして――時は経過し、定期試験も無事に終了。
翌々日には結果が出たのだが、俺はなんと、二学年200名中、11位という今までにない好成績を取ることができた。
これには、梨乃もビックリした様子で、珍しく「凄いわ! 修太郎さん!」と、少し興奮混じりに褒めてくれた。
しかし、今の俺にとっては定期試験で高順位を取ったことも当然嬉しいが、それ以上に東城家の軟禁生活から解放されること。
気兼ね無く蜜香に会える事の方が、何倍も嬉しかった。
■□■□■□■□
「お邪魔します」
「いらっしゃーい、どうぞどうぞ、上がって上がって」
定期試験期間が終わり、俺が自宅である大日向家へと戻ってきた日。
俺は早速、蜜香の家に遊びに来ていた。
学校が終わった後、自分の家に荷物を置いて、蜜香の家へと足早に訪問する。
玄関で俺を出迎えた蜜香も、嬉しそうに「んふふふ~」と鼻歌を漏らしていた。
「久しぶりだな、お前ん家」
「ね。約一ヶ月にも及ぶおつとめ、ご苦労様でした兄貴」
「娑婆の空気は美味いのう」
いやマジで、本当に監獄から帰ってきた気分だ。
そんなやり取りをしつつ、俺達は蜜香の部屋へと向かう。
その途中だった。
「あ」
蜜香の部屋の、隣の部屋。
ちょうどその部屋の前に、一人の青年が立っていた。
「悠君」
俺が名前を呼ぶと、彼はこちらに視線を向ける。
眼鏡の奥、切れ長の両目が俺を見る。
「久しぶりですね、修太郎兄(にい)」
彼は、夏前悠。
蜜香の弟で、高校一年生。
中性的な見た目で、いかにもモテそうな美男子だ。
顔立ちも蜜香と似ているが、蜜香とは違い表情に乏しく、細見の眼鏡を掛けているのもあって、知的な印象を受ける。
「東城家から解放されたんですか?」
「おお、知ってたのか」
多分、蜜香が話していたのだろう。
悠君は、俺と蜜香をそれぞれ一瞥した後、眼鏡のブリッジを指先で持ち上げる。
「それで、今日は久しぶりに蜜香姉(ねぇ)と水入らずの時間を過ごそうと、うちに来たというわけですね」
「あ、うん、まぁ……」
「ボクは隣の部屋にいるけど勉強中だし、勉強をしている間はイヤホンを装着して外部の音を聞かないようにしているので、どうぞお気になさらず」
「は、悠! もう、何言ってんの、こいつ!」
悠君の発言に、蜜香が顔を真っ赤っかにして腕をぶんぶんと振るう。
「もし気になるようなら、二時間ほど家から出ていきますが、その方が良いですか?」
「き、気にしなくて良いよ。というか、何に気を使おうとしているのかはわからないけど……」
俺がおっかなびっくり言うと、悠君は「そうですか。まぁ、このマンションは防音性能が完璧なので、本当に気にしないでください。では」といって、自室に入っていった。
「む~、このむっつりスケベ。勉強中とか言って、絶対に壁に聞き耳立ててるよこいつ」
悠君の部屋の扉を睨み、蜜香が唸り声を発する。
「もう、行こう、修太郎」
「あ、ああ」
そんな感じで、俺達は蜜香の部屋に入る。
「ふー、しっかし、疲れたー」
俺は蜜香の部屋の床に腰を落とす。
クッションを腰に当て、どさっと全身で横になった。
「あはは、本当にお疲れ様だったね」
一方、蜜香は自身のベッドに腰を下ろし、そんな俺を見下ろしてカラカラと笑う。
先日も一緒に掃除をしたばかりだが、蜜香の部屋は割と女の子っぽい。
いや、女の子が使っている部屋なので、そりゃ自然と女の子の匂いや気配が溜まっていくから、どうやったって女の子っぽい部屋にはなってしまうのだけど。
水色と白を基調にしたベッドや、カラーボックスの上に飾られたトロフィーや賞状。
