【2*】-1 ゲームヒロインside
わたしは男爵令嬢アイラ・ドノバン。
今は『男爵令嬢』だけど、生まれたときは平民だった。
父はわたしの生まれた日に事故で死に、母は赤ん坊だったわたしを連れてドノバン男爵家の住み込み使用人になった。
男爵夫妻は母とわたしに同情し、色々と目をかけてくれた。
母はご恩に報いるために一生懸命に働き、わたしも4歳頃からは、幼いなりに母の仕事を手伝っていた。
でも、5歳のときに母が病死してしまい……
孤児になったわたしを憐れんだドノバン男爵夫妻は、わたしを養子にしてくれた。
男爵夫妻や使用人たちの優しさに守られて育ったわたしは、本当に幸せ者だ。
でも、何より幸運だったのは、
……最ッ高!
マジ最ッ高!!!
だってわたしは、恋愛ゲームアプリのヒロイン!
世界はわたしを中心に回っていて、将来的にはハイスペイケメンを選り取り見取りな訳でしょう?
マジで最高なんですけど!?
前世の記憶があったおかげで、親が死んでもメンタル的には全然平気だった。
だって、死ぬ予定だった
悲しみとかは、全然ない。
シナリオ通りにお母さんのお葬式でギャン泣きしていたら、男爵夫妻が憐れんで養子縁組してくれたの!
この世界の貴族は、稀に平民の子供を養子に取ることがある。
平民あがりの養子には家督を継ぐ権利はないけれど、嫡出の次男以降と同様に家門に属する人間として扱ってもらえる。
才能ある平民を自分の家門にとり込むための「投資」的な意味合いが強いのだけれど、ドノバン男爵夫妻は純粋に善意でわたしを養子に迎えた。
ドノバン家の家督は現在他国留学中の長男が継ぐことになっているし、領地経営も順調だからお義父様もお義母様も全然ガツガツしたところがない。
本当チョロくて笑える。
おかげで笑顔いっぱいの子供時代を過ごせたよー!
お義父様、お義母様、本当にありがとうございまぁす。
16歳になる年、わたしは貴族学園に入学した。
この国では16歳からの3年間を貴族学園で学ぶことになっていて、国内3カ所の学園のどこに入学するかは所領の位置によって決定する。
わたしは王都の貴族学園へ。
いよいよゲーム本番だ。
わたしの幸せな恋愛生活が始まるのね――。
可愛い制服を着て、うきうきしながら入学式の日を迎えた。
(でも、誰を攻略しようかな。私の最推しはミラルド・ガスターク侯爵だけど、さすがに攻略は無理だよね……)
ミラルドはリリース当初はモブキャラだったんだけど、追加課金コンテンツで攻略ルートが解放された隠しキャラだ。
モブのくせに立ち絵が美麗すぎるから、後で追加されると思っていたんだよね。
ミラルドは他の攻略対象4人を全員落としたあとじゃないとルート選択できないから、一度きりのこの人生では、たぶん攻略は不可能だ。
(だとすると、ミラルドの次にイケてたのは……)
考えながら歩いていたら、廊下の曲がり角でドン、と誰かにぶつかった。
「きゃっ」
「おっと失敬」
尻もちをついたわたしに手をさしのべてくれたのは――
「君、大丈夫かい?」
(ユードリヒ王太子殿下!?)
