2 after【New 8】ミラぅドのおんがえし(ミラルドside/ノエルside)


背中に苛烈な痛みが走り、私は自分の死を知った――。


それは、ノエルが時間を戻す前のこと。

元王太子・ユードリヒの放った凶刃から、ミレーユをかばったときのことだ。


ユードリヒのナイフは私の背に刺さり、私はその場に崩れ落ちた。

背の傷から、血液とともに命が流れだしていく。

体が動かず、息ができない。

肺腑からせり上がる生ぬるい血液を、口から吐いた。

ミレーユが悲鳴を上げている。


――ミレーユを守れてよかった、などと安堵する心境にはなれなかった。

死にゆく自分は、もうミレーユを守れない。



喚くユードリヒの声が聞こえた。

「なにもかも、もう終わりだ! 全部どうでもいい! でもミレーユ、お前は道連れにしてやる! 私の人生を滅茶苦茶にしたお前を、八つ裂きにしてやる!!」


ユードリヒが、こちらに迫ってくるのが分かる。

この男はミレーユを殺すだろう。

しかし私は、もうミレーユを守れない。


絶望だった。

彼女の死が迫っているのに、何もできない絶望。

己の死よりも、彼女が殺されるほうが恐ろしかった――――




そのとき。


「時間、もどれ!!!」




ノエルの叫びを聞いた瞬間、

私の意識はぷつりと途絶えた。



   *


ミレーユと私は、ノエルに救われたのだ。

巻き戻された時間の中で、ユードリヒの悪行を阻止することに成功した。


すべてが最高の運びとなり、そして私はミレーユに愛を告げる権利を得た。


ノエルが女神フローレンの子であるという事実を最初は理解できなかった私だが、今ではきちんと受け入れている。

ノエルは、私の恩人だ。


「ありがとう、ノエル。お前には感謝しきれない」


ノエルに礼を言うと、彼女は誇らしげな表情(俗に『ドヤ顔』と言うらしい)をして「ぬふふ」と笑っていた。


「それじゃあノエル、ミラぅドに敬語けーご使うのやめていい? ノエル、敬語けーごむずかしくてキライ。『様』もやめたい」


なぜそういう方向になるんだ? と疑問だったが、私はすでにノエルの生活に関してあれこれ指摘する立場にはない。

ノエルの雇用主パトロンはすでに私からミレーユ・グロリオサ女伯爵へと移行しており、ノエルはミレーユが最近購入したタウンハウス――グロリオサ伯爵邸――に居住している。


「……お前の好きにするといい」

「やったー」


4歳児の非礼は目に余るものがあるが、ノエルが恩人であることと、私の管理下にないことを思えば強く言える道理はなかった。



――しかし。


  






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     (ノエル視点)


んふふふふ。

ノエル、最近生きるのがすごくラクちんになった。

これまで『こわいお兄さん』だったミラぅドが、優しくなったからだ。


ミラぅド死にそうだったけど、ノエルが時間巻き戻したおかげで生き返ったから、感謝してるらしい。

いのちの恩人だから、敬語けーごも『様』もやめていいんだってさ。

ラクちんだぁー。


それに、ミレーぅがえらい『女伯爵さま』になって新しいお家を買ったから、最近はそっちに引っ越した。

口うるさいミラぅドが文句言ってくることもなくなったし、ミレーぅと一緒に楽しく暮らしてる。


んふふふ。ノエル、毎日がとっても気楽。




――しかし!

ミラぅドのやつ、いきなりとんでもないことを言い出したのだ!!



   *



「ミレーユ。ノエルの教育については、お前の責任できちんと考えるべきだと思うが? 敬語も使えないようでは、流石に問題だ」


それは、ある日のおやつの時間。

遊びに来ていたミラぅドと、ミレーぅとノエルが一緒におやつを食べていたときのことだった。


「ミラぅド、ずるい! ノエルに敬語けーごしなくていいって言ってたくせに!」

「それは『私に対して』という限定的な話だ。礼節をわきまえずに成長すると、お前自身の首を絞めることになる」

「むぅぅ。なんだそれ屁理屈ヘリクツ~」


ぶーぶー文句を言ったけど、ミラぅドは無視してミレーぅに話し続けていた。


「お前は今後もノエルを、平民街での生活に戻すつもりはないのだろう?」

「ええ。それは――」

「平民階級のまま『お抱え芸術家』として育てるにしても、いずれ養子に迎えるとしても、今の無礼・無教養な状態ではノエルは必ず苦労をする」


うぅ。ミラぅドがなんか意地悪なこといってる。ミレーぅ、助けてー……。


……ところが。


「たしかに。マナーを身につけさせてあげないと、今のままでは貴族社会では生きていけませんものね」


がーん。

ミレーぅまでイジワル言ってる!


家庭教師ガヴァネスでも雇ってみようかしら」


がばねす!?


「ぜったいヤダ! ノエル、『がばねす』いらない! がばねす来ると、寝れなくなる」

「寝れないって……何の話をしているの?」

「ノエル、がばねす来たらぜったい追い出す」


ノエルがものすごく怒ったら、ミレーぅが「そこまで嫌がるなら、無理に押し付けるのはかわいそうね……」と言っていた。


「お義兄様。これまで通り、私が教育することにします」


ほっ。よかった。


「しかしお前は、いつもノエルを甘やかすからな。それでは本人のためにならない」


ちっ。ミラぅド、余計なことを言う……。


「むぅぅ」

ノエルがうなっていると、ミラぅドは「仕方がないか」と、あきらめた顔で言った。


「やむを得ない。それなら私がノエルを教育するとしよう」




――なぬ??


「お義兄様がノエルを?」

「ああ」

ちょっと面倒くさそうな顔をしながら、ミラぅドがうなずいている。


「喜べノエル。行政府の中枢を支える筆頭政務官このわたしが、最高峰の教養と礼節をお前に叩き込んでやる。お前を教育するのは骨が折れそうだが……しかし『命の恩人』だからな。その恩に報いるのは、王国紳士としての最低限の礼儀でもある」


なぬぬぬぬ!?


「私はミレーユとは違う。相手が幼児でも手加減などしないから、心しておくといい。お前をどこの社交場に出しても恥ずかしくない淑女に育て上げてやる。それが私なりの、お前への『恩返し』だ」

と、真顔で言ってきた。


……サイアクの事態になってしまった。

がばねすよりも、ミラぅドのほうがえぐいに決まってる。


「ひぃぃぃ。助けてミレーぅ!!」


そのあと3人でいろいろ話した結果、やっぱりミレーぅがノエルの先生をしてくれることになった。


「お義兄様はお忙しいのですから、家庭教師役なんてやる時間はないでしょう? やっぱり私に任せてください。この子はまだまだ小さいんですから、ちょっと甘やかしながら楽しく教えるくらいのほうが、ちょうど良いはずです。最初から厳しくすると、折れちゃいますよ」


「……そんなものか? ならばひとまず、お前に任せるとしよう」



ぐっじょぶ、ミレーぅ!!

ひと安心してグッタリしていたノエルに、ミレーぅが聞いてきた。


「……ノエル。一応聞くけど『しゃべったことばを敬語に自動翻訳するチート』とか、ないわよね?」

「そんなん、ない」

「そう。わかったわ」



〝――やっぱり無いかぁ。原作アプリでも、そんなミニゲームは無かったものね〟


っていうミレーぅのココロの声が聞こえた。

ミニゲームって言葉、ミレーぅはよく言うけど、なんだろう?



……まぁ、ともかくミラぅドが先生にならなくて、ホントによかった。


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