壁に掛けられたアクセサリーや帽子などの軽衣料。
蜜香の生活感というか、彼女の全てが充足された空間の中にいる感じがして――。
なんだか、ドキドキする。
もう、何度も訪れた事のある部屋なのに。
友達同士だった昔と、明確に認識が変えられてしまったのだと、そう理解した。
「でも、凄いよね、修太郎! 今回の定期試験、一気に順位が100位以上上がってたじゃん!」
「ああ、まぁ、死ぬ気で勉強したからな」
梨乃のスパルタ指導に加えて、この状況をなんとか乗り切るというやる気にも満ちていた。
結果、学年順位11位。
「いやぁ、凄いよ、アタシは今回も90位くらいだったし」
「お前は部活も忙しいから、仕方がないだろ。勉強時間も人より確保するのが難しいのに、その順位保ててるだけすげぇよ」
「んふふ、まぁ、うちには優秀な家庭教師がいるからね」
「ああ、悠君か」
「にしても、本当に凄いと思うよ、修太郎。やっぱり、修太郎は頑張り屋でやれば出来る男なんだなぁって」
頬を桜色に染め、蜜香は少し細めた目で俺を愛おしそうに見詰める。
「嫁として鼻が高いよ。ぶっちゃけ、惚れ直した」
「ごっこだけどな」
「んふふ、細かいことはいいんだよぉ、今だけは」
なんて甘ったるい空気なんだろう。
胸焼けしそうなのに、全然苦じゃない。
やっぱり、蜜香しかいない。
こんな風に接することができるのは、こいつしかいない。
俺は改めて思い、ベッドの上の蜜香を見詰める。
部活で鍛えられた健康的な肉付きの体。
制服とリボンタイを押し上げる形の良い巨乳。
扇情的な太ももと、長い足。
俺の向けた視線に「?」と無垢な表情を湛え、小首を傾げる所作。
桃色で色っぽい唇。
……んぅぉおぇぇ。
心が奇声を発する。
なんやこの幼馴染み、俺の嫁、かわいすぎか?
「なぁ」
そんなかわいすぎる俺の嫁(ごっこだけど)に、俺は問い掛ける。
「霧晴さんについてどう思う?」
………そう。
これは、俺の中に溜まりに溜まった、今日まで聞きたくて仕方のなかった事の一つ。
あの日、霧晴さんに『蜜香のことが気になる』と言われた日から、ずっと抱えていた、俺の悩み。
「え、霧晴、さん?」
「そう、男子バスケ部の主将で、梨乃さんのお兄さん」
「あ、ああ、うん、東城先輩のこと?」
俺の問い掛けに、蜜香はちょっとドキッとしたように、体を揺らした。
ビックリしたような表情になり、目線がわかりやすく泳ぐ。
そんな蜜香の変化に、俺の胸がざわついた。
まるで、蜜香もまた、霧晴さんに少し気があるような、そんな素振りに見えてしまったからだ。
「ああ、うん、東城先輩……うん、良い人だよ。優しいし、気さくだし。女バスと男バスは同じ体育館で練習してるから、結構交流が多いんだけど、もしかしたら男バスの部員だったら一番よくしゃべるかな?」
「最近、何ていうか……結構、仲が良くなったりしてないか?」
「え? 仲良く……ああ、うん、言われてみると、部活終わりとか、部活以外でも、結構一緒に居ること多いかも。この前も、なんだか凄い高級なお菓子くれたりしてさ。前に、アタシがコンビニの新作スイーツくれたから、そのお返しにって。もう、律儀だよね」
えへへと、蜜香は恥ずかしそうに笑う。
「……蜜香は、霧晴さんのことどう思う?」
「ど、どう?」
「かっこいい、とか……」
「え……」
そこで、蜜香は何かに気付いたようにハッとした表情を見せた。
そして、俺に対して、にや~と、悪戯好きの子どものような笑みを浮かべる。
