第三章 吸血姫は青薔薇に憧れる・③

 ソフィーは僕から離れた。口元を手で隠している。

「ねえ、わたくしの大事なジャック。わたくしを……信じて下さるかしら」

「どうしたの、ソフィー」

どうしてだろう。ソフィーが真剣な顔をして僕を見つめてくる。きっとソフィーには重大な隠し事があって、それがこれから打ち明けられるんだ。

なのに……ちっとも怖くなかった。

ソフィーは僕を愛してくれている。何があっても僕を傷つけることをしない。

『絶対』なんて本当はどこにも無いのかもしれないけれど、でも僕はそれを信じてしまうほどにソフィーが好きだった。

赤い薔薇みたいに美しくて艶やかで、僕の心配ばかりしてくれる大好きなソフィー。

僕が唯一恐れていたのは、ソフィーが打ち明けた隠し事が原因でもし僕達が離ればなれになったら……その不安だけだった。

「わたくしにとってジャックは命よりも大切な人なの。貴女がもしもわたくしを恐れて怖がったならば……わたくしは貴女から離れるわ。二度と近付かないと誓います。貴女を苦しめることだけはしたくないの」

嫌だ!僕はそれだけは嫌だ。ソフィーと離れてしまうなんて、それだけは。

「ソフィー……。僕はここにいたい、ソフィーと一緒にいつまでもここにいたい。手を繋いで薔薇の花園を散歩したり、寝る前に本を読んだり……。もしもソフィーが僕の所為で何か恐ろしい罪を犯していても、どうか側にいさせて欲しい」

ソフィーは頷いて口元から手を離した。

真っ白な鋭い牙が、2本生えていた。


 「わたくし達は人間の血を吸う不老不死の一族……『吸血鬼』なのよ、ジャック」


 「…………それだけ?」


 僕の反応が意外だったらしい。ソフィーが面食らった顔は初めて見たかも。でも、ソフィーはどんな顔をしていても、本当に美しいと僕は思う。


 「……わたくし達が怖くないのかしら?」

「僕は人間に焼き殺される所だったんだよ?でも、ソフィーは僕を正真正銘に愛してくれたでしょ?」

手を繋いで寄り添って眠った時、僕は一度も悪夢を見なかった。

紛れもなく僕は、ソフィーと一緒にいて、ソフィーに愛されて幸せだった。

「ほら、丸々と太らせてから血を吸う……とは思わないの?」

「だったらどうしてカルロッタ先生を招いてくれたの?僕の血を吸うだけなら勉強なんて必要なかったでしょ」

「……」

ソフィーは俯いてしまった。言い負かしちゃったみたいだ。

「僕の血を吸いたかったの?」

弱々しく頷くソフィーの手を僕は取って、握りしめる。

「一度だけ……」

「何度でも吸って良いのに。ソフィーなら何も嫌じゃないよ」

この真っ赤で艶やかな唇が僕の首筋にそのつもりで触れてくれるのなら、間違いなく怖くないとさえ思える。

「違うの……」ソフィーは僕の目を見つめて話してくれた。「わたくし達は、愛を誓った『青薔薇の乙女』の血を吸えば、二度と人の血を啜らない『真祖』になれるのよ」

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