第5話 蜜香との休日デート


 梨乃と一緒に美術館に行った、その翌日の日曜日。


「おっはよー!」

「おす」

「……って、どうしたの修太郎、全然元気ないじゃん!」


 若者がごった返して賑わう、休日の街中。

 待ち合わせ相手の蜜香は、現れた俺の様子に対し、そうハイテンションに反応する。


「いやぁ、昨日チャットでも言っただろ? 『矯正』出されたって。原稿用紙5枚分。今日までに提出って言われちまってよ」

「あちゃー、何やらかしたのよ?」

「個展の主催者側との挨拶の場で、梨乃の婚約者として相応しいハイセンスなユーモアとウィットに満ちた、ナウでヤングな対応ができなかったことに対する反省文」

「ぶふっ、なにそれ」


 おかしそうに笑う蜜香。


「笑い事じゃねぇっすよ、蜜香さん。何回か書き直して、朝方にメールで送った内容を読んでやっとOKが出たんだぜ?」

「え、そんな感じ? っていうか、むしろ梨乃さんも凄くない? そんな時間まで修太郎に付き合ってたって事でしょ?」

「まぁ、そうなるな」

「ふぅん……なんだかんだ、修太郎のこと大切にしてくれてるんじゃないの、梨乃さん」

「そりゃ、婚約者だからな」


 将来の自分の夫――東城の名を名乗るに相応しい人材に育て上げなくてはならない。

 それは梨乃の責任であり、家族からも相当なプレッシャーを掛けられているはずだ。

 ともなれば、俺を必死になってしごき倒すのも頷ける。


「でも、ま、大事にしてくれてたといえば、修太郎もアタシとの約束、大事にしてくれてたんだね。全力で、今日の朝までに宿題終わらせるなんて」

「……当たり前だろ」


 ニマニマと微笑を浮かべる蜜香を直視できず、俺は照れ隠しに空を見上げながら応じる。


「せっかくの『休日デート』だからな」

「……んふふ、ごっこね」


 そう、今日は蜜香と『休日デートごっこ』の約束を交わしていた日。

 昨日、土曜日は急遽梨乃からの予定が入ってしまったため、本日に変更したのだ。

 朝方まで梨乃から出された『矯正』と格闘していたわけで寝不足だが、だからといって、「眠い。今日のデート中止」とだけメッセージを送って寝落ちするなどしてしまえば、クズ彼氏この上ない。