このゲームのメイン攻略キャラ、ユードリヒ・フローレン殿下だったのだ。
そういえば出会いのシーンはこういうスチルだったなぁ、と思いつつ彼の美しさに見惚れてしまう。
ユードリヒ殿下はゆるやかにウェーブ掛かったきらびやかな金髪と、空色の瞳が綺麗な貴公子だ。
見目麗しいその容貌は、さすがタイトル画面でメインを張っているだけのことはある。
(……彼、かなり良いかも。ミラルドの次に推しだったし。)
でも王太子ルートって、メインルートだけあってかなり難易度高いんだよね。
「学力」とか「評判」とかのステータスをまんべんなく上げないと、親密度MAXに到達しなくて。
しかもBADエンドだと、悪役令嬢の策略でヒロインが刺されて死んじゃうし……。
「立てるかい? さあ、手を」
「ありがとうございます……」
そのとき、理知的な面立ちの男子学生が「殿下!」と歩み寄ってきた。
この人も攻略対象――宰相閣下の令息クロード・クロムウェルだ。
「殿下。まもなく入学式典が始まります、お早く。……おや、そちらのご令嬢は?」
「今しがた出会ったんだ。君も新入生だね?」
ユードリヒ殿下はわたしの制服のリボンが1年生の色だと見て、微笑みかけてきた。
「先程は本当に失礼した。お互い、良き学園生活を」
これぞまさに王子様! という爽やかな笑顔で、ユードリヒはクロードを従えて歩き去っていった。
(……ステキすぎる! ユードリヒもクロードもすごいイケメン)
ハーレムENDが存在しないのが残念でたまらない。
誰を落とそうかなぁ。
入学式典の会場に入ると、生徒の多さに圧倒されてしまった。
(……残りの攻略対象も、どんな感じかチェックしたいわ)
通路からきょろきょろと会場内を見回していたそのとき、
「お退きなさい」
という
腰より長い金髪を豊かに巻いた気の強そうな美人が、不機嫌そうに立っている。
「そんな場所に立っていたら邪魔ですわ。お退きなさい」
うわぁ。エラそうな女。
この女、もしかしなくてもミレーユ・ガスタークだよね。
ユードリヒの婚約者で、わたしの最推しミラルドの妹。
王太子ルートでかなり陰湿なイジメをしてくる悪役令嬢だ。
……わたし、このキャラ大嫌い。
「謝罪の言葉もありませんの? お里が知れますわね」
ツンとした態度のミレーユは、豪奢な金髪をなびかせてわたしの脇を通り抜けていった。
(マジであの女嫌い。死ねばいいのに!)
ゲームでは各攻略対象に個別の悪役令嬢が登場するのだけれど、そのなかではミレーユが一番危険で高慢で、ビジュアルからして『悪の花』という感じだった。
……実際、王太子ルートをプレイしたときには、ミレーユの策略で
(このゲームはオートセーブで、『やり直し』ができない仕様だった。ゲームオーバーで最初からプレイし直すの、マジでたるかったんだよね)
ミレーユは危険だから、王太子ルートは避けた方がいい……?
……ううん。むしろ逆だ。
(ゲームでの恨みを晴らしてやるわ、ミレーユ! やり直しの利かないこの世界で、惨めな転落人生を送りなさい! あんたから王太子を奪い取ってあげるから)
『略奪愛』って考えたら、なんかすごくキュンキュンしてきた。
王太子ユードリヒと過ごす甘々な学園生活のこと、そしてミレーユを断罪してスカッとする瞬間のこと、色々なことを夢想しているうちに、入学式は過ぎていった。
*
学園生活の1年目って、すごく単純な作業ゲーなんだよね。
攻略対象たちとの恋愛はあまり進展しなくて、ひたすら会話イベントを起こしたり、学力を上げたり。
攻略対象や友人にちょっとしたプレゼントを贈ったり。
お小遣いを稼ぐためにカジノに行ったり。
学外のボランティア活動で、「評判」ステータスを高めたり。
要するに、ともかく地味な作業ゲー。
攻略ルートが決定する2年の春以降はけっこうスチルも増えるんだけど、1年のときは目立つイベントがほとんどない。
でも、わたしには1つだけ『楽しみなイベント』があった。
それは【ミレーユの誕生日イベント】だ。
ミレーユの誕生日にアイラが花束を贈ると発生するもので、せっかく贈った花束はミレーユに踏みにじられた挙句に廃棄されてしまう。
ゲームクリアに必須ではないけれど、せっかくだから見ておきたいイベントである。
ということで、わたしは王都の花屋『アダムス・フローレン』に行った。
ゲームでは攻略キャラや友人に花を贈って親密度を稼ぎたいとき、決まってこの店に注文していた。
(うーん。どの花がいいかなぁ)
ミレーユに贈った花の種類は、ゲームで言及されていなかった。何を贈ってもどうせすぐ捨てられるから、どんな花でも問題ないけど……せっかくだから。
「すみませーん。『
「ええ。ご用意できますが」
「花束を作って欲しいんですけど……」
普通、死別花は花束にはしない。
平民はお葬式のとき、棺いっぱいに死別花を詰めて弔う――『あなたの穏やかな死を望みます』と死者に語り掛けながら。
実際、母親が死んだときはわたしも、母親の棺に死別花を詰め込んでいた。
死別花は白い蔓バラに似た地味めな野草で、貴族が目に留める機会はほとんどない。
(何も知らずに受け取って、わたしの贈った死者の花で転落の一歩を踏み出すミレーユ。……それって、悪女にぴったりじゃない?)
