【2*】-2 ゲームヒロインside②

……キモイ。

キモイキモイキモイ!!

2年生になってから、ミレーユが挙動不審でキモ過ぎる。

生徒会に入ったり、部活をがんばったり。

どうしちゃったの? 

バグか何かなのかしら。


しかもミレーユは寮暮らしをやめて実家から通うようになり、寮での遭遇イベントも発生不能な状態になった。


(うそでしょ……ミレーユが仕掛けてこないなんて、完全に想定外だわ。あの女がわたしを虐めないと、ユード様の親密度が上がらないじゃないの!)


ゲームではいつもミレーユがいろいろなパターンでアイラを苦しめ、そのたびにユード様や友人キャラが救ってくれて、物語が進む。

裏を返せば、ミレーユはわたしのハッピーエンドに不可欠な踏み台なのだ。


踏み台が踏み台としての仕事を果たしていない!

向こうから仕掛けて来ないなら、こっちから……! 


わたしのほうから自発的にミレーユに近づこうとしたけれど、それもうまく行かなかった。

ミレーユの取り巻き3人が、絶妙なコンビネーションで邪魔してくるからだ。


ソフィ・ネール侯爵令嬢。

クレア・エマルド伯爵令嬢。

エリン・クレスディ伯爵令嬢。


彼女たち3人は別ルートの悪役令嬢であり、王太子ルートではミレーユの手下としていじめに加わってくるキャラだ。

なのに、なぜか全然イジメてこない。

わたしがミレーユに近づこうとするとワザとらしく話しかけてきて世間話で時間を稼ぎ、その間にミレーユはどこかに行ってしまう。

取り巻きというより親衛隊みたいで、気持ち悪い。


ゲームでは、そんな動きはしなかったでしょう!?

いつの間にか、この世界はあちこち狂い始めている。

このままじゃあ、本当にユード様の親密度を上げきれないかも……。

焦った私は、ユード様に直接働きかけてみることにした。


「ユード様ぁ。わたし、またミレーユ様にいじわるされてしまいました……。男爵家の養子に過ぎないわたしなんて、卑しい平民と同じだって言うんです」


実際は言われてないけど、ウソ泣きしながら訴えてみたらユード様はコロッと信じた。

「いかにもミレーユが言いそうなセリフだ。彼女は目下の者を見下す態度が目に余る」

「わたしの話を信じてくれるんですか?」

「当然じゃないか」

どうやらユード様はもともと、取り澄ましたミレーユに対して反感を持っていたらしい。一方で、わたしのことは素直な良い子と言ってくれた。



(……あれ!? これってもしかして、わたしからユード様に上手にアプローチできれば、ミレーユなしでも親しくなれるんじゃない!?)



ゲーム内のアイラは奥手だったから、自分から彼に近づくことはほとんどなかった。

でも、わたしは敢えてツボを押さえて接触を図る。

ユード様の好みが『白の似合う清純派女子』であることは、攻略wikiで把握済みだ。

つまり、わざとらしく色目を使ったり、ぐいぐい迫ったりするのは逆効果。

清楚・誠実でついつい守りたくなる頑張り屋さんのかわいい女を演じれば、彼の好みにドはまりするのは間違いない。

しかもユード様の内面は意外と脆く、劣等感が強い。

自分より優れた相手と一緒にいるのがつらく、自分が守り導くシチュエーションを好んでいる。


彼の一切を否定せず、彼のすべてに尊敬と親しみを感じる天真爛漫・無垢な少女。

そんなわたしは、ユード様の庇護欲を上手に刺激できたようだ。


「君のような女性は、初めてだ。純真で温かく、一緒にいると心が安らぐ。君の笑顔をずっと見ていたいよ……」


ゲームでは高難易度だった王太子ルートだけど、現実はすごくチョロいかも!


ミレーユの障害がなくても、王太子との恋はサクサク進んでいった。

友人たちは「身分に不相応な恋なんて、あきらめた方がいい」と口出ししてきたけれど、もちろん無視だ。

一人また一人と友人がわたしから離れていくのを見ても、別にどうでもよかった。

だって友達と仲良くするのもステータスを上げるのも、すべてはユード様とのイベント発生に繋げて親密度を上げるためだったんだもの。

まどろっこしいプロセスがなくても、わたしと彼の関係は順調だ。

彼はわたしより頭がいいから、彼から学べば留年の心配もない。

おねだりすれば何でも買ってくれるから、バイトもカジノも必要ない。

ユード様との親密度を上げることだけに極フリすれば、すべてうまく行く。


わたしは彼との甘々な学園生活を、思いきり楽しんだ。




……そんなある日。

唐突に、ミレーユから呼び出しを受けた。

放課後に学内のカフェに来いという。

いまさら何を仕掛けてくるの?

ユード様の心はすでに私のものだし、どんな妨害も無意味なのに。

馬鹿な女ね。

私は不安げな様子を装って、ミレーユの待つカフェに向かった。

もちろん、ユード様にはこっそり見守っていてもらっている。


(ミレーユが悪事をしでかす決定的なシーンを、ユード様に見せつけてあげるわ!)


…………ところが。


「アイラ様。実は私、ずっとあなたに謝罪をしたかったのです……!」

ミレーユの用件というのは、謝罪だったのだ。

花を踏んだことを許してほしい、と言ってきた。


(は? ミレーユが謝罪? 何で? 頭おかしくない? お詫びの品って……そんなの受け取るわけないじゃない!)


絶対に謝罪なんて受け入れない。

ユード様だって見ているんだから、ともかく『いじめられた』っぽい展開にしなくちゃ!


「ひ、ひどい……ひどいですぅ、ミレーユ様ったら!」


涙をこぼして、声を震わせた。

「あのときのことを思い出すと、わたし、悲しくて悲しくて……。今さら思い出させるなんて、本当にひどい人……! 心を込めて選んだお花だったのに……それなのに」


それにしても、どうしてミレーユはここまで性格が変わっちゃったんだろう?

今のミレーユは、ただの臆病者にしか見えない。

コソコソとわたしを避けたり。

ユード様との恋愛から身を引いたり。

へこへこ謝ってきたりする。

強敵だと思っていたミレーユが臆病者に成り下がるなんて、肩透かしもいいところだ。


(……もしかして、ミレーユも転生者だったりするのかしら)


そう考えると、納得がいく。

急に臆病になったのは、前世の性格が出たからだったりして。


あなた転生者なの? と尋ねようとして唇を開いた瞬間――


「ミレーユ! 貴様、アイラを泣かせたな!?」

とユード様が踏み込んできた。

いじめ現場を押さえたと言わんばかりに、ミレーユを睨みつけている。


「ミレーユ、お前の謝罪ごっこなど受け入れるものか! この『花の国』フローレン王国にあって、贈られた花を捨てるなど言語道断。建国神話になぞらえた最悪の非礼と心得よ。己の浅はかさを一生悔いるがいい」


さあ、行こうアイラ――と囁くと、ユードリヒはわたしの肩を抱いたままカフェを出た。

ミレーユに転生者のこと聞きそびれちゃったけど、まぁ、いっか。

臆病者に成り下がったミレーユなんて、もう警戒する必要はない。

断罪されるその日まで、怯えながら地味に生きていればいいわ。


   *



その後ミレーユがわたしたちに接触してくることはなく、わたしとユード様は甘々な学園生活を楽しんだ。

親密度はこれ以上、上がりようがないと思う。行くところまで行っちゃったし。


ユード様は、いつも言う。

「ミレーユのように取り澄ました女では、民草の心を掴むことなどできない。王太子妃には、アイラのように清廉な女性こそがふさわしいよ」




楽勝だな、この人生……って、思ってた。

あの日、誤算が生じるまでは。





「……ど、どうしてメルデル女公爵が入院してないの!?」


3年生の夏休み。

わたしはこの人生で初めて、王都の慈善病院にボランティアに行った。

しかし、ここで看護補佐をしていれば自然と起きるはずの『入院中のメルデル女公爵に出会うイベント』が発生しなかった。


そもそも入院さえしていないらしい。

――どういうこと!?


メルデル女公爵に会えないのはマズい。

会わなければ、わたしは男爵令嬢のままだ。


実はわたしの父親は、メルデル女公爵に勘当された長男のパウエルである。

つまりわたしはメルデル女公爵の孫娘で、このイベントでメルデル女公爵に見いだされて公爵家へと籍を移す運命だった。


「メルデル女公爵は病気なんでしょ? どうして入院してないんですか!?」

と看護婦長に尋ねたら、ブチ切れられた。

「高貴な方に病の噂を立てるなど、とんでもない不敬行為です。冗談でも許しませんよ!?」

と怖い顔をされてしまう。


どうしたらいいの?


ここまで順調だったのに、人生設計が狂っちゃう……。

あと半年で卒業なのに。


今からでも、メルデル女公爵に病気になってもらえばいい?

ユード様に頼んだら、メルデル女公爵に毒を盛るくらいのことはしてくれるかしら……。

ちょっとお腹が痛くなるくらいの、軽めの毒でいいんだけれど。

入院さえさせれば、イベントを起こせると思うし……。


深刻な顔をするわたしのことを、ユード様は気遣ってくれた。

「どうしたんだい、アイラ」

さすがに「女公爵に毒を盛ってください」といきなり頼むのはハイリスクだし、とりあえず無難な相談をしてみた。


「わたしたち、もうすぐ卒業ですね。もう、ユード様のおそばに居られなくなるんじゃないかと思うと、わたしは……」

「そんなことを気にしていたのか。大丈夫、私は必ず君を妻にするよ」

「でも、わたしは男爵家の人間ですから、あなたには不釣り合いでしょう?」


「心配ない。君の家格のことも、王妃教育を受けていないことも、もちろん理解している。だが、私がすべて上手くやるから心配ない。ミレーユの有責から婚約破棄に持ち込む準備も進めているし、君を正妃にするためならば、私はどんなことでも頑張ってみせるから」


そう囁いて、ユード様はわたしの腰を抱いてきた。


「もう泣かなくていい。私にすべて委ねてくれ」

「……はい!」


なんて有能な人なのかしら。

ユード様を選んでよかった。


   *


わたしはユード様だけを見ていれば大丈夫――

そう信じて疑わなかった。

でも、卒業式の1か月前、私は最推しとの出会いを果たしてしまった。




ミラルドだ。


なぜか学園内に、隠しキャラのミラルド・ガスタークが来ている。

――どうしてここにミラルドが!?