 蜜香相手に、そんなマネはしたくない。

 待ち合わせ場所に現れた蜜香の格好は、正にデートの為に着飾ったコーディネイトだ。

 白いブラウスに、スキニーデニム。

 美脚効果のあるスキニーデニムは、蜜香の細い腰と、むっちりとした太ももの形がハッキリわかるくらいフィットしている。

 肩掛けの小鞄に、頭にはベレー帽。

 足はスニーカーで、蜜香らしいスポーティーさと女の子らしさの混ざった魅力的な服装である。

 毎回同じコメントで申し訳ないが、うちの嫁(ごっこだけど)がかわいすぎる。


「さてと……で、どうする?」


『休日デートごっこ』

 ……まぁ、内容的には普通のデートと変わらないはずだ。

 本来は、仲の良い夫婦がまるで恋人時代に戻ったかのようにピュアな気持ちでデートを行う――そういう意味があるはず。

 しかし、今の俺と蜜香の関係的に言えば、むしろ何の変哲も無い恋人同士のデート、ということになる。

 まぁ、それはそれで、別に構わないしむしろ嬉しいのだが。


「一応、行きたい場所があるんだよね。アタシに任せなさい、しっかりエスコートしてあげるから」

「おう、ごめんな、こういう時は男の方が色々計画立てなきゃいけないのに」

「そんなこと誰が決めたの? 別に、女の方が男をグイグイ引っ張ったって良いじゃん」


 というわけで――と、そこで蜜香が手を差し出す。

 頬を朱に染め、上目遣いで俺を見る。


「ん」

「……ん?」

「んー」

「……んー……ん?」

「んんっ!」


 わざと意味がわからないふりをしていると、蜜香が流石に怒って肩をぶつけてくる。

 まったく、女の方が男を引っ張るという発言は何だったのか。

 これじゃあ、やっぱりそのままじゃないか。


「わかってるって」


 俺は苦笑し、蜜香の手を取る。

 蜜香の手は、意外と細くてしなやかな指をしている。

 バスケ部に所属するスポーツ少女なので、爪も綺麗に整えられている。

 けれど、俺の手で握り込めば、ちょっと力加減を間違えただけで壊してしまいそうな、そんな繊細で儚い感触を覚える――女の手だ。


「……修太郎ー、なんだが手の握り方がいやらしいんだけど」

「なんでだよ、普通だろ」

「アタシの指先、スリスリ触ってる」

「気のせいだって」

「嘘だー、こんな……ん……こんな触り方、絶対に……あ、ぁん……」

「街中で喘ぐな!」


 妙に色っぽい声を発し出した蜜香に、俺は強めに囁く。


「えへへ、だって指触られると気持ちいいんだもん」

「まぁ、確かに。指先って神経が沢山集まってるって言うけどさぁ」

「そうそう、何だかくすぐったいっていうか、もどかしいっていうか、恥ずかしいっていうか」

「……わかった、じゃあ手ぇ繋ぐの止める」

「えっ」


 俺がパッと手を離すと、蜜香は呆然とした表情になった。


「な、なんで?」

「だって恥ずかしいんだろ? 変な声になるし。だから」

「………」


 蜜香はショボンとした顔になり、視線を落とす。

 見るからに落ち込んでいるのがわかる。

 まったく、本当にわかりやすい奴だ。


「冗談だよ、冗談」


 俺は、離したばかりの蜜香の手を再び掴む。

 ビクッと、蜜香は肩を揺らした。


「しゅ、修太郎……」

「こう言うと、蜜香が残念そうな顔するかと思ってな、ちょっとからかいたくなったのだ」

「……修太郎ー!」


 ドンッと、ショルダータックルしてくる蜜香。


「おまえおまえ、おまえー!」

「いてっ! 止めろよ、その特有の攻撃!」


 照れ隠しのように肩でぶつかってくる蜜香と、そんな蜜香の攻撃を浴びせられ慌てる俺。

 そんな俺達の姿は、周囲を行き交う人々にはどう見えているのだろう?

 ……ま、バカップルにしか見えてないわな、こりゃ!




 ■□■□■□■□




「ところでさ」


 手をつなぎ合わせ、しばらく人混みの中を歩く。

 そんな何気ない時間に満足感を覚えていた俺は、そこでふと、蜜香に疑念を漏らした。


「おん? なんじゃ?」

「今更言うのもなんだけど、こんな街中で手を繋いでいるところを、もしも知り合いにでも見られたらどうする。それこそ、クラスメイトとか、学校の関係者とか」


 もしそうなったら、噂になって梨乃の耳にも入るかもしれない。

 何と言っても、彼女との婚約は学校中にアピールされているのだ。

 それに対し、蜜香は「大丈夫、大丈夫」と何も不安を抱いていないという感じで胸を張る。


「だって遊びだもん、本気じゃないんだから」

「いや、あくまで『ごっこ』って言ったって……」

「それに、要は慌てふためいて後ろめたい雰囲気を出しちゃうのがダメなんでしょ? 修太郎が梨乃さんには内緒で、別の美少女と隠れてイチャコラしてる! ってスキャンダルになるのが」

