【New 8*】二度目の断罪と、その果ての…

アイラたちを捕らえて無事に帰ってきてくれたお兄様を見た瞬間、私はお兄様に抱きついて泣き崩れてしまった。


今度こそ、大団円で解決したのだ。

爆破事件はすべて未然に食い止められて、ひとりの死傷者も出ずに済んだ。


……昨晩は、本当に命がけでがんばった。


爆弾の設置場所を突き止めるために、私自身が囮になって賊をおびき寄せるという、かなり危険なこともした。

賊を締め上げて爆弾の場所を自白させてくれたのは、お兄様とガスターク家の騎士達だ。


真夜中にかつての学友であるアイザック・オルソン子爵令息の家に押し掛けて、爆弾を無効化する方法を一緒に解明してもらったりもした。


アイザックはゲームの攻略キャラの一人で、今は王立研究所の化学研究員になっていた。


アイザック・ルートでは【爆弾事件の解決】というイベントがあって、隣国のスパイが仕掛けた爆弾を、アイザックが無効化処理するというものだったのだけれど……。

ゲームの知識も駆使しながら、なんとか無事にこの世界でも爆弾の無効化法を編み出したのだった。



しかし無効化の方法が分かったとして、何十個もの爆弾を無事にすべて回収・無効化するには多大な人員が必要となる。

それに、潜伏する賊を捕らえるのも一筋縄ではいかない。


だからアイザックの他にも、攻略キャラである宰相令息クロード・クロムウェルと、騎士団長令息ガイル・ルヴェイユにも救いを求めに行った。


アポなしで夜中に訪問した私を真摯に迎え入れてくれた彼らには、本当に感謝しかない。


クロードの父君であるクロムウェル宰相閣下のご手配で、深夜にもかかわらず国王陛下との謁見が叶った。

おかげでユードリヒの暗躍を早期に伝えられ、王国騎士団の出動を要請できた。



不良少年だったガイルは今や立派な王国騎士で、父君であるルヴェイユ騎士団長閣下とも信頼関係はバッチリ。

抜群の連携で爆弾撤去と賊討伐を進められたので大助かりだ。

ルヴェイユ閣下は国内三大派閥のひとつ『革新派』の筆頭でもあり、精鋭の私兵部隊もお貸しくださった。



彼ら3人に加えて、私が助けを求めたのは学生時代からの『年の離れたご友人』であるカミラ・メルデル女公爵閣下。

カミラ様も快くメルデル家の騎士団を動員させてくださり、総勢2000人の混成部隊で人海戦術を展開できたのだ。



結果的に『革新派オーキッドのルヴェイユ家』『保守派グラジオラスのメルデル家』『中庸派ネルケのガスターク家』の三大貴族が集結し、王家と三大貴族が手に手を取って国難を未然に防いだ――という形になった。


……うん。

これ以上ないくらい、イイ感じだ。

限られた時間の中、徹夜のテンションでやりきった割にはきれいに纏まった気がする。


「お兄様。無事でよかった……!」

「終わったよミレーユ。お前のおかげだ」


お兄様に抱きついて泣きじゃくっていた私は、やり切った感と不眠不休の疲れがドッとこみ上げてきて、お兄様の胸の中でそのまま爆睡してしまった……。



   *


目覚めたときには、王宮の一室にいた。

ふかふかのベッドで寝かされていた私のすぐそばで、お兄様とノエルが見守ってくれていた。

私は、丸一日爆睡していたらしい。


ユードリヒとアイラは地下牢に幽閉されているのだと、お兄様が教えてくれた。


「あれほどの罪を犯せば、死刑は確定だろう」

「ですよね……」

さすがに今回は、死刑以外にはあり得ないだろう。

深々とうなずいてしまった。


(……あ。でも、ノエルの前で死刑の話題なんて、刺激が強すぎたかも。こんなに小さい子に、怖い思いをたくさんさせちゃったわ。……トラウマになってたらどうしよう)

と、不安に思ってノエルのほうを見てみたけれど。


ノエルは、

「悪、ざまぁ!! こっぴどく滅ぶべし!」

みたいなことを言って、親指を立ててGoodサインをしていた。

さすが私の推し、なかなかにタフな性格だ。


ちなみにユードリヒと結託していたヨルン皇国の賊60名は、即刻処刑とはならずに隣国との交渉材料に使われるらしい。

……隣国との関係、いろいろフクザツですものね。



(そういえば私って、隣国の皇女とこの国の王弟の血が流れてるんだっけ……?)


すっかり記憶が霞んでいたけど、爆破事件前にノエルがそんなことを言っていた。

恐ろしくハイブリッドな出自だけれど、私はどうしてガスターク家の娘として育てられてるのかしら?


(お兄様、そろそろ教えてくれないかしら……)


物言いたげな目でお兄様を見ていたら、彼のほうも私になにかを伝えたそうな眼差しで見つめ返してきた。


「ミレーユ。お前が眠っている間に、私は両陛下との話し合いを重ねていた。……その件で、お前が目覚めたらそろって国王・王妃両陛下のもとへ参じよと仰せつかっている」


「両陛下のところへ?」

「ああ。大切な話があるんだ。お前の過去と、未来の話を」



  *



身支度を整えた私は、お兄様と一緒に国王陛下の執務室へと通された。

執務室には王妃陛下もいらっしゃり、着席を促された私はどこか落ち着かない気分で兄と並んでソファに腰を下ろした。


対面に座した両陛下は真剣な面持ちで、私に謝罪とお礼の言葉をくださった。


「ミレーユ、そなたは陰ながら国を救ってくれた英雄だ。ユードリヒの犯そうとしていた国家反逆を、見事に解決してくれた。本当にありがとう」


後日私に褒賞を与えることを、国王陛下は約束してくださった。


「ミレーユ。そなたの機転と行動力は、父親譲りに違いない。本当に素晴らしいことだ」


「私の父……ですか?」

(たぶんその『父親』って、先代ガスターク侯爵のことではないのよね……?)


なんとなく話の流れから、私の出自を教えてもらえるのかな……と思った。


「実は、そなたの出生には秘密がある。国王の権限で秘匿し続けてきた、重要機密だ。それを今からそなたに明かす。心して聞いてくれ」


陛下がおっしゃった内容は、ノエルが教えてくれた通りの内容だった。


私の父は、国王陛下の弟であるセオドア・ルドルス将軍で。

母は隣国ヨルン皇国の第二皇女殿下。


道ならぬ恋の末に、ふたりはヨルン皇国内で処刑されてしまったそうだ。

密かに産み落とされていた私は侍女や従者に隠し通され、命がけの旅路の果てにこの国へ……。



(ノエルから事前に聞かされたから、辛うじて心の準備ができていたけれど。いきなり聞かされたら、絶対に正気を保てなかったわ。……それにしてもどうして悪役令嬢に、こんな凄まじい裏設定が付いちゃってるのかしら。こんな国家機密の令嬢を断罪するのが正規ルートって、おかしくない?)


呆然としている私を、憐れむような目で両陛下が見つめている。


「すまないな、ミレーユ。このような話を唐突に聞かされれば、お前が混乱するのは当然だ。ユードリヒとの婚姻を成したのちに明かすつもりだったのだが――」


「……あの。私はなぜ、ガスターク家で育てられていたのでしょうか? 養子という訳ではなく、戸籍上は実子となっているはずですが」


国王陛下はうなずいている。


「すべては私の判断だ。……両国の王家/皇家の血を引くミレーユを、両国融和の象徴にしたかった。だから、横槍が入らないよう時期が来るまで出自を伏せ、王太子妃としたのちに融和外交の旗印として用いるつもりだった」


だが、現実にはそうならなかった。と、苦い顔で陛下はつぶやく。


「ヨルン皇国との関係性については、改めて考えていかなければならない。ヨルン皇国の一部過激派がユードリヒと結託して起こした、此度こたびの騒乱――我が国は厳格な対応を取らねばならん」


「戦争になってしまうのでしょうか……?」

思わず眉をひそめて尋ねてしまった。

戦争はイヤだ。直感的にそう思った。

たぶん、前世の価値観だ。


国王陛下が、しばしの沈黙を挟んで答える。


「いや、私は戦争を望まない。――昨日、ヨルン皇家が公的に謝罪の意思を表明してきた。賠償請求にも真摯に応じる意向だという。ヨルン皇国は因縁深い国ではあるが、現皇帝は賢帝との誉も高い。話し合いの席を設け、和平の道を模索したいと考えている」


ホッと胸を撫で下ろした私に、陛下が微笑みかけてくれた。


「それに今回のミレーユの活躍によって、国内貴族間の軋轢が減った。おかげでヨルン皇国との外交姿勢を検討するにあたり、議会内の意思疎通が容易になりそうだ。礼を言うぞ、ミレーユ」


