第14.5話 千雪の作戦


「お嬢様、準備は整いました」


 客室のベッドの上で、修太郎は完全に寝入っている。

 小さな寝息を立てて、その顔は完全に夢の世界に旅立っている。


「美味しい料理でシュウ君を眠りに誘う作戦は成功ね」


 先に客室に入り、修太郎の様子を確認した千雪に呼ばれ、続いて梨乃が暗い室内に入ってくる。

 彼女は声を潜め、千雪に囁く。


「流石、千雪。いつの間に、あんなに料理の腕が上達したの?」

「練習あるのみです。まぁ、料理に満足した程度で都合良く睡魔に襲われるなんて事はあり得ませんので、普通に睡眠薬を使用しました」

「私の感動を返して! 何てことをしてるの!?」


 梨乃は当惑し慌てふためく。

 まさかクスリの力を使用するとは思っていなかったようだ。

 おかわいいことである――と、千雪は思った。


「ご安心ください。至って普通の睡眠薬です。そこまで激烈に効力のあるものではありません」


 心配そうに叫んだ梨乃は、その言葉を聞いて一応ほっとする。

 そして、視線を熟睡している修太郎へと向けた。

 すぅすぅと胸板を上下させ、穏やかな寝顔を浮かべている。

 その顔を、梨乃は愛しそうに見詰める。

 人間は、普段生活をしている顔と、寝ているときで表情が変わる。

 寝顔は、完全に無防備となっている時の顔で、あどけない修太郎の表情に梨乃も思わずぽぅっとしてしまっているようだ。


「お嬢様、修太郎様の寝顔に発情しているところ悪いのですが」

「は、発情なんてしていないわよ!?」

「睡眠薬を使用したとはいえ、修太郎様もいつ目覚めるかわかりません。早急に作戦を遂行しましょう」


 千雪が言うと、梨乃は「わ、わかってる……」と、少し気後れ気味に頷く。

 千雪の立てた作戦。

 それは人によっては、ある種、禁忌を犯すに近い行為。

 修太郎を眠らせ、彼のスマホを見てしまおうというものだった。

 もしも修太郎と蜜香の間に何かがあれば、彼女との連絡の履歴が残っているはず。

 その中から、何かが見付かるかもしれない。

 修太郎と蜜香の間に交わされている、二人だけの関連性が。


「………」


 本当はこんな事をしちゃいけないとわかっている。

 愛しい人の秘密を探るような、こんなマネ……。

 それでも、梨乃は行動せずにはいられなかった。


「ありました」


 千雪が、眠った修太郎のズボンのポケットからスマホを取り出す。


「当然、パスワードが設定されているわよ」

「ご安心を。修太郎様の使用されているスマホは少し古い型。指紋認証であるのはリサーチ済みです」


 千雪は、修太郎の手を取り指をボタン部分に当てる。

 画面が開く。

 もう、後戻りできない。

 高鳴る心臓の鼓動。

 梨乃は、唾を呑み込む。


「覚悟はよろしいですか、お嬢様」

「……うん」


 千雪が、修太郎のスマホのチャットアプリを操作する。


「千雪……確認するのは、夏前さんとシュウ君の会話だけよ」

「……了解いたしました」


 数々の会話履歴の中、修太郎と蜜香の会話はすぐに見付かった。

 青空の背景の中に、二人の会話が表示される。


「………これは」

「………」


 千雪と梨乃は、修太郎と蜜香のやり取りを遡っていく。

 何気ない、普通の友達同士のような会話の間に、所々挟まる、不穏な気配。

 修太郎と蜜香が、互いを慕い合い、求め合っているような、そんな文面が何度か目に付く。

 そして、その濃度は、一ヶ月以上前まで遡るに連れ、徐々に徐々に濃度を増していき――。


「……お嬢様」

「………」


『結婚ごっこ』。

 そんな単語が出た頃には、千雪も梨乃も、二人の間に何があったのか――何が交わされたのかを、理解していた。


「………もう少し前の記録も見られますか?」

「もういいわ、千雪」


 千雪は、梨乃の横顔を見た。

 その表情は、千雪も思わず背筋が凍るほどのものだった。


「夏前さんが、シュウ君を誑かしているのね」

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