「んん、まぁ、そういうことだが」

「もしそんな事態に遭遇したら、アタシが華麗にフォローしてあげるし」


 そう言って、任せなさいとばかりに鼻先を持ち上げる蜜香。

 その時だった。


「あれ? 大日向君?」


 前方から、一組のカップルが現れた。

 その女性の方が、俺を見て名前を呼ぶ。

 俺のクラスメイトの女子生徒だった。

 更に――。


「え、夏前さん?」


 その隣――おそらく、その女子生徒の彼氏だろう。

 その彼も、蜜香の姿を見ると同時に驚いたように呟いた。

 俺は早急に察する。

 こっちの男子生徒は、おそらく蜜香のクラスメイトだ。

 この二人は俺達二人のそれぞれのクラスメイトで、カップル。

 そして、婚約者がいるはずの俺と、誰とも付き合っていないはずの蜜香が、仲良く手を繋いで歩いている光景に出くわし困惑しているのだ。

 さぁ、早速危惧していた事態に遭遇した。

 蜜香、先程の宣言通り、華麗にフォローしてくれ。


「あ、川口かわぐち君……あ、あ、えと、こんにちは……じゃなくって、ええと、あ、手、これは、あの、その」


 しかし、蜜香あたふたするばかりで、まったく喋れていない。

 焦りまくり、噛みまくり、赤面してどもりまくり。

 そして、しまいには「お、お願い! 学校のみんなには黙ってて!」と絶対に言っちゃいけないことを言い出した。

 仕方がない……。


「ええと、大日向君って、確か東城さんと婚約――」

「ああ、二人とも、これは本気にしないでくれ」


 俺は、至って冷静な口調で、目前の二人に言う。

 蜜香と繋いだ手を持ち上げて見せて、真顔で呆れた様子を見せながら。


「こいつとは、昔から同じマンションに住む近所の幼馴染みで、友達みたいなもんなんだ。今日は普通に遊びに来たんだけど、昔からの腐れ縁っつぅか悪友っつぅか……だから、ふざけてこんな事をしてくるんだよ。本当に困る」


 俺は溜息交じりに言う。

 そして、眉尻を落とし、申し訳なさそうな表情になって謝る。


「頼むから、梨乃さんには言わないでくれ。こんなしょうもない悪戯で、彼女の印象を悪くしたくない」


 俺の演技が完璧だったようで、二人は「へぇ、そうだったんだ」と、そんな納得した雰囲気になる。


「そういえば、夏前さん、大日向君と幼馴染みだって前に聞いた記憶があるな」


 蜜香のクラスメイトの男子――川口君が言う。


「夏前さん、友達と大日向君のこと良く話してるから」

「そうか、そりゃ話が早くて助かる」


 そして、少し雑談を交えた後、二人は去って行った。


「……どこが華麗にフォローする、だ?」

「………え、えへへ」


 誤魔化し笑いを浮かべる蜜香。

 まるで昨日と同じだな、と、俺は思った。

 ただ今回は、昨日の梨乃の立場にいるのが自分で、自分の立場に居るのが蜜香なのだが。


「というかお前、友達とよく俺の話してるのか」

「いや、そこまでは……この前、修太郎とどこどこに行ったとか、そこで修太郎が面白いコケ方したとか、そういう程度……いや、アタシが自覚なかっただけで、よく話してたかも……」


