【1】-10 義兄side
平民用のワンピースを着たミレーユが、いそいそと馬車に乗り込もうとする。
「お兄様……冗談はやめてください! ともかく今は、推し活が最優先なので」
どうやら、『ノエル』という名の人物のもとに行こうとしているらしい。
ノエルの名を口にするだけで頬を染めて恍惚としている様子から察するに、情夫であるのは明らかだ。
……まさかミレーユが、よそで男を作っていたとは。
「おしかつ」
そうつぶやいて、平静な様子を装いながらミラルドは同じ馬車に乗り込んだ。
「……!? どうしてお兄様までついて来るんですか!」
「私もお前の『おしかつ』とやらに同行しよう」
『おしかつ』なる言葉をミラルドは初めて聞いたが、おそらく密会の類だろう。
いかがわしい真似をしていたら、絶対に許さない。
「どんな男をお前が『おしかつ』しているのか、見定めなければならない。兄として」
「ちょっと……」
ミラルドはミレーユの反論に耳を貸さず、御者に出発するよう命じた。
「なんなんですかいきなり。お兄様らしくないですよ? ……一応説明しておきますけれど、『推し活』は怪しい行為ではありませんからね。深い愛着を抱く相手を『推し』と言って、その『推し』を応援するのが『推し活』です!」
不満そうな顔で説明している『妹』を、ミラルドはじっと見つめていた。
(……ミレーユは本当に変わった。なにがこの子をここまで変えたのだろう。まさか『ノエル』か? 侯爵家の権限で、ノエルを消しておくべきか?)
ミラルドが、『妹』に惹かれ始めたのはちょうど2年前。
彼女が学園の2年生になったばかりの頃だ。
それ以来、ミレーユにどんどん惹かれていった。
――
高慢で高飛車だったミレーユが、明るく元気な少女に戻った。
今の姿こそがミレーユ本来の姿だったのだと、ミラルドは思う。
幼少時のミレーユは、純粋無垢で愛らしい少女だったのだから。
ミラルドが5歳だったある日、父が赤ん坊を連れて帰ってきた。
腹違いの妹という訳ではなく、なにやら事情があるらしい。
高貴な身分の相手に接するかのように、父母はミレーユに礼節を尽くしていた。
しかしミレーユにしてみれば、『愛情の薄い両親』と感じたらしい。
父母に甘えられずに寂しがっていたミレーユを、ミラルドは不憫に思った。
だから実の妹のように可愛がり、ミレーユも兄を慕っていたのだが。
ミラルドが成人した日、父母は真実を告げた――
『とある高貴な令嬢が道ならぬ愛の果てに産んだのが、ミレーユなのだ』と。
『ガスターク家の実子として育て、時期が来たら王太子妃として王家に迎えられる予定なのだ』と。
もちろんミレーユ自身は、この真実を知らない。
王家から告げられるその日まで、出自を明かしてはいけないのだという。
真実を知ったミラルドは、『妹』と距離を置くようになった。
近寄るのが怖くなったからだ。
ミレーユと居ると込み上げてくる感情が、兄妹としての愛着なのか、それとも違う何かなのか、判断がつかずに恐ろしかった。
孤独を深めたミレーユが傲慢な令嬢になっていくのを、遠くから傍観するしかできなかった。
本来ならば兄として、妹をたしなめて正しく導くべきだったのに。
しかしミレーユは自分の力で、道を切り開いてくれた。
そんな彼女が、どうしようもなく愛おしいのだ。
愚かなユードリヒがミレーユとの婚約を破棄したため、ミレーユの今後については一切未定だが……
(いっそ奪ってしまおうか)
そんな思いが、ミラルドの胸によぎる。
王家が『要らない』というのなら、自分はむしろ喜んで彼女を貰い受けたい。
……不可能ではないはずだ。
ミレーユがガスターク家の血筋ではないことを、王家が公表してくれるなら。
(――だが、先のことなど今はどうでもいい。ともかく今は、ミレーユとの日々を楽しみたいんだ)
「……もう! お兄さまったら、絶対に私の邪魔をしないでくださいね?」
馬車のなかで、ミレーユが訴えてきた。
平民の質素なワンピースを着たミレーユも、なかなかに可憐だ。
衣服と髪を平民のそれに整えたところで、彼女の美しさをごまかすことなど出来ないのに――そういう、浅はかなところも愛らしい。
「さて。お前の『推し』とやらに、私も会わせてもらおうか」
ミレーユは、どんな男が好みなのだろう?
お前にふさわしくない男だったら、容赦なく排除してやる。胸の奥に嫉妬が芽生えた。
こんな感情もまた、生まれて初めてのことだった。
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