【Re:7*】GAME OVER? / Reload :YES

「ノエル、1回だけ時間もどせるの。ミラぅドが刺されちゃったから……ノエル、勝手に時間もどしちゃった!」


泣きじゃくるノエルのことを、私と兄は見下ろしていた。


「ノエルはね、本当は人間じゃないんだよ……。だから駆けっこ早いし、絵も上手だし、他にもいっぱいチートできるの。でも、時間のチートは1回だけだって、女神さまが言ってた」

「チート? お前は何を――」


お兄様が怪訝な顔で口を挟もうとしたのを、私は目配せをして黙らせた。

しゃがみ込み、そっとノエルの肩を抱く。


「ミレーぅはノエルのこと、嘘つきって思う?」

「思わない。ノエルの話は絶対に、全部信じるわ。……そういえば襲撃に遭う前、馬車の中で少し話してくれたわね。あなたはお花の精霊で、心を読む力があるんでしょう?」

「うん……」


ノエルは教えてくれた。

自分は花の女神フローレンが産み落とした子供であり、チートと呼ばれる特殊能力を豊富に備えていることを。


(ゲームのノエルはミニゲームをさせてくれるだけのお遊び要員で、『女神の子』なんて裏設定は無かった。……無かったんじゃなくて、語られなかっただけかもしれないけど)


この世界のごく限られた部分だけを切り取って小さく纏めたのが、ゲームだった……という認識が正しいような気がしてきた。


「ノエルが時間を戻してくれて助かったわ。あのままだったら、お兄様も私も死んでいた。……そうですよね、お兄様?」


お兄様は未だに顔を強張らせていたが、しっかりとうなずいてくれた。


「ノエル、お前に救われた。ありがとう」

「うん。でも、明日になったらまた爆弾が爆発しちゃうし、またミラぅドは刺されちゃうかもしれない……時間、もっとすごく前に戻しとけばよかった」


「いいえ、大丈夫よノエル。夜が明けるまで、まだ時間があるわ。なんとかしてみせるから」

私は立ち上がり、お兄様を真正面から見つめた。


「お兄様、彼らを止めましょう」


「勿論だ。しかし、どうする? このような夜分に陛下との謁見を求めることはできないし、仮に謁見の機会を得たとして、どう説明する? それに王都内で動かせるガスターク家の私兵は百名足らずだから、王都中にいくつ仕掛けられているか不明の爆破物をすべて探して無効化するのはほぼ不可能だ」


「そうですね……」


兄の言葉にうなずきながら、私は思考を巡らせていた――。





   ***




――翌朝。


アイラは上機嫌で朝を迎えた。


「あぁ、ワクワクしすぎてあまり眠れなかったわ! こんな汚らしい小屋でこそこそ隠れる生活も、ようやく今日でお終いなのね!」


硬いベッドから身を起こし、身支度を整えながら、今後の『やり直し人生』のことを考えて胸を躍らせる。


今日は、とうとう作戦決行日Xデイ

ヨルン皇国から来た彼らが王都中で爆弾事件を起こし、混乱に乗じてノエルをさらってきてくれる日だ。


彼らに協力する条件として、『ノエルを攫うこと』を絶対条件にしておいた。


数日前から彼らの何人かがガスターク家を見張って、ノエルを誘拐する機会を狙い続けていた。

普段はなかなかガスターク邸の外に出ないノエルだが、今日はちょうど観劇のために王立歌劇場へと出かけるという。

ガスターク家の使用人がチケットを購入しているのを、見張りの男たちが確認したというから間違いない。


だから歌劇場への移動中に襲撃して、ノエルをさらえと命じていた。

爆破騒ぎに乗じれば、簡単に連れて来れるはずだ。


「あぁ、楽しみ! やり直したあとの人生では、どの男を落とそうかしら」


王太子ユードリヒなんて、絶対にもう選ばない。入学式で出会っても、目もくれるものか。

他の候補は3人。

騎士団団長の令息ガイル・ルヴェイユ。

宰相令息クロード・クロムウェル。

子爵令息アイザック・オルトン。


「わたしに一番尽くしてくれる男がいいわ! ツンデレとか不良キャラとか、面倒くさい奴は要らない。……地味で家格も低いけど、アイザック・オルトンに決めようっと。彼、化学の成績はいつも学年トップだし、子犬系で従順だし」


アイラは前世にプレイしたアイザック・オルトンのイベントをざっと思い出し、攻略ルートをおさらいしていた。――今度こそ、やり直しの利かない人生の始まりだ。慎重にやらなければならない。



(アイザックの攻略ルートは、化学っぽいネタのイベントが多かったわよね。とくに大きなイベントは、【爆弾事件の解決】だったかしら。隣国のスパイが王都に爆弾を仕掛けるんだけど、アイザックがそれを無効化する方法を発見するのよね。たしか、爆弾の核になってる鉱石が、特定の薬品に触れると溶けちゃうとかで……)


ヒロインがアイザックを手助けして、事件解決に導くという内容だった。

時間制限つきのイベントで、なかなかスリルがあった気がする。


(その事件を通してアイザックとヒロインは愛を深め、国を救った功績で王家から褒賞を与えられるの……! アイザックは伯爵位を与えられ、ヒロインはエンディング後に結婚して伯爵夫人になるのよね……!!)