 そう呟いて、蜜香は照れ笑いを浮かべる。

 まぁ……正直嫌な気分ではないので、俺は「そうか」とだけ相槌を返した。




 ■□■□■□■□




 さて、その後。

 俺と蜜香は『夫婦ごっこ』チャプターナンバー2、『休日デートごっこ』を楽しむことにした。

 デートプランは蜜香の考えたとおりに、俺はそれに全力で乗っかる。

 しかし、蜜香の描いたプランは、恋人らしい特別な場所に行くとか、そういったものではなかった。

 カラオケ、ボーリング、ゲーセン……。

 俺と蜜香が、昔からそうであったように。

 友達同士遊ぶような、そんな何の変哲も無い時間を俺達は送る。

 しかし、何の変哲も無いと言っても、蜜香とこうして遊び歩くのは久しぶりの事だ。

 俺自身、以前に戻ったようで、それが楽しく感じられる。

 でも――ただ一つ、変わった点があることに俺は気付いた。

 それは、カラオケボックスにやって来た時。

 混んでおり、部屋が空くまでの時間をダーツで潰していた時のことだった。


「あー! 外れたー!」

「あはははっ、全然当たんねぇじゃん!」

「しょうがないじゃん! アタシ、ダーツ初挑戦なんだから! ちょっとは手加減しろ!」


 ダーツ初挑戦でぼろくそな点数になってしまっている蜜香の一方、俺は自己最高得点までもう少しというところに来ていた。


「うし、ちょっと気合い入れて集中するわ」

「んぎぎ、完全にアタシ蚊帳の外じゃん……」


 俺はコンセントレーションを高め、最後の一投をボードに向かって投射しよとする。

 その直前、蜜香が俺の背後に立ち、耳元に息を吹きかけてきた。


「のあ!」


 俺の投げた一投は、中心部から外れ、見事に1のシングルに刺さった。


「蜜香ぁ! お前ぇ!」

「きゃー! ごめんごめん!」


 俺は蜜香に拳を振り上げる。

 蜜香は笑いながら、頭を押えて蹲った。


「………」


 そこで、はたと気付く。

 こういうゲームの際に、蜜香は盤外戦術と言ってはこういう悪戯を仕掛けてくることがあり、その度に俺は怒って彼女の体を容赦無く引っぱたいてきた。

 無論、本気で殴ったりしないが、それでも邪魔をされているのは事実なので、そこそこの力で戒める事があった。

 蜜香自身、頭を押えて「ひえ~」と震えているが、顔は完全に笑っている。

 いつもの調子だと思っているのだろう。

 ただそこで、俺は蜜香を叩く気にはなれなかった。

 むしろ、今まで平気で叩いたりしていたことに、若干の後ろめたささえ感じた。


「……あれ? 修太郎?」

「……いい加減にしろよ、まったく。俺の歴代最高得点が……」


 そう言って、俺は蜜香の頭に軽く手を置く。


「あれぇ? いつもの修太郎だったら、容赦無くアタシの頭とか肩とかポカポカしてくるくせに」

「……すまんかった」

「いや、全然気にしてないよ、謝る必要ないよ」


 俺の心境の変化に、蜜香も驚いている様子だ。

 その出来事が切っ掛けで、俺は直後からの自身の行動の変化の数々を自覚し始めた。

 段差がある場所や、頭上注意の張り紙がある場所なんかは、自然と「気をつけろよ」と蜜香をエスコートする。

 蜜香の好きそうなお菓子だとかおもちゃだとか、アクセサリーだとかを見付けると、なんとなく「あげたいな」と思ってしまう。

 ……そう。

 どうやら俺は、それだけ蜜香を大切にしたいようだ。

 彼女を大切にしたいという気持ちが、あふれ出てしまっているようだ。


「なんだか、ムズムズするなぁ」


 どうやら俺の変化に、蜜香もなんとなく気付いたようで、時折そう漏らす。

 俺自身も驚いている。

 蜜香との間には、気を使わなくても良い、楽な関係を求めていたはずなのに……なんでだろう、今、俺は、逆に蜜香に気を使って、大切にしたくなってしまっている。


「なーんか、気のせいかなぁ」


 カラオケボックスにて。

 蜜香がトイレに行っている間に、彼女の分のドリンク(事前に何が良いか聞いておいた)と新しいおしぼりを用意して待っていたところ、帰ってきた蜜香がそう呟いた。


「修太郎、なんだかやけに優しくない?」

「俺はいつだって優しいだろ」

「どの口が言うかね!」


 あははっ、と笑う蜜香。


「……ねぇ、修太郎。気を使ってない?」


 そこで、声のトーンを落とし、蜜香が言う。


「アタシは、梨乃さんとは違うよ。そんなに気を使わなくたって、いいんだよ」

「………」


 なるほど、と、俺は思った。

 梨乃から施されてきた教育が、俺にこういう行動を取らせていたのかもしれない。

 ……でも。


「気を使ってる、かもしれない。けど、別に気を張ってるわけじゃない」


 俺は言う。


「蜜香にそうしてあげたいから、そうしてるんだ」


 そういうと、蜜香は「そっか」とだけ呟く。


「おーし、じゃあ次、アタシが歌うね! ゆらゆら帝国の発光体! 修太郎君、盛り上げよろしく!」