ゲームでは『筆頭政務官としての学園査察』で何度か来校していたけれど。そういうことなのかしら。


ミラルド・ガスターク。

若干23才にして、この国の三大派閥のひとつ『中庸派』の序列一位であるガスターク侯爵家の当主を務める辣腕家。

宮廷では文官のトップである筆頭政務官を務め、そして何よりビジュアルが最高。

私の最推しキャラだった。


ユード様が一気に霞んで見えるほど、リアルのミラルドは『洗練された美』そのものだ。


「え、まさかのミラルドルート!?」


令嬢としてのマナーも忘れ、わたしは声を張り上げていた。

ミラルドがそんなわたしに、やわらかく微笑みかける。

「君は?」

「し、失礼しました。わたしはこの学園の三年生、アイラ・ドノバン男爵令嬢です。無作法をどうかお許しください」

「気にすることはないよ。君がアイラ・ドノバン嬢か。明るく華やかで、コーラルニンフの花のようだね」

妖艶な笑みに、脳がとろけた。


(出会った瞬間からミラルドが『優しい』って、どういうこと!? ゲームだと最初はツンが強めどころか100%冷たくて、王太子以上に高難易度だったのに。卒業直前だから、親密度高めでスタートとか!?)


「少し話さないか」

「は、はい……」

今からでもミラルドルートに変更できるのかしら……。

ドキドキしながら、人気のない裏庭のほうに並んで歩いていった。

「私の妹も君と同学年なんだが、……気の強い娘でね。学友の方々に迷惑を掛けてはいないだろうか。気になる点があれば聞かせてくれないか?」


チャンス到来!

ゲームでも、ミラルドはミレーユによるいじめをきっかけにしてアイラとの仲を深めていった。

ミレーユを徹底的に落としてやる……!


私が涙ながらに有ること無いこと訴えると、ミラルドは真摯に聞いてくれた。

「ミレーユ様ったら、私が贈ったお花なんて要らないって言って、捨てちゃったんですぅ……」

「……花を捨てた?」

ミラルドが眉をひそめる。


「それは妹が大変な失礼をした。あの子に代わって、私に贖いをさせてもらえないか」

悲痛な顔でそう訴える――そんな顔もステキ。

「私も、君に花を贈らせて欲しい」

「お花を……?」


本当は花なんかよりも宝石とかのほうが嬉しいけど。

でも、素直に喜んで「ありがとうございます」って答えるべきよね。

なんといってもここは『花の国』。花の贈答は神聖なものだし。

花から始まるラブストーリーというのも、ステキかもしれない。


「君のおすすめの花屋を教えてくれないか?」

「わたしのおすすめ?」

「ああ。私は花屋に疎くてね」

「へぇ。なんか意外ですね」

ミラルドが、王都内のお店情報に疎いなんて意外だった。お花を贈る女性くらい、いくらでもいそうなのに。


そんなことを思っていると、ふっと目の前に影が落ちた。

彼の腕がわたしの顔のすぐそばに。

壁に手を付き、彼はわたしの間近に迫っていた。――いわゆる、壁ドンという形。


「生憎と、私は女性に花を贈ったことがないんだ。愛を請いたいと思える女性に出会ったことがなくてね。君のような可憐な女性に教えを請うた方が、良い贈り物ができると思う」


ふわりと彼から漂ってきたシトラスの香りに酔いしれ、わたしは行きつけにしていた『アダムス・フローレン』を教えた。


(これからはミラルドとの甘々な展開が……? でも、ユード様との恋愛はどうしよう!)

そんなふうに悶々としていたのに、その後ミラルドがわたしの前に現れることはなかった。


お花を贈ってくれるという約束も、果たされないままだ。

どういうこと?

まさかバグなの?

卒業のお祝いに贈ってくれるって意味だったのかしら。だとしたら、すごい野暮ったいわ。


ああ、でも、彼は翻弄系だから……意外なタイミングですごいサプライズをしてくれるつもりだったりして。


でも、さすがに登場時期が遅すぎて今から親密度を上げても間に合わないと思う。

現実的には王太子ルートで妥協した方が、無難よね……。


中途半端な出会いイベントのせいで、ユード様には全然トキめかなくなってしまった……。

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