「んー、そうだネェ、確かに東城先輩、かっこいいよネェ。女バスのみんなも、隙あらば東城先輩の話で盛り上がってるしサァ。その上、お金持ちだしー、それを自慢したりとかも特にしないしー、なんだったらみんなの中心でムードメーカーだしー、優しいしー、紳士だしー、イケメンだしー……えーと……お金持ちだしー」
「……そうか」
無茶苦茶低い声が出た。
きっと、凹んでいるのがまるわかりの顔をしているに違いない。
蜜香、霧晴さんのことをこんなに褒めている。
気になって仕方がない様子だ。
後半あたり、なんだか語彙力が足りなくなってきていたような気もしたが、蜜香も霧晴さんに好意的なものを抱いているのかもしれない。
「え、え? 修太郎? めっちゃ落ち込んでない!?」
そんな俺のトーンダウンっぷりに、蜜香は慌て出す。
「そ、そそ、そんなに凹まなくても!」
「いや、蜜香もやっぱり、霧晴さんみたいな金持ちのイケメンが気になるのかな、と思って」
「いやいや、気になるって言っても、そりゃあの人どうしたって目に留まるし、見た目も俳優さんみたいだし……あーもー、嘘嘘! 嘘だよ!」
そこで、焦った様子の蜜香が「わー!」と両手を振り回す。
「修太郎を嫉妬させたかっただけだよ! 修太郎が東城先輩の話なんかするから、ちょっとアタシに独占欲見せてくれたのかなって、嬉しくなっちゃって! アタシ、修太郎以外の男に興味ないよ!」
「そうか!」
俺は顔を上げた。
晴れやかな気分だ。
心に掛かっていた暗雲が、胡散霧消して清々しい。
「立ち直り早っ!」
「蜜香の言葉を聞いたら、なんだがスッキリした」
「もう、単純だなぁ」
蜜香も安堵したように笑う。
……俺は霧晴さんの気持ちを知っている。
霧晴さんは、蜜香に想いを寄せている。
霧晴さんが明確に蜜香に恋をしている……と言ったわけじゃないが、いつその感情に変遷してもおかしくはない。
霧晴さんは善い人だ。
もしも霧晴さんが恋をしているというなら、俺は応援したい。
でも、霧晴さんが恋をした相手が蜜香だというなら、話は変わってしまう。
……俺が、霧晴さんに対してすべき一番誠実な対応は何だろう。
霧晴さんに真実を伝える?
……ことでは、ないよな、それは全ての終わりだ。
それとも、正直に言ったら、霧晴さんは俺達の気持ちを察して受け入れてくれるか?
いや、霧晴さんだって人間だ。
恋に本気になったなら、その真実を使って俺達の仲を絶とうとするかもしれない。
もしそうだとしても、俺は霧晴さんを責められない。
好きという感情には、正しさとか、綺麗さとか、そんなもの何の意味を成さない力があって、俺はそれを肯定しているからだ。
俺と蜜香の今の関係性が、そうだから。
「………」
今の俺にはどうすべきか、答えが見付けられない。
今この場ですぐに出さなきゃいけないといわれても、わからない。
だから、今は、このまま。
蜜香との時間を、優先したい。
「で、だ」
俺は、霧晴さんの件を一旦頭の隅に寄せ、蜜香に聞く。
「久々に会えたし、今日はどんな『結婚ごっこ』をするんだ?」
『部屋の協力掃除ごっこ』『休日デートごっこ』『共通の趣味ごっこ』と来て、今日は何をしよう。
そんな話をしながら、一緒に帰宅したのだ。
「んー、何をするって言っても……」
そこで、蜜香が声のボリュームを落とし、太ももの間に手を挟んでモジモジし出す。
「ほら、その、前回……ああ、なったじゃん」
「………」
あの時は、俺の部屋だった。
ベッドの上で向かい合い、濃厚なキスを交わし、互いの体温を求め合う事を願い合った、あの日のことを思い出す。
「となれば……選択肢は一つでしょ」
「それは……」
