第四章 かつて絶望した一人の男・④

 ソフィーのお父様とお母様は当代の吸血鬼の王様のような偉い人だった。

何でもソフィーのお祖父様とお祖母様が8000年も生きたので、生きていることに飽きてしまって、自ら封印して眠りに付いたため代替わりしたのだという。

「何て可愛くて綺麗な子なんでしょう」

お母様が僕の手を握ったら、ソフィーと同じ甘い薔薇の香りがした。

お父様とソフィーが嫌そうな顔をして口々に言う。

「止めてくれアリア、私以外の誰かに触れてくれるな」

「お母様!ジャックはわたくしの愛しい人よ」

「あらあら。――パエッタちゃん、貴女の所は大丈夫?」

ローランさんの隣で苦笑している美しい女性が首を横に振った。

「今でもシャルル相手に焼き餅を焼いて、困っています。息子に嫉妬するなんてそれでも父親かしら?」

「それでも嫌なものは嫌なんだ。貴女は世界にたった1人の人で、誰にだって奪われたくない」

見苦しく言い訳をするローランさんを鬱陶しそうに見ているのは息子のシャルル君です。ローランさんとよく似ていて、でも目元はパエッタさんそっくりだ。ソフィーより600年は年上なんだって。

そこにカルロッタ先生と先生の恋人であるクロードさんがやって来ると、お父様は顔を改めて話を切り出した。

「さて、今日は皆に集まって貰ったのには理由がある。ソフィーの『青薔薇の乙女』であるジャック嬢が、『銀の騎士』によって『魔女』だと因縁を付けられて処刑されそうになったのだ」

「ジャックは今、どこにいるのですか」

クロードさんが青くなった。ジャックと言っても僕のことじゃない。お父様は頷いて、

「ソフィーの別荘に今だけ行かせて、あそこで働いてくれている者に見張らせておる。……これを聞けば銀の騎士はおろかパンゲア大陸の住人を皆殺しにしかねない」

「愚かな……!」カルロッタ先生が吐き捨てるように言った。「私達『魔女』が人間ごときに捕まって処刑されるなんてあり得ませんわ!」

「落ち着いて聞け、まだ話は終わっておらぬ。故に、私はジャックの母親である『青薔薇の乙女』を救うことを優先する」

どう言うことだろう。僕は混乱した。

だってお母さんは、あの時。

「『接吻』よ」

ソフィーが僕の手を強く握って、僕を見つめて教えてくれた。

「貴女のお母様の亡骸はそのまま葬られたのでしょう?」

うん。葬儀もあげて貰えずに、共同墓地に……『病死』だから感染すると良くないって棺桶を開けて最後にお別れをすることもできず、そのまま埋められた……。

「まだ生きているわ。ただ、それだけで精一杯の状態よ。体の動きを止めて、腐敗させないで保っておくだけで……。でも叔父様がもう一度『接吻』すれば、心臓が動き出すでしょう」

ただ、それは。

「わたくし達の身勝手でジャックのお母様を……また苦しめてしまうかも知れないのよ」

「違う!」

僕は大声を出して、叫んでしまっていた。


 お母さんを苦しめたのはソフィー達じゃない。

全部全部、アイツらだ。僕を何をしても良いバカと扱って何度も殴ってきた。あの日、悪意を以てお母さんを殺そうとした。何より、ジャックさんとの約束を裏切って、『銀の騎士』は僕を処刑しようとした。

ねえ、ソフィーは僕を愛しているんでしょう!?そんな罪悪感をどうして僕が求めていると思うの!お願い、最後まで愛してよ!


 「どう言うことだ……これは、どう言うことだ!」


絶叫のような大声が轟いた。

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