【8*】王太子とヒロインの逆襲①
私はノエルとふたりで馬車に乗り込み、王立歌劇場に向かった。
王立歌劇場は、王都のメインストリートにある。
(ノエルとデートできるなんて最高! ほんとう、この世界に生まれ変わってよかったぁ)
心の底から喜んでいるはずなのに、胸のどこかに穴が開いたような寒さがある。
その寒さに意識を向けないようにして、私はノエルに微笑みかけた。
「ノエル。今日の歌劇場はね、王侯貴族も観劇しにくる国内最上級の歌劇場なの。お抱え芸術家が最高の芸術に触れる機会を作ってあげるのも、パトロンの役割だものね。ノエルは絵と歌、どっちが好き? 歌のほうが好きなら、画家じゃなくて歌手を目指すのもステキだと思う! もちろん他の職業でも良いし、ノエルのやりたいことは何でも応援するから」
「…………」
ノエルは返事をしてくれない。じっとこちらを凝視して、不満そうに唇を引き結んでいる。
(……ノエルったら、ご機嫌ナナメみたいね。昨日お兄様に叱られたから、まだへそを曲げてるのかも)
「違うもん」
「え?」
ぷくー。とほっぺを膨らませ、不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
馬車の車窓から王城が見える。
私はノエルの機嫌を取ろうと声を掛けた。
「ほら見て、ノエル。遠くにお城が見えでしょう? とても綺麗ね」
「……お城」
「そう、王様と王妃様が住んでいる場所。政治の中心でもあるのよ」
「知ってる。ミラぅドがいつも、おしごとしに行く場所」
ノエルはどういう訳だか、お兄様の話題に持っていきたがる。
「……あの、ノエル? 昨日、お兄様と何があったの?」
「なんもない。ミラぅドがなんも言わないから、イラっとした」
イラっとした、って……。
「ダメよ、ノエル……お兄様に失礼なことを言うのは絶対にやめて。お兄様は偉い人なの。ガスターク家で一番偉くて、王宮でも国を支える大切な仕事に就いていて、この国でも何番目かの重要な立場の人なんだから」
「えらさ、関係ない」
「関係あるわよ。お兄様が機嫌を損ねて、ノエルを追い出しちゃったらどうするの? そんなことになったら私が病むわ」
「むぅぅ」
「……ねぇ、昨日お兄様に何を言ったの?」
「ミラぅドに、『ミレーぅのこと好きってちゃんと言え』って言った。そしたら怒られた」
――はい??
「ノエル、『がんばって言ってごらん、そしたら好きどおしになれるよ』って教えてあげたのに! なんでガバネスで寝れなくさせるの!? ミラぅド鬼畜」
「ちょっと待って、ノエル」
「だって、ミレーぅはミラルドの
「ぬなななななっ!???」
貴族淑女の礼法も忘れて、私は声を裏返らせた。
「待ってノエル! いろいろブッ飛び過ぎてて理解が追い付かない! そもそも、わ、私がお兄様の妹じゃないって何!?」
「だから。ミレーぅは、本当は
はいぃぃぃ!?
「ミレーぅは『りんごくのこーじょ』と『せおどあるべるすしょうぐん』の子なんだよ」
とんでもない情報がノエルの口から飛び出した。
私はすっかりパニックだ。
(り、隣国の皇女? セオドア・ルベルス将軍って、戦争中に失踪した王弟殿下の名前よね……。そのふたりの子? 私が!? 知らないよそんな裏設定!!)
そんな裏設定は見たことも聞いたこともない。
私は恋愛ゲームに登場する、ただの悪役令嬢のはずだ。
ゲーム内でミレーユの出自ネタなんて全然なかったし、公式サイトにも攻略wikiにもそんな裏設定は書いてなかったけど!?
「待ってノエル。そんな話、どこで聞いたの!? お兄様があなたに言った訳ではないんでしょう」
「うん。ミラぅドは、なーんにも言わないから、ココロ読んだ」
「心を読む!?」
ノエルは教えてくれた。
自分には、人のココロを読む能力があるのだと。
その情報も、初耳だった。
「嘘でしょう……?」
「本当だよ。ノエル、じっと見てるとココロの声、じわっと聞こえてくる。ミレーぅが『
「!!」
公式とwiki。今世で一度も口に出したことのない単語を、ノエルがぴたりと言い当ててