【10*】王太子とヒロインの逆襲③
廃墟のなかで、私は後ろ手に縛られたままアイラとユードリヒの前に座り込んでいた。
ユードリヒは恍惚とした表情で、『国家転覆計画』について語り始める。
「1か月前、ヨルン皇国の過激派が私に『協力したい』と言ってきた。彼らは、『この王国の王にはユードリヒ殿下こそがふさわしい』と言ってくれたんだ!! だから、私は彼らの活動の旗印になってやることにした。彼らの力が現王家を滅ぼした後、私がこの国の真の王になるんだ!」
彼の隣で、アイラは興味もなさそうに自分の髪をいじっていた。
「1か月前……、」
わたしが呟くと、ユードリヒは感慨深げにうなずいた。
「ああ。王都から追放された私は、救貧院の過酷な労働を強いられていた。そこに現れたのが、ヨルン皇国の過激派たちだ。フローレン王国の現王政に不満を持つ彼らは、今回の『計画』を持ち掛けてきた」
「計画って……?」
「彼らの人員は、なんと総員60人! 全員が私の手下となり、愚かな王と王妃、第二王子を暗殺してきてくれるんだ。そして私はこの革命を起こした英雄として讃えられ、新たな王となるのさ!」
……はっ???
うそでしょ? 馬鹿なの?
あぁ、そっか馬鹿なんだったこいつ……。
馬鹿に磨きがかかりすぎて、私は言葉を失っていた。
どこから突っ込むべきか分からないほど、ユードリヒは愚かすぎる。
「どうだ!? 素晴らしい計画すぎて、言葉も出ないようだな、ミレーユ!」
「……………………」
「む、何だ、その目は。お前は昔からそうやって、私をバカにするような目をしていた。言いたいことがあるなら、はっきり言ってみろ!!」
「いえ。その計画、いろいろキビシイと思いますけれど。あなたは隣国の過激派に利用されて、内乱を起こすための駒にされているだけなのでは……?」
「なに!?」
「たった60人の手勢で国家転覆なんて、無謀すぎませんか……? 仮に陛下たちを暗殺したとして、その首謀者があなただとして、国民はあなたを『英雄』だとは思いませんよ」
「し、しかし私を追放するような父親だぞ!? 殺されて当然の愚王じゃないか!」
「あなたにとっては恨みが深いかもしれませんが、世間では現王への不満の声はあまり聞こえてきません。強いて言うなら『戦争嫌いの弱虫王』と揶揄されることはありますが、それは他国との融和姿勢を示す表現とも言えます」
「う、ぐぬぬ……」
ことばを失うユードリヒ。
……あまり刺激すると良くないかもしれないけれど、少し動揺させておいた方が、隙が出来て逃げやすくなるかもしれない。
「少ない手勢で本当に王族を3人も暗殺するつもりなら、あちこちで爆破事件を起こして目立つなんて愚策だと思いませんか?」
「なに!?」
「そんなことをしたら、お城の警備はもっと厳重になりますよ? 陛下たちに危害を加える隙なんて、完全になくなると思います」
……たぶん過激派たちの本当の目的は、【お飾りの首謀者】として廃太子ユードリヒを掲げて内乱騒ぎを引き起こすことなのだ。
王国内を混乱させて隙を作り、その隙に侵略戦争を仕掛けるつもりなのかもしれない。
ヨルン皇国の彼らにとって、ユードリヒは最初から捨て駒だ。
首謀者として捕縛され、処刑されるのが前提の駒。
「そ、そんなはずはない。彼らは私の、忠実な駒なんだから。…………そ、そうだよなぁ、お前たち!? 今後の計画について、くわしく聞かせてくれ!!」
ユードリヒは血相を変えて、奥の部屋に戻って行ってしまった。
黙って眺めていたアイラが、肩を揺らして笑い始める。
「なぁんだ、虫のいい話だと思ったけど、奴らはそういう魂胆だったのねぇ。おもしろ~い」
「アイラ。あなたにとっても他人事じゃあないと思うけれど」
「いいえ、わたしは関係ないわ! だって時間を巻き戻すんだから。ノエルを使えば、できるんだもの」
――ノエルを、使えば。
「……あなたはもしかして、親密度がMAXになると解放される『ゲームのやり直し』のことを言ってるの?」
「そうよ! なんだ、やっぱりあんたも転生者だったのね。マジでムカつく」
ばしっ、という音とともに頬に衝撃が走った。
よろめく私を突き飛ばし、アイラが私の背中を踏みつける。
「っ――」
今度は私の髪を乱暴に掴んで引きずり上げ、アイラは狂気の笑みを浮かべた。
「わたしはねぇ、学園の入学式からやり直したいの! そうすれば、こんな惨めな人生にはならない。ユードリヒもミラルドも選ばずに、わたしはまともな男に愛されて幸せな人生を送るのよ!!」
私だって、前世はゲームのプレイヤーだった。
