第四章 かつて絶望した一人の男・②

 ユニコーンの引く馬車に乗ると、馬車がすぐに動き出した……けれど全く揺れない。

何気なく窓から外を見たら、空に浮かんでいた。下にある薔薇の花園や館が遠ざかっていく。

「……ジャック、落ち着いて聞いて欲しいの」

ソフィーが隣に腰掛けて、僕の手を握って言った。

「これからわたくしが話す内容は……貴女を傷つけてしまうものかもしれない」

「僕の……お母さんのこと?」

「そう。メアリー様はかつて……あの館で暮らしていたのよ」


 ソフィーの義理の叔父であるジャックさんは、かつて己の『青薔薇の乙女』を見つけた。でもその時には、彼女は結婚していた。子供まで生まれていて幸せそのものの彼女を見て、ジャックさんは諦めようとした。

「でもね、叔父様には完全に諦めることが……どうしても出来なかったのよ」

彼女の幸せがどうか続きますように。

決して害されることなく、いつまでも。

彼女のためだけに、ジャックさんは彼女の夫に『銀の騎士』の加護を与えた。

「我が身を削るようにして彼の血統に与えたの」

その反動は大きかった。

「叔父様の精神も肉体も……本来ならば不老不死なのに、この数百年をかけてゆっくりと消えつつあったのよ」

それでもジャックさんは納得できていた。何者にも害されることはなく、彼女が幸せで、幸せな人生を送ったと信じていたから。

「……けれども……奇跡が起きたの」

それが僕のお母さんだった。お母さんこそがジャックさんが恋い焦がれ続けていた二人目の『青薔薇の乙女』だと分かった時……でも、ジャックさんは暴走してしまった。

「ごめんなさい……まさか無理矢理に拉致してくるだなんて、誰も思わなかったのよ」

愛し合わなければ『真祖』になれないのに、よりにもよってジャックさんは気絶していて、目覚めればただ怯えて泣きじゃくるお母さんを連れてきてしまったらしい。しかも無理矢理に、お母さんに『接吻』までしていた。

「叔父様を説得する間、メアリー様にはあの館で暮らして貰ったわ。さぞ怖かったでしょうに……わたくし達はどうお詫びしたら良いのかも分からなかった……」

ジャックさんは強固に嫌がった。もう嫌だ、離したくないとワガママな子供のように。

「お願いだ、彼女と離れるならせめて死を!」

……最終的にジャックさんをほぼ監禁するような形で引き離し、お母さんを帰すことが出来たらしい。

それからジャックさんはおかしくなった。基本的に吸血鬼はレムリア大陸で暮らしているのに、パンゲア大陸を放浪することが増えた。

「彼女がいない、もうどこにもいない。俺ももうすぐ終わる」

この前もパンゲア大陸を放浪して、『銀の騎士』に追い払われて帰ってきたらしい。

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