第二章 夢のような現実・③

 次に目覚めた時に、僕は頭がかゆくないことと、いつも臭くてムズムズしていた体中が、今はもうさっぱりとしていて、痛くてたまらなかった指先のあかぎれが治っていることに気づいた。両手を顔に近づけたら甘い薔薇の匂いがしたし、割れていた爪が綺麗に整えられていてピカピカに磨かれていた。着替えさせて貰ったみたいで、シルクのネグリジェからは石けんの良い匂いがした。いつも割れて痛かったかかとも、もう痛くない。

体中が温かくて、痛くも辛くも苦しくも無くて、とっても落ち着いた気分だった。


 ……だけど僕は深刻な問題に直面する。


「……庭に、穴を……勝手に掘ったら怒られるよね……?」

用を足したくてモゾモゾとする。それでもじっとしていたら悪化するだけだと思ったので、意を決して起き上がった。ベッドの下にはスリッパが置いてあって、つま先を入れたらフワン!とした感触が返ってきて驚く。こんな良いスリッパを踏んで歩いて良いのだろうか。僕は怖くなって裸足でベッドから降りた。だけど、足にちっとも力が入らなくてそのまま倒れてしまう。でも分厚い絨毯がしっかりと僕を受け止めてくれて、何も痛くはなかった。

「どうしたの!?」

扉がバッと開いてあの子が駆け込んできて、倒れている僕を抱き起こしてくれる。

「ご、ごめんなさい!あの、ちょっと、用を……」

「すぐにお手洗いに連れて行くわ」

彼女の小さな体にこんな力があったなんて。軽々と僕をお姫様みたいに抱いて、廊下を走る。召使いらしい男の人が廊下を掃除していた。僕達はその人をあっという間に通り越す。

「――お嬢様!『青薔薇の乙女』様のお食事について料理長が話をしたいそうです。後でお願いいたします!」

背後から声がかかってきたが、彼女は振り返らなかった。

「ええ!」


 お手洗い……?

僕はこんな綺麗で美しい所で用を足すなんてと躊躇ってしまった。どこもかしこも綺麗で清潔だし、白い薔薇まで花瓶に生けてある。ネズミはおろかハエ一匹さえいない。

彼女は僕をピカピカの便器に座らせてくれて、

「用を足したらこのちり紙で拭いて、この汚物入れに捨てるの。それからここの紐を引くと水が流れて綺麗に流してくれるわ。臭いが気になったらこの香水を薔薇の花に振りかけてね。全て終わったらこの呼び鈴を鳴らして頂戴」

手早く説明してくれてから、ドアを閉めて出て行った。


 …………。

運んで貰って、ベッドに寝かされてから、彼女は『料理長と話してくるから』と出て行ってしまった。

「……僕、どうしてここにいるんだろう?」

どうやら僕は生きているらしい。と言うことはここは天国じゃない。でも、こんな天国みたいな所……僕は知らなかった。

「もしかしたら僕が魔女じゃないって分かって……優しい人が引き取ってくれたのかな?」

こんなにも立派な薔薇の花園のあるお屋敷の、天蓋付きのベッドの中に寝かせて貰えているし、トマトのポタージュスープはあんなにも美味しかった。

「もう一度食べてみたいなあ……」

そこで狙ったように、ぐう、ぐう、とお腹が鳴った。

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