第三章 吸血姫は青薔薇に憧れる・①
この館にいる召使いの人は5人、庭師のアマデオさん、料理長のオスカルさん、スープを運んでくれたクリストフォロさん、メイドのフェデリーカさんとトスカさん。
そしてこの館の主はローランさんで、ソフィーの従兄なのだそうだ。ここは別荘のような所で、いつものローランさんは本館で奥様と子供と暮らしているらしい。
いつも優雅な薔薇の香りを上品に漂わせているソフィーは、僕にそう説明してくれた。
「僕を助けてくれてありがとう」
「良いのよ、貴女が生きていてくれて……本当に……良かったわ」
あれから3年と半年が過ぎて、僕はすっかり健康な体になった。いつもジェームズのお古を着せられて、外の物置で寝起きしていたけれど、今はソフィーとお揃いに仕立てたドレスを着て、同じベッドで眠っている。丸刈りにされていた頭も、今は滑らかな黒髪が腰まで伸びていて、ソフィーが毎晩のように櫛で梳かしてくれて。
歩けるようになってから、僕がろくな勉強もできないしほとんど何の教養も無いと知ったら、家庭教師のカルロッタ先生を招いて僕に色々と教えてくれた。
カルロッタ先生はとても厳しかったけれど、僕を殴ったり鞭で叩いたりなんかしなかった。それどころか、僕がテストで出来なかった所を詳しく、分かるまで根気よく説明してくれる。
「何も出来ないバカでごめんなさい」
謝るたびに、先生は困惑していた。
「貴女はとても真面目で出来の良い生徒ですよ……?」
勉強ってこんなに楽しかったんだ。
分からないと怒られて殴られるのが怖くて嫌で、苦手なものだとずっと思っていた。
最初はカルロッタ先生は予習と復習代わりになるからと、僕でも読めるような絵本を持ってきてくれていたけれど、すぐにその本も挿絵の少ない分厚い本になっていく。
ソフィーとその本を寝る前に、一緒に朗読する時、とても楽しくて幸せで。
先生には勉強だけじゃなくて、楽器の扱い方も教えて貰った。ローランさんや召使いのみんなを集めて、先生がチェンバロ、ソフィーと僕がバイオリンを担当して演奏した時はうんと拍手して貰えた。
「僕より上手だ」
ローランさんがお世辞を言ってくれたけれど、素直に嬉しくてたまらなかった。
「それはそうですもの」
ソフィーがムッとした顔で反論する。
「だってジャックは休む時以外、勉強しているかバイオリンを練習しているかのどちらかなのですわよ」
体格の良いアマデオさんが笑う。
「最初はノコギリで鉄を切るようなひでえ音がしたんですけどねえ、あっという間にお上手になった!」
「こら、失礼でしょ!」
フェデリーカさんがアマデオさんの肩を叩く。
「貴方だって最初は薔薇を片っ端から枯らして、散々にどやされていたでしょう!」
トスカさんが参戦した。
「あ、あの時は俺も……若造で……」
小さくなっているアマデオさんに、召使いの中で最年長のオスカルさんが言い放つ。
「貴様、少しは口の軽さを気にしたらどうだ。全く年甲斐も無い……」
「へ、へえ」
何だか楽しくなって僕は笑っていた。
多分、ソフィーやみんなの雰囲気が明るくて楽しかったからだと思う。
本当に幸せだなあと思って、笑っていたのに。
なのに、楽しいのに。
僕は心底から幸せだと思っているのに。
「ジャック!?」
ソフィーが駆け寄ってきてハンカチで僕の涙を拭いてくれる。早くもアマデオさんの床にめり込むように土下座している後頭部を、クリストフォロさんとオスカルさんが同時に殴っていた。
「違うの、違うの」
どうしてなの。
「ここにいると僕は幸せなのに」
『コイツは何をしてもいいバカで、出来損ないなんだよ!』
『ああ、お前は俺の自慢の息子だ!あんな出来損ない共とは違う、何て愛おしいのだろう』
『お願い、その子は私の――!』
「どうしてここにお母さんがいないの」
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