だから、ゲーム内でノエルとの親密度がMAXになると『人生、やりなおしたい?』という選択肢が表示されることくらいは知っている――実際に試したことは一度もなかったけれど。
「でも、この世界はゲームそのものではないわ……! ノエルが時間を操れるとは限らな――、」
首を絞められ、言葉が途絶える。
「絶対に出来るわよ! さっきノエルは〝時間チート〟って言ってたもの。もうすぐあいつらが、ノエルを連れて戻ってくる。そのとき、首絞められて死んでるあんたがここにいたら……おもしろいわよね?」
息ができない。
アイラが笑っている。
視界が霞む、力が、入らな、……息が、――――
「――ミレーユ!!!」
扉をうち破る音と名を呼ぶ声。幾多の足音、鞘走る剣の金属音。
跳びかけた意識の向こうで何かが起きている。
私は呼吸を取り戻していた。
激しく咳き込み、新しい空気の中で喘ぐ私を、誰かがしっかり抱いていた。
その腕はしなやかなのにたくましくて、その人から漂うシトラスの香りが私の意識をはっきりさせた。
――――お兄様だ。
驚いて顔を上げると、そこには兄の顔があった。
悲痛そうに歪んだ、しかし安堵に泣き出しそうな、いろんな気持ちがない交ぜになった兄の顔。
「……お兄様」
「ミレーユ、無事か」
私を抱いたまま、彼は表情を険しく変えてアイラを睨んだ。
アイラは尻餅をついて、呆然としている。
「わ、わたしを……殴ったわね、ミラルド。ヒロインの、このわたしを……!」
「だから何だ。殴られる程度で済むと思うな。ミレーユを殺そうとした貴様には、法に照らして厳正な裁きを与えてやる」
お兄様はガスターク家の騎士を伴って、私を助けに来てくれたらしい。
十数人の騎士たちが廃墟の中にいる。
兄がサッと手をかざすと、騎士の一人がすばやくアイラを拘束した。
私をその場に座らせたまま、お兄様は立ち上がった。
屋内を観察して回りながら、忌まわしそうに眼をすがめる。
「……爆破騒ぎを起こしている者たちの、アジトのようだな」
奥の部屋からは、今も激しい剣戟の音が響き続けている。
「お兄様……どうしてここが?」
「ノエルが教えてくれた」
家の外へと、お兄様が視線を投げる。
開いたドアから、数名の騎士とノエルの姿が見えた。ノエルは愛らしい顔を涙でぐしゃぐしゃにして、まっすぐこちらを見つめている。
私は、改めて兄に感謝を述べた。
「お前が無事ならそれでいい。だが、王都内の被害は甚大だ。これからこの国は、とんでもないことに――――――」
次の瞬間、兄が血相を変えて私のほうに飛び込んできた。
……どうしたの、お兄様!?
兄に押し倒されて、何が起きたか分からなかった。
お兄様?
と呼びかけたけれど返事がない。
返事の代わりに、彼は
「かはッ」
と血を吐いた。
私の喉から悲鳴がこぼれる。
ドアの方から、ノエルが兄の名を叫ぶのが聞こえた。
兄の背には、ナイフが突き刺さっている。
おびただしい血が、血が。背中を真っ赤に染めていく。
「お兄様! お兄様!?」
「……なんだ、つまらない。ミレーユを狙ったのに」
ゆらり、と奥から現れたのはユードリヒだった。
ユードリヒの両手にはナイフが握られている。
狂気に染まった笑い声が、ユードリヒの喉からほとばしっていた。
「なにもかも、もう終わりだ! 全部どうでもいい! でもミレーユ、お前は道連れにしてやる!」
ナイフをギラリと閃かせ、ユードリヒがこちらに向かって駆け出した。
「私の人生を滅茶苦茶にしたお前を、八つ裂きにしてやる!!」
すべてが悪夢のようで。
こんな悪夢は、まったく想像してなくて。
だから私は、 頭が 真っ白で ――--- - -
「時間、もどれ!!!」
そんな叫びを聞いた瞬間、
私の意識はぷつりと途絶えた。
***
次の瞬間、私は兄の執務室にいた。
窓の向こうは宵闇で、時計の針は8時を指している。
私の手には、所領の決算報告書が握られていて、目の前に兄が立っていた。
兄は、昨日ノエルが納品したはずの油絵のキャンパスを手に持っている。
「っ……? 今のは……」
兄は蒼白な顔で呟いていた。
たぶん私も、兄と同じような顔色になっているはずだ。
「……なにが、起きたの?」
呆然とつぶやくと、私達のすぐ足元からノエルの声がした。
「ノエルが時間、もどしたよ」
大粒の涙をこぼしながら、ノエルは震えていた。
「ノエル、1回だけ時間もどせるの。ミラぅド、刺されちゃったから。……ノエル、勝手に時間もどしちゃった!」
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