【9*】王太子とヒロインの逆襲②

ミレーユとノエルは平民街の人気のない一角にある、とある廃墟へと運び込まれた。

ふたりとも後ろ手に縛られた状態で、手荒に室内へと投げ込まれる。


気絶してぐったりとしたミレーユに、ノエルは必死で名を呼び続ける。

「ミレーぅ! ミレーぅ、起きて。起きて!!」

ノエルはすっかりパニックで、年齢相応に取り乱している。


「ちっ、うるせぇガキだ。黙らせてやる!」

ふたりを攫ってきた男の一人が、悪態をついてノエルに手を上げようとする。


奥の部屋から現れたピンク髪の女が、「ちょっと、やめなさいよ!」と男を制した。

「その子に手を出したら許さないわよ! わたしの大事なノエルなんだから」

「…………失礼しました」

不愉快そうに顔を歪めながら、男はピンク髪の女に従う。


「あんたたち、席を外して頂戴ね。わたしはノエルと、すっごく大事な話をしなきゃならないんだから」


薄暗い部屋のなか、ニタリと笑ってピンク髪の女がノエルに近寄ってきた。

いびつで邪悪な女の笑みに、ノエルは声にならない悲鳴を上げる。


(こいつ、キモい! やばい女っ!!)


第六感が危険を告げる。

脅えるノエルを見下ろして、ピンク髪の女は甘ったるい声を出した。

「あらぁ、かわいそうなノエル! こんなに怯えちゃって……。あいつらが、そんなに怖かったのね?」


(違う、怖いのお前……! ひぃぃ)


「もう怖がらなくて大丈夫よぉ? わたしがいれば、もう大丈夫。手も縛られちゃって、かわいそうに。わたしが解いてあげるから、ね?」


女に縄を解かれ、ノエルは震える声で尋ねた。


「……お、おま……お姉さんはだれ」

「あらぁ! しゃべれるようになってるのね、話が早くて助かるわ。わたしはアイラ。あなたの一番のお友達よ!」

「お、お友達……? でも、知らない人……」

「そうなのよ。いろいろ予定が狂って、なかなか会いに行けなかったの! 本当にごめんなさいねぇ?」


ピンクの髪はバサバサで、目はぎらぎらと血走っている。

唇を目一杯つり上げて猫なで声で語り続けるアイラは、化け物にしか見えなかった。


(ひっ……! ココロ読まなくても分かる、このピンク、やばい女!!)


ノエルにとっては、人生最大級の恐怖だ。

怯えまくるノエルを見て、アイラは親しげに話し続けた。

「ノエル、わたしと仲良くしましょ? 本当はずっと、あなたに会いたくてたまらなかったの。これからは、いっぱい遊んであげるからぁ」


「ノ、ノエル遊ばない……」

「え~? 恥ずかしがり屋ねぇ、遊びましょうよぉ」


じりじりと後ずさるノエルに、アイラはにじり寄っていく。


「ねぇノエル。あなた、いろんなミニゲームできるのよね? リズムゲーとか駆けっことか、50種類以上あったわよね? 全部つきあってあげるから、親密度をMAXまであげて頂戴!」

「し、しんみつどって何……?」

「仲良くなれ、ってことよ! 親密度MAXになったら、【時間の巻き戻し】をさせてくれるのよね? わたし、人生をやり直したいの」


ノエルの瞳を覗き込んで笑うアイラは、獲物を狙う蛇のようだった。


(この女、ノエルのチート知ってる!? なんで!? ……でも女神様が、時間のチートは『一番大事なヒトのためだけに使って』って、言ってたもん!)


「の、ノエル、時間チートなんて使えない……」

「しらばっくれるんじゃないわよ、このガキ!」

いびつな笑顔が憎悪に染まり、アイラはノエルを突き飛ばした。

「あぅ!」


「わたしが優しくしてあげてるうちに、言うこと聞きなさい! 私はもう、こんな狂った人生はウンザリなの! このクソゲーをスタートからやり直して、まともなルートに進みたいわけ! なんであんたみたいなモブキャラにリセット機能が付いてるのか知らないけど、あんたの価値なんてそれだけでしょ!?」


尻もちをついたノエルを、アイラは嗜虐的な目で見下ろしている。


「わたしがこの世界のヒロインなのよ! あんたはわたしのためだけに存在してるの! いいからさっさと時間を戻しなさ――ぎゃぁ!」

アイラの声が途絶え、横向きに倒れ込んだ。


「ミレーぅ!?」

意識を取り戻したミレーユが、アイラに体当たりをして転ばせたのだ。そのままアイラにのしかかり、彼女はノエルに向かって叫んだ。


「逃げて、ノエル!」

「ミレーぅも逃――」

「無理よ!」


騒ぎを聞きつけ、隣室から黒装束の男たちが入室してくる。

「私は置いて逃げなさい!」

「させないわよ、ノエル。あんたたち、そのガキを捕まえなさい!!」


黒服の男がノエルに手を伸ばそうとする。


「ノエル早く逃げて!!」

「……う。うぅ、」


立ち尽くしていたノエルは男の腕に捕まる寸前、覚悟を決めたかのように叫んだ。



「――〝駆けっこのチート〟!!」



叫ぶと同時に、ノエルの体は金色の粒子を散らして駆け出した。廃墟の扉を小さな体でぶち抜いて、駿馬のごとく逃げ去る。


呆気に取られていた男たちを、アイラがヒステリックに怒鳴りつけた。

「な、なにしてるのよ、この無能ども!! 早くガキを追いかけなさい、逃がしたら許さないわよ!」

男たちは我に返り、「ガキにこの場所をバラされたら、計画に支障が……」などと毒づいて、ノエルを追いかけていった。


アイラは男たちの背中を睨みつけて「ちっ、無能が……!」と毒づいていたが、ふとミレーユを振り返り、頬を引っ叩いた。


「またあんたなのね、ミレーユ! いつもいつもいつもいつも私の邪魔をする! ただの悪役令嬢の分際で、頭おかしいんじゃないの!? 何であんたがノエルといっしょに居る訳!?」


アイラに叩かれ、蹴られてもミレーユは唇を引き結んだまま毅然とした態度を貫いていた。


――そのとき。


「アイラ、一人で楽しむなよ。私にもミレーユに制裁を加える権利がある」

部屋の奥から、ユードリヒも姿を現す。


痩せ細り、目の下に濃いクマを作ったユードリヒは以前とはまるで別人だ。

猟奇的な笑みを刻んで歩み寄ってくるユードリヒを、アイラが鬱陶しそうに睨んでいた。


「なによユードリヒ。わたしの邪魔しないでくれる?」

「滑稽だよ、アイラ。お前が探していた『ノエル』が、あんなちっぽけな子供だったなんて。しかも易々と逃げられて……ぷっ、ひゃはははは。本当に無様だ! この無能め」


「うるさいわね! すぐにヨルン皇国の連中が連れ戻してくるんだから問題ないわよ!」


「でも、なかなか戻ってこないじゃないか。皇国の刺客が子供相手に手こずるとは思えないし、捕まえて殺してしまったのかもしれないね。お前に合わす顔がなくて、戻ってこれないんだ。きっとそうに違いない、ひひひ、ひゃははは」

「違うわ! ノエルの足が速いから、ちょっと時間がかかってるだけよ!!」


ミレーユはノエルの無事を祈りながらも、頭の中で状況を把握しようとしていた。


(なんで、ユードリヒとアイラが王都に戻れたの? 『ヨルン皇国の刺客』って、あの黒服の男たちのこと? ……奥の部屋にまだ何人かいるみたいだけど。ヨルン皇国の刺客が、ユードリヒたちと手を組んだ? それは、何のため……?)