「『子作りごっこ』?」
「遂にか! いや、遂にかじゃねぇよ! できないって!」
蜜香の誘いに、俺はすっぱりと返す。
そんな俺の返答に対し、蜜香は「え」というような顔となった。
「修太郎……あ……したくないの?」
「いや、したくないわけじゃなくてな。そりゃ、叶うなら……」
頭の中が熱くなるくらい、俺だって蜜香と同じ気持ちだ。
だが、冷静に考える。
「この前は勢いで、そのまま行こうとしてしたけど、当然、準備が必要だろ?」
「準備……あ、うん、そうだね」
準備とは……つまり、望まれない展開にならないための道具を用意する、ということだ。
「アタシも、その、大丈夫な日っていうのかな……ちゃんと、調べておいた方が良いよね」
「ああ、それもあるが……避妊ってのは、どれだけ万全を期しても絶対じゃないらしい」
万が一、億が一、蜜香の体に新しい命が宿る可能性もある。
無論、もしそうなったとしたら、俺は絶対に責任を取る。
俺が、普通の立場なら、だ。
今の俺達にとっては、責任を取るとか、それで済む話ではないのだ。
文字通り、何もかもが崩壊する。
「だから、そこを最終ラインとするなら、そこには行かない程度のところにしようぜ。なおかつ、『夫婦ごっこ』らしくな」
「……うん、わかった」
蜜香も、顔を火照らせながらも、真面目な表情で頷く。
「所詮遊びといっても、そこはちゃんとしないとね」
それから少し、色々と話し合った。
今から何をしようかと、二人で考える。
「じゃあさ、『恥ずかしい話、暴露ごっこ』しない?」
そこで、蜜香が提案した。
「お互いに、自分だけの、ちょっと人には言えないような秘密を暴露し合うの」
「それって、夫婦の営みなのか?」
「お互いの恥ずかしい部分を知り合うっていうのも、夫婦らしくない?」
蜜香は色っぽく微笑む。
「まぁ、確かに、そういえばそうなのかな」
「じゃあ、ジャンケンで先攻後攻決めよう」
というわけで、『結婚ごっこ』チャプターナンバー4、『恥ずかしい話、暴露ごっこ』の開始である。
ジャンケンをし、勝ったのは蜜香。
「じゃあ、アタシ後攻ね」
「俺が先攻か……」
まずは、俺からという流れになった。
「恥ずかしい話……か」
普通、そんな話をし合おうなんて提案、「なんでだよ!」と笑って一蹴して当然なのだが、今日の俺達はそういう気分なのだ。
ただただ、互いに甘え合って、愛し合って、そうしていたい気分。
だから、どんな恥ずかしい事でもできてしまう。
「……前にさ、俺達、お互いのどういうところが好きなのか、って、そんな話しただろ?」
「うん、したね」
「でさ、その時、俺はハッキリと具体的な理由を言えなかったんだけど……」
「普通、そういうもんだよ。人が人を好きになる理由なんて、一言じゃ説明できないって」
「ああ、うん、でも、俺なんだかそのことが引っ掛かっちゃって……そもそもの最初、俺が蜜香をハッキリと意識するようになった、最初の記憶を思い出したんだよ」
「ほうほう」
俺の話に、蜜香は興味を引かれたようでズイッと前屈みになる。
俺は、自分と蜜香の根源的な記憶を思い出した。
つまり、蜜香を初めて好きになった時のことを、自分の中で言語化することが出来た。
その話をする。
俺と蜜香の原初の記憶。
それは、小学校低学年の頃。
この頃、俺はある女の子と仲良くしていた。
ちなみに、蜜香ではない。
俺達が住んでいるマンションとは別の、一般的なアパートに住んでいる家の子で、お互いの家の近くの公園で顔を合わせることが多く、よく一緒に居た。
俺は結構、その女の子のことが気に入っており、何をするにも遊びに誘って、良く連れ回していた。
その子はとても大人しい性格の子で、そんな俺の誘いにいつも素直に従っていた。
俺は特に何も考えず、遠慮もなく、その子の前では、あるがままの素の自分を出して接していた。
しかし、そんなある日のことだった。
俺は、その子に拒絶された。
嫌いだと言われた。
いきなりの告白に驚く俺に、彼女は畳みかけてきた。
本当は、ずっと俺のことが嫌いだった。
一緒にいるのが嫌だった。
傷付くようなことを言われることが多く、疲れているのに引っ張り回されて、あれをやれこれをやれと命令されて、ずっと嫌で嫌でしょうがなかった。
人の気持ちをまったくわかっていない。
もう、俺と会いたくない。
顔も見たくない。
そう言われて、その子は俺の前から姿を消した。
ショックだった。
俺は普通に接しているつもりだったのに、その子はそんな自然な状態の俺が嫌で嫌で仕方がなかったのだ。
俺は、そんな彼女の本心に気付かず、自分勝手に振り回していたのだ。
更に、その子が周囲の同年代の子供にも俺のことを言いふらしたのだろう。
俺は、その地域に住む女の子達から総じて弾かれるようになった。
当たり前だ。
女の子の心に深い傷を追わせたような奴は、異性から嫌われて仕方がない。
俺に近付く女の子はいなくなり、その経験から、俺は女の子が苦手になった。
どう接するのが正解かわからなくなり、自然と自分から話し掛けたり、接触することもしないようになっていた。
そんな時だった。
俺が、蜜香と出会ったのは。
蜜香は、女が苦手になっていた俺に、まるで男友達のように接してきた。
蜜香は、俺と気が合った。
自然な姿で居られたし、そんな俺を蜜香は好意的に受け入れてくれていた。
だから、普通に男友達のように、いつも一緒だった。
「色々と遊んだよな」
「ねぇ、修太郎ってば本当に子どもだったよね。悪ガキ」
「誰が悪ガキだよ。それは、蜜香もだろ。言っとくけどな、お前がクワガタで俺の鼻を挟んできたこと忘れてねぇからな!」
「修太郎こそ! 私に死にかけの蝉、投げつけて来た事忘れてないかんね! めっちゃ怖いんだから、あれ!」
俺達は言い争って、そして、笑い合う。
「喧嘩もしたっけな」
「うん、しょうもないことでよく喧嘩したよね。でも、次の日には普通に仲直りしてたよね。別にいいかって、それよりも修太郎と遊びたいって、その気持ちの方が強かったからね」
俺にとって蜜香は、唯一無二の、半身のような存在。
もうこの先二度と、出会える自信が無いほど、掛け替えのない存在だ。
「以上、ご静聴ありがとうございました」
俺は、最後に、そうおどけて言う。
しかし、室内を包む空気は、より一層甘酸っぱく、湿度が増した気がした。
蜜香の吐息が、少し色っぽくなっている気がする。
「は、恥ずかしい……」
俺は発火してるんじゃないかというほど熱くなった顔を、手で覆う。
「じゃ、じゃあ、次はアタシだね」
続いて、後攻の蜜香が話し始める。
パタパタと手で顔を扇ぎながら、蜜香は「えーと……」と、口火を切る。
「じゃあ、修太郎がどうしてアタシを好きになったかって話したから、アタシはどれだけ修太郎が好きかっていう話をする」
熱に浮かされ、目をトロンとさせながら、蜜香は言う。
「それは……でも、前にもう話してもらったしな」
「あの時には言えなかった……っていうか、言えないような恥ずかしいこと、言っちゃうよ」
「んふふ……」と、蜜香は緊張したように自身の唇を舐める。
蜜香、完全にスイッチ入ってないか?