「……え?」

何を褒められているのか、よく分からない。

私が要領を得ずにいると、王妃陛下が説明を添えてくださった。


「あなたは王都防衛のために保守派のメルデル公爵家と、革新派のルヴェイユ侯爵家の双方に働きかけて国難を回避しました。これは大変にすばらしいことなのですよ」


国内貴族のほぼすべてが保守・革新・中庸の三大派閥に属していて、派閥間での対立はしょっちゅうだ。

でも、各派閥のトップが協力し合って王都を守ったという事実によって、今後は派閥を越えた協調ムードが高まっていくはず――というのが、両陛下のお話だった。


「ミレーユは国内貴族の結束を強めてくれた。これもまた、そなたの偉大な功績だ!」

「お、恐れ入ります。私はただ、学生時代の友人たちに救いを求めただけでしたので……」


私がやったことなんて、本当にちっぽけなことばかり。


みんなの力を貸してくれるよう、お願いして回っただけだ。

爆弾を無効化する方法を編み出してくれたアイザックや、宰相閣下に取り次いでくれたクロード。

王国騎士団の機動力で活躍してくれたガイル。

いつも親身なカミラ様。

ほかにも色々な人に協力してもらったし、ノエルのチートにも沢山助けられていた。


それに――。


私は、隣に座る兄の腕をそっと取った。


「私をお褒め頂くより先に、兄をお讃えいただけますか。兄のミラルドは幾度となく私を救ってくれました。今回の事件はもちろんとして……幼いころからずっと」


急遽集めた混成部隊を見事に取りまとめてくれたのは、兄だった。

ノエルに時間を戻してもらう前、ユードリヒの凶刃から私を救ってくれたのも兄。

学生時代だってそう。

卒業パーティで断罪されずに済んだのは、兄の手助けがあったおかげだ。

もっとさかのぼれば、子供の頃から兄はあれこれ私に手を焼いてくれていた。


「今の私が国の役に立てたのならば、それは兄が支えてくれたお陰です」

心の底から、そう思った。



兄は言葉を詰まらせていて、両陛下はそんな私達を微笑ましげに見つめている。


やがて、王妃陛下が口を開いた。

「国王陛下。そろそろミレーユに、あの話を為さってはいかがですか?」

「ああ、そうしよう」


あの話って?


「ミレーユ。そなたを【両国融和の懸け橋】として外交の場に立たせる計画は、やめにしようと思う」


……というと?


「今回の王都防衛により国内貴族は結束を強め、ヨルン皇国に対しては優位な立場から和平を持ち掛けられるようになった。内政・外交ともに理想的な状態にあり、敢えて【象徴】を持ち出す必要性がない……とでも言おうか。それに処刑された皇女と王弟の隠し子というのは、ある種のスキャンダルでもあるしな。今さら世間に露出させるのは、諸刃の剣ともいえる」


いまいち話が呑み込めず、私は黙ってうなずいていた。


「つまり、ミレーユ。そなたの自由な婚姻を認めよう」


え、婚姻?

いきなり婚姻の話題になったので、ちょっとびっくりした。


「これまで私はそなたに外交面での後ろ盾を与えるため、何としても王族と婚姻を結ばせたいと考えていた。だが、それはやめだ。今後、王家はそなたの婚姻に一切の干渉をしない」


「…………はぁ」

陛下の面前であるにもかかわらず、たるんだ返事が口から洩れてしまった。

だって、なにを言いたいのかよく分からないんだもの……。


王妃陛下は「よかったですね、ミレーユ」と言って、とても朗らかに笑っている。


「は、はい……」

「想いを寄せ合う男女が結ばれることほど、幸せなことはありません。私はあなたたちを祝福します」

「はい……?」


なんですか? なんのことですか?

謎の祝福ムードが両陛下から発せられていますが、これはどういう状況ですか??

思わず兄に解説を求めようとして、私は兄のほうを見た。


(……え、お兄様なんですか、その表情は)


彼の瞳は熱を孕み、まっすぐに私を見つめている。

真摯な美貌を見つめ返すうちに、私の心臓はなぜか早鐘を打ち始めた。

「ミレーユ」

彼は、私を立ち上がらせた。

優雅な所作で、私の対面でひざまずく。



「ミレーユ。私はお前を、ずっと昔から恋うていた」

(ん?)

「お前に求婚する権利を、国王陛下は私にお与えくださった。我々が血縁関係にない旨を公表すると、陛下はお約束くださった」

(んんん!?)

彼は私の手を取って、手の甲にそっとキスを落とした。

「!? …………ちょっと、おにい……」

「愛しているよミレーユ。どうか私の妻になってほしい」


――――――――――――!!?



想定外が多すぎる!


予想だにしなかった告白に、私は鼻血を噴いてその場に卒倒してしまった――。


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