店員は、怪訝そうに首を傾げた。
「死別花で花束を……ですか?」
「はい。オーダーメイドでお願いします」
シナリオ通りにわたしの花束を踏みつけていたミレーユは、本当に滑稽だった。
泣きじゃくるわたしを周囲の生徒が憐れむような目で見つめ、ミレーユは一瞬顔をこわばらせていたけれど、すぐにまた強がって「あなたの花など要りません」とゴミ箱に捨ててしまった。
あはは、バカな女。
王太子ルートで断罪される姿を、楽しみにしてるわね。
*
月日は流れ、2年生の進級パーティへ。
パーティ会場で攻略対象キャラのうち3人が、それぞれわたしを探している――親密度の上位3人だ。
この3人のうちどのキャラの視線に気づいて見つめ返すかで、ルートが決まる。
わたしが選ぶのは、もちろん王太子だ。
「ユードリヒ殿下。わたしになにかご用ですか?」
実は聞いてほしいことがあるんだ――と言われ、ふたりでパーティを抜け出して夜の庭園へ。
「……天真爛漫な君と一緒にいると、心が安らぐよ。実は王太子としての重責に、息苦しさを感じていてね」
ユードリヒはいつも王太子として堂々と振る舞っているけれど、内心は『自分はそれほど優秀ではないんじゃないか?』という恐れを抱いているキャラだ。
自分よりクロードやミレーユのほうが優れているのでは――と、不安になってしまうらしい。
「そんなことありません。わたしは殿下を尊敬してるし、いつだってあなたの味方です!」
シナリオ通りのベストな返事をした瞬間、ユードリヒは頬を染めた。
「ありがとう、アイラ。君に相談して良かった。……できれば今後は「殿下」ではなく、名前で呼んでくれないか」
「あなたを……お名前で?」
「ああ、愛称でも構わない。君の声で、呼ばれたいんだ」
わたしの手を取って、甘く微笑みかけてくる。
「わかりました。……ユード様!」
(さーて。そろそろミレーユが邪魔してくる頃合いね)
物陰から覗き見していたミレーユが、浮気と勘違いして乗り込んでくるはず。
(空回りして悔しがる、惨めな顔を見せてねミレーユ。…………って、あれ??)
物陰にいたはずのミレーユが、文句も言わずにパーティ会場へと戻っていくのが見えた。
(待ってよ。なんで絡んで来ないの!?)
修羅場イベントが発生しないのは困る。
純粋につまらないし、このイベントにはユード様の親密度を上げる効果も付いているのに!
「ユードさま! いま、ミレーユ様が覗き見してました!! すごい怖い顔をして、パーティ会場に戻って行っちゃいました」
「なんだって?」
「たぶん、わたしたちの関係を誤解したんだと思います。どうしよう……わたし、前からミレーユさまに嫌われていて。いつもジロっと睨まれるし、わたしとユード様が親しくするのが許せないみたいです」
「ミレーユがそのような真似を? 彼女にひとこと言ってやらなければ」
ユード様は会場のなかでミレーユを引き留めた。
覗き見について指摘したけれど、ミレーユは笑みを深めるばかりだ――その態度に、わたしは違和感を覚えた。
「あら。殿下とアイラ嬢が2人きりで大切なお話をしていたようなので、私は黙って引き返しただけですが?」
どうして余裕ぶってるの?
噛みついて来ないなんて、こんなのミレーユじゃない!
始終堂々とした態度で、ミレーユは「ごきげんよう」と立ち去っていった。
「アイラ、顔色が悪いが大丈夫かい? ……ミレーユめ。私の婚約者でありながら、あんなにふてぶてしい態度をとるとは。今後も困りごとがあれば、すぐに言ってくれ」
「はい……」
あんなのミレーユじゃない、……気持ち悪い。
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