ちょっと目が怖いぞ。
「アタシが、いつもしてる妄想」
「妄想?」
「うん、ここ最近、修太郎と会えない間もしてた、妄想……夜、布団の中で寝れない時とか、寂しい時とか、修太郎も妄想しない?」
「え、えーっと……」
「あ、そうか、修太郎はパソコンの中にエッチな動画があるもんね」
蜜香は妖しく微笑む。
「つまり、そういう感じの妄想だよ」
「お、おう……」
「あのね、気を悪くしないでね……アタシがよくする妄想は、修太郎に突然襲われるっていうシチュエーションなの」
「俺?」
「そう、いつもみたいに普通に、一緒に修太郎の部屋で過ごしてる時にね……いきなり、修太郎が『もう我慢出来ない』って、アタシのこと好きで好きでたまらないって、アタシを無理やり襲うの。それが、アタシが一番した妄想」
「………」
「………」
「………」
「……な、なんか言えよー!」
自分で話しておきながら、蜜香は枕を被って布団の中に潜り込んでしまった。
……いや、うん、恥ずかしい。
恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。
蜜香、なんて話をしてくれたんだ。
そんな話、話す方も当然恥ずかしいかもしれないけど、聞く方もかなり恥ずかしいぞ。
「……ねぇ、修太郎」
布団の中から、蜜香が言う。
「アタシね、なんにも初心でも純粋でもないよ」
「え?」
蜜香が言う。
「こうやって、修太郎と『結婚ごっこ』なんて不道徳な提案したのも、ただアタシが修太郎の傍にいたかったから。わたしね、今までずっと、修太郎と色んな事する想像してきた。出会ってから今日まで、ずっと……やりたいけど出来ないこと、妄想してた。その中にはね、今みたいな、口に出すのもいかがわしいような、きっと聞いたら引かれるような内容のものもあるんだ」
「………」
「アタシ、なんだか爽やかで清潔感があるとか言われてるけど、全然そんなことない。修太郎とエッチなことしたくて、されたくてたまらない、嫌らしい女だよ」
あのね――修太郎。
蜜香は言う。
「中学の時にさ、アタシが修太郎を男として意識してないだなんて言いふらしたの……あれだって、本当は思惑通りだったんだ」
「え……」
「修太郎にアタシを女として意識して欲しくて、挑発しようと思って、わかってて言ったんだよ。だから、修太郎がそれに乗ってくれたとき、凄く嬉しかった」
「………」
「だから……だから、修太郎がしたいことがあったら、何でも言っていいよ」
丸まった布団の中で、蜜香がもぞもぞと動いている。
「気にしなくていいよ。アタシ、修太郎の奥さんだから。しかも、ごっこ遊びだから。何したって許されるよ、遊びだもん、冗談だもん、嘘だもん」
それは、俺に対して言っているのか。
それとも、自分自身に対して言っているのか。
蜜香は繰り返し、俺に言う。
誘っているのだと、理解した。
そんなことを言われれば、俺も考えてしまう。
理性では、最終的な行為はしてはいけないとわかっている。
ならば、代わりに何をしようか。
あの布団を剥ぎ取ったら、今、蜜香はどんな顔をしているのだろう。
どんな姿をしているのだろう。
彼女の体を、快楽でいっぱいにさせてやりたい。
そんな欲望さえ湧いてくる。
その時だった。
ズボンのポケットの中で、スマホが鳴った。
俺は、画面を見る。
「……すまない、蜜香」
入っていたのは、梨乃からのメッセージだった。
「お呼びが掛かった」
「……ええ!?」
瞬間、蜜香は布団の中から頭だけをスポッと出して叫ぶ。
「タイミング悪ー!」
「本当にな」
なんでも、俺が定期試験で好成績をマークできた事に関して、今夜、東城家でお祝いを開くというのだ。
善意100%だ。
流石に、行くしかないな、これは……。
「行ってらっしゃい」
蜜香は、寂しそうに微笑む。
「別に大丈夫だよ。だって、こっちはごっこなんだし。優先しなくちゃいけないのは、そっちなんだし」
しかし、そう言う蜜香は、最後まで名残惜しそうだった。
俺は蜜香の部屋を出る。
すると、ちょうど悠君も隣の部屋を出た瞬間だった。
「あれ?」
悠君は、イヤホンを外して俺を見る。
「随分早いですね、修太郎兄。今日はしていかないんですか? 蜜香姉と」
「しねぇって!」
俺は逃げるように夏前家を後にした。
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