「いよ、十八番! 待ってました!」




 ■□■□■□■□




 さて、そんな感じで。

 一日遊び回り、気付けば時刻はもう夕方になっていた。


「ほれ、コーヒー」

「ありがとー」


 俺と蜜香は、駅ビル地下一階――地上が吹き抜けになっている広場の端で、ベンチに腰掛けていた。

 俺の買ってきたコーヒーショップのカフェモカを、蜜香は受け取る。

 二人はベンチに横並びで座り、目前を行き交う人の流れを眺めていた。


「今日は楽しかったー」

「なんか、いつもと違う感じがしたな『休日デートごっこ』。やってることは変わらないのに」

「やっぱりあれじゃない? 『夫婦がたまの休日に、恋人時代みたいにはしゃいで遊ぶ』っていうテイが、良いエッセンスになってるんじゃない?」

「なるほどなー……といいたいところだけど、俺達に恋人時代は無いんだけどな」

「んふふふ、いきなり恋人通り越して夫婦だもんね」

「しかも、『ごっこ』な」


 ……そこで、ふと、蝋燭の火が掻き消えるように、会話が途切れた。

 俺は、頭の中に浮かんだ事を、そのまま口にする。


「この関係、いつまで続けられるんだろうな」

「いいじゃん、ずっと続けても」


 俺の疑問に、蜜香があっけらかんと答えた。


「もし周囲にバレても、ただの遊びだって、幼馴染み同士の悪ふざけだって、アタシそう言うよ。修太郎だって、そう言ってくれていいよ。アタシも全力で肯定するから」

「……いや、それでも限度があるだろ」


 最初の一回くらいは誤魔化せるかもしれない。

 だが、その後も密会やデートを繰り返していたら、当然関係を怪しまれるし、咎められる事になるだろう。

 何せ、俺達の相手は、あの東城家と、東城梨乃だ。

 事情的にも、社会的地位的にも、逃れられない強敵だ。


「……じゃあ、いつまで続ける?」


 少し重い沈黙を挟んだ後、蜜香が呟いた。

 俺は、蜜香の顔を見ない。

 今の彼女がどんな表情を浮かべているか、直視できなかった。


「……高校を卒業して、大学に入学して……多分、大学在学中に、婚姻を結ぶ形になると思う」

「じゃあ、それまで?」

「いや、大学に入学した後は、流石に難しいんじゃないか?」

「じゃあ、高校卒業まで、かな」

「………」

「………」


 いつまでも続けられない、いつ無くなるかもわからない、そんな不完全で不自然で、綱渡りの関係。

『結婚ごっこ』。

 そうか。

 俺は気付いた。

 だから、大切に扱いたいと思ったんだ。

 蜜香とのこの関係を、容易く壊したくない。

 窮屈でも、自由度が低くても、邪魔な目に触れないようにひっそりと育んでいきたい。

 そんな関係に協力してくれる蜜香も愛おしい。

 だから――。


「………」


 でも、その逆に、蜜香と大手を振って表通りを歩きたい。

 校内でも気兼ね無く会話をしたい。

 そんな欲求に駆られることもある。

 誰の目もはばからず、蜜香と大いに戯れたい。

 互いに愛する者同士、気兼ね無く。

 そんな相反する二つの欲望を持ち合わせてしまう、思い通りに行かない関係。

 それもまた、『結婚ごっこ』。

 ……中々、業の深い運命を選んでしまったと、俺は今更思い詰める。


「……すまない、蜜香」


 気付くと、俺は蜜香に謝っていた。


「俺、頭が良くないから、良い考えが思い付かない。どうすれば、蜜香との関係を続けられるか……蜜香を大事に出来るか、良いアイデアが浮かばない」

「優先しなくても良いよ」


 そこで、蜜香が言った。


「え?」

「修太郎は、自分のことを第一に考えて良いよ」


 蜜香が、こちらを見た。

 彼女は微笑みを浮かべていた。

 桜色に染まった頬と鼻先、うっとりとした目。

 心をざわめかせるような表情を、自分に向けて。


「今日一日ね、『休日デートごっこ』してて、思った。修太郎、なんだかアタシのこと、凄く大切にしてくれてるって。なんだか、いつもと違う。気を使って、考えて、アタシのこと恋人みたいに、奥さんみたいに……自分の宝物みたいに、大切にしてくれてる……って」


 自分で言って恥ずかしくなったのか、目を泳がせながら蜜香は言う。


「それが、凄く嬉しかった。修太郎が大切にしてくれてるっていう感覚が、幸せで、嬉しい。なんだか、普段の修太郎っぽくなかったけど」

「……ははっ、まぁ、俺も少しは女性の扱いに気を回せるようになってるのかもな。梨乃さんに鍛えられたおかげで」

「アタシも、今のこの修太郎との関係を大切にしたい。けど、何よりも修太郎を一番に大切にしたい」


 だから、修太郎の好きにして。

 そう、蜜香は言う。


「修太郎に振り回されるなら、アタシ、幸せだよ」

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