うん、悪くない人生だわ! とアイラは顔をにやけさせていた。


うっとり夢想し続けるアイラをよそに、隣の部屋ではユードリヒがイライラした声で男たちに怒鳴りたてている。男たちも、どこか落ち着かない様子だ。


「おい! とっくに時間は過ぎているのに、なぜ爆音がひとつも聞こえないんだ!? お前たちの計画は、本当にうまく行っているのか!?」


「殿下、どうか冷静に。昨晩のうちに王都20カ所に爆弾を仕掛け済みであり、順次爆破を行う手はずとなっています。……この場所からは距離がありますから、爆音が届いて来ないだけかと。念のため、現在確認をさせているところです」

「失敗は許さないぞ! 私の王位が掛かっているんだからしっかりやれ!!」



冷めた目で隣室のほうを眺め、アイラは溜息をついた。

(……うるさいわねぇ。ユードリヒって余裕がなくて最低。せっかく、わたしが良い気分に浸ってるのに)




そのとき、玄関扉に、『コン、こ、コツコツンッ』という独特のノック音が響いた――仲間を判別するための合図だ。屋内にいた黒服の男が扉に向かって合言葉を問うと、外から正しい答えが返ってきた。


「あぁ、やっとノエルが到着したのね。わたしの新たな人生の始まりよ!」

アイラが幸せいっぱいになっていたそのとき。


「き、貴様らはなんだ――ぐぁ!!」

という叫びが玄関で上がった。


物々しい騒ぎに、屋内の全員が血相を変える。


「突入せよ!!」

という叫びが屋外から響き、玄関扉から数十人の騎士達がなだれ込んできた。


「……なっ!?」

驚いたアイラは窓の外を見た。完全に包囲されている。


包囲している騎士たちの隊服はさまざまで、王立騎士団だけでなくさまざまな家門の騎士が入り交じっていた――中庸派ネルケ筆頭であるガスターク侯爵家や、保守派グラジオラス筆頭のメルデル公爵家、革新派オーキッド筆頭のルヴェイユ侯爵家、宰相家の名門クロムウェル侯爵家……。


錚々たる家門の騎士たちが王立騎士団とともに混成部隊を成して、この場に集結している。


そして混成部隊の指揮を執っていたのは、武人ではなくなぜかミラルド・ガスタークだった。

ミラルドはガスターク侯爵家の漆黒の騎士服を纏って、帯剣している。


「は!? なんでミラルドが!? ど、どういうこと?」


アイラが呆気に取られていたそのとき、屋内に突入していた王国騎士の一人が声を張り上げた。


「廃太子ユードリヒ並びに毒婦アイラ。隣国と結託しての貴殿らの悪行、許し難し!!」

剣を掲げて叫んだその騎士は、王国騎士団の騎士服を纏っている――彼の顔を見て、アイラはハッとした。


彼は騎士団長令息、ガイル・ルヴェイユ。


ガイルはゲーム攻略対象の一人であり、学生時代は不良だった。

ペタンク部に入部してから、まっとうな性格になったキャラである。

そんな元不良にして現・王立騎士団所属のガイル・ルヴェイユは、戦神のごとき形相で言った。


「国家反逆罪で貴殿らを捕縛する! 覚悟召されよ!!」


ガイルの声を合図に、騎士たちは一糸乱れぬ統率で賊を捕えていった。

アイラとユードリヒも例外ではなく、あっという間に縛り上げられてしまう。


「いやぁああ! なんでわたしが捕まるの!? あとちょっとで人生がやり直せるのにぃいい!」

「やめろぉおお! 私を誰だと思っているんだ! 私はこの国の真の王になる男だぞぉおおお!!」


アイラたちは屋外に引きずり出され、ミラルドのもとで跪かされた。


「ガスターク閣下、両名を無事捕縛いたしました」

「ご苦労」

氷さながらの冷たい瞳で、ミラルドは2人を見下ろしている。

アイラとユードリヒは、ミラルドに食って掛かった。


「なんでミラルドが騎士の取りまとめ役なんてしてるのよ!? 文官のくせにしゃしゃり出るんじゃないわよ!」

「くそ、何のつもりだガスターク侯爵! ミレーユもお前も、ガスターク家の奴らはいつも私の邪魔をしやがる!!」


「黙れ、クズども」

鋭い声音でミラルドは言った。


「残念だったな。貴様らの悪事はすべて、ミレーユの機転と人望によってくじかれた」

「「み、ミレーユが……!?」」


「ミレーユは友人たちに協力を求め、たった一晩ですべての困難を解決へと導いた。爆薬を無効化する方法を解明し、ミレーユ自らが囮になって賊を捕縛し、賊に爆薬の隠し場所を自白させたんだ。さらには国内を三分していた『三大派閥』をまとめ上げて連合部隊を結成し、王立騎士団との協力のもとに、潜伏する賊を全員捕縛した。ミレーユでなければ絶対に成し得ないことだ」


ミラルドは連合部隊の統率者として、賊の捕縛に多大な貢献を果たしていた。『しかし自分の活躍など、ミレーユの功績に比べれば塵も同然』と、ミラルド自身は思っている。


今はミレーユとノエルには、安全な場所で待機させている。

絶対に危険な目には遭わせない――ミラルドはそう決めていた。


「学園の卒業パーティと同様に、貴様らはまたミレーユに負けたんだ。今度は王都外追放どころでは済まされない。国家反逆罪には、極刑以外はあり得ない――地獄の底で己の愚かさを悔いろ」


「「ひィっ……」」


ミラルドが合図を出すと、騎士達は両名を引っ立てていった。

嫌ぁあ――、放せぇえ――、という無様な叫びが遠ざかっていく。


ミラルドは彼らを乗せた馬が見えなくなるまで睨んでいたが、完全に見えなくなると息を吐き出した。

「――ふん。ミレーユを煩わせるクズどもめ。今度こそ、地獄に落ちろ」


もう二度と、あのクズどもがミレーユの前に現れることはないだろう。――ミラルドの胸はようやく晴れたのであった。

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