第25話 獣人

 ポトムの街にやってきて一日が過ぎた。

 昨日はデカードさんの家でお世話になって、疲れがゆっくりとれた。

 さて、今日はゆっくり街を見て回るとしようか。

 俺たちはポトムの市場にやってきた。

 

 市場ではさまざまなものが売り買いされていた。

 その中にはもちろん、奴隷もあった――。


 いや、奴隷制度があることは仕方がない。

 それを俺一人でどうこうできるとも思っていない。

 ここは異世界だし、俺の価値観で裁けるようなものでもないだろう。


 だけど、どうしても、子供の奴隷は見ていられないな……。

 俺は、いそいで奴隷の市場を通り過ぎようとした。

 そのときだった。


 ――ガシャアアアン!!!!


 大きな音とともに、店先の壺が割られる。

 そして道に倒れてきたのは、小さな獣人の女の子だった。

 どうやら獣人の女の子は血を流して怪我をしているようだ。


 女の子を追い詰めるように、店の店主が出てきて、怒鳴り声をあげる。


「オラァアアン!? てめぇ、うちの大事な壺割ってくれてんじゃねえよコラ!」

「にゃ、にゃぁん……す、すみません……」

「すみませんで済むかよコラ。この壺いくらすると思ってんだ? この壺一個でなぁ、お前の命よりも値段が上なんだよぉ。死んで詫びろコラ」


 どうやらその獣人の女の子は、その店で買われていた奴隷のようだ。

 女の子の首には首輪がしてあり、鎖は店主の腕につながっている。

 どうやら店主の手伝いでなにかを運んでいたひょうしに、大事な壺を割ってしまったらしい。


「にゃあん……ぶたないで……!」

「うるせえ……! 死ねコラ……!」


 どうやら店主は奴隷に日常的に暴力を振るっているようで、奴隷はひどく怯えていた。

 店主は怒りにまかせて、手にもっていた大き目の分厚い本で、女の子を殴ろうとしている。

 俺はそれを咄嗟に止めていた。

 首をつっこむ問題ではないとわかりながらも、勝手に手が動いていた。

 俺は店主の腕をつかむ。


「ああん? なんだてめぇ。邪魔すんじゃねえよ!」

「お前……今この本で殴ろうとしただろ……?」

「それがなんだってんだ?」

「こんなもので殴ったら、小さな女の子がどれだけの怪我をすると思ってるんだ」


 本は鈍器のように分厚く、角で頭を殴れば盛大に血が出るだろう。


「はぁ……? 俺が俺のものを殴っても文句ねえだろ? 俺の物なんだから、怪我したってお前には関係ない。なにいってんだ?」

「自分の奴隷を健康に保つのも、主人の役目じゃないか?」

「うるせえよ! こいつはなあ、売り物の壺を割ったんだ。腹いせに殴るくらいどうだっていいだろ! こいつを殺しても、その壺の値段にはならねえんだ。ストレス発散に殺させるくらいしてもばちはあたらねえぜ」

「下衆が……人間の命が壺より軽いなんてことあるか……」

「はぁ……? 奴隷は人間じゃねえよ」

「っく……なにを言っても無駄か……」


 だが、この男になにを言ってもしかたがないのだろう。

 異世界で、奴隷のこの扱いは、珍しい物でもなんでもないのだろう。

 その証拠に、白い眼を周囲から向けられているのは、男ではなく俺のほうだ。

 この子一人を救っても、なんにもならない。

 自己満足だってのは、わかっている。

 だけど、俺は行動しないではいられなかった。


「おい。その壺はいくらするんだ?」

「あん? 50万Gだが……?」

「じゃあ、その娘。奴隷はいくらで買った?」

「30万だ」

「ほら、ここに100万ある。俺がこの子を買い取る。だからもうなにもするな。いいな?」


 俺はアイテムボックスから100万Gを取り出すと、乱暴に男に投げつけた。

 すると、男の目の色が変わって、


「うひょおおおおおお! あんた話のわかる男だねぇ! いいよいいよ、もう壺のことはいいから、さっさとそのブスもっていってくれ」

「ふん……マジでゲスだな……」


 結局、こいつは金のことしか頭にないボンクラなのだ。

 俺は倒れたままの獣人の女の子に、やさしく手を差し伸べる。


「俺はトウヤ。さあ、一緒に行こう。もうこんなところにいなくていいんだ」

「とう……や……?」


 女の子は、恐る恐る俺の手を握り返した。

 

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【おきのどくですが、転生先はランダムです☆】女神が無能なせいでいきなりラストダンジョンに転生したんだが?~周囲の魔物を全部倒したら一気にレベル9999になったので異世界チートテンプレを謳歌します~ 月ノみんと@成長革命2巻発売 @MintoTsukino

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