第五章 沈黙が喋る時・②

 「もしかして女性として侮辱されてようとしていたのですか」

ジャックさんがぎょっとした顔で僕を見つめる。それでもまだ言わなかった。

「お母さんは美人だったから。でも夜だったから侮辱しようとした相手は男だという他は分からなかった。だからお母さんは怯えてしまった。助けてくれた貴方に対してさえ。……そうでしょう?」

「……」

「叔父様」ソフィーが呆れた顔をする。「その沈黙ほど雄弁なものはありませんわ」

とうとう、観念したのだろう。ジャックさんはぽつりぽつりと話してくれた。

「メアリーの……俺が『青薔薇の乙女』の危機を察した時には……彼女は地べたに押し倒されて背中に酷い傷を負い……不貞の輩共に侮辱されようとしていた。彼女を救うには、『接吻』するしか無かった」

「どうしてそれを私達に言わなかったのです」

カルロッタ先生が呟いた。

「彼女の尊厳を守りたかった」

「何て愚かな。それさえ知っていたら彼女を戻すことはしませんでしたのに!」

「同意無く俺が彼女に『接吻』したのは事実だ。――出来る限りに彼女の人生を俺の思慕で歪めたくなかった!」

幸せでいて欲しかった。薔薇の棘に刺されてただ血を流すようにジャックさんは苦しんでいても良かった。

いや、今でもお母さんが幸せでさえあれば、どんな苦痛でも受け入れていたのだろう。

――何て独りよがりで痛々しくて悲しい、愛情なんだろうね。

でもそれはジャックさんだけじゃない。

「お母さんはきっと、パンゲア大陸に帰ってから本当のことに気付いたんだとも思います」

誰がお母さんの大事なものを真に守ってくれたのか。

「……一度でいい、真正面で向き合って話し合っていれば、お母さんはその時に気付けていたはずです」


……後で気付いた時には遅かったんだ。


 『大好きな私のジャック、貴方は何も悪くないわ』


お母さんは僕を慰めながら、ジャックさんにもどれほどそう伝えたかったのだろう。


 「メアリー……」

歯を食いしばってジャックさんは泣いていた。

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