彼女の思考を遮るように、遠くで爆音が響いた。

「今の音はなに……?」

ミレーユは顔を強張らせ、ユードリヒが愉悦に笑う。


「気になるかい、ミレーユ? 今のは『正義の鉄槌』だ。私を追放した愚かな父上に、身の程を教えてやるのさ。ヨルン皇国から来た過激派の連中が今、王都中で破壊活動を行っているんだ!」

「なっ……!?」


ユードリヒはカサカサの唇を狂喜の色に吊り上げている。


「1か月前、ヨルン皇国の過激派が私に『協力したい』と言ってきた。彼らは、『この王国の王にはユードリヒ殿下こそがふさわしい』と言ってくれたんだ!! だから、私は彼らの活動の旗印になってやることにした。彼らが国王と王妃、そして第二王子リゲルを暗殺した後、私がこの国の真の王になってやるのさ!」



   *



ノエルは息を切らして、王都中枢付近の馬車通りで立ち止まった。


監禁されていた廃墟から、全力疾走を続けること二十分あまり。〝駆けっこのチート〟の効果も切れて、ぜいぜいと息が上がる。

男たちは追ってきていない。

どうやら逃げ切れたようだ。


「……でも。どうしよう。ミレーぅ助けなきゃ」


周囲は騒然。

王都の各所で爆破騒ぎが連発しており、王立歌劇場や商工会議所からも火の手が上がっているのが見える。


兵士の誘導で市民たちは避難を始めており、ノエルが引き留めようとしても誰も立ち止まってくれない。


(み、みんな慌ててる、だれもミレーぅ助ける余裕ない……!)


ノエルの声に耳を傾けてくれる人。絶対に、ミレーユを助けてくれる人。

そんな人物は……おそらく、ただ一人。

「……お屋敷に戻ろう! ミラぅドだったら絶対助けてくれる!」


でも、お屋敷どっちにあるんだっけ……とノエルが途方に暮れていたとき、向こうから来る二頭立ての馬車が目に入る。馬車の壁面に記されているのは、ガスターク家の紋章だ。


ノエルは馬車を止めるため、行く手を塞ごうと考えた。

先回りして進行路上に立ち止まり、両手を広げて大きな声を張り上げる。


「そ、その馬車っ、止まれぇえええ――――!」


迫りくる馬車。血相を変える御者。馬蹄の音が目前に迫り、ノエルはきつく目をつぶった――。




   *


有事の際の非常呼集は、文官・武官を問わず王宮勤めをする者の義務だ。

ミラルドも勿論例外ではなく、護衛を増やして馬車で王宮に向かう途上である。


「……何だ、この有り様は」

車窓から外を睨んで、ミラルドは低い声を出す。


数十分前から、王都内の複数箇所で爆発物による破壊工作が起きている。

中央通りの時計塔や王立歌劇場、聖堂、商会通りの取引所なども標的にされたという情報を得ていた。


(――王立歌劇場は、ミレーユがノエルと一緒に向かった場所だ。ミレーユたちは無事なのか?)


本当は登城の義務など放棄して、今すぐミレーユたちを探しに行きたい――そんな衝動を抑え込み、ミラルドはガスターク家の騎士たちにミレーユらの捜索と保護を命じていた。


(一体、何が起きている。一件ずつの破壊の規模は比較的小さいようだが、犯行者はなにが狙いなんだ? 要人や市民の殺害目的というよりは、パフォーマンス的な破壊工作の印象だが……)


少ない情報を頼りにミラルドが思考を巡らせていると、馬のいななきとともに馬車に激しい衝撃が走った。

急停車の直後、御者の「馬車の前に飛び出すなんて、轢き殺されたいのか、このチビ!!」という罵声が響く。

幼い涙声が、なにかを叫び返している――この声を、ミラルドはよく知っていた。

「早くノエルをお屋敷に連れてって! ミラぅドに助けてもらわなきゃ……」

「はぁ? なに言ってんだお前」

「ミレーぅ、さらわれた! やばいピンクにいじめられてる!!」


――ミレーユがさらわれた?


ミラルドが馬車の扉を開け放ち、飛び降りてノエルに駆け寄った。


「ミラぅド!? 馬車の中にいた!?」

「ノエル、何があったんだ! ミレーユがさらわれたというのは……?」


くしゃり、と顔を歪ませてノエルは目から大粒の涙を流した。


「黒い奴らにつかまって、ボロい家に閉じ込められちゃった! ピンクの女が気持ち悪くて、ミレーぅがノエルを逃がしてくれて……。ミラぅド、早くミレーぅを助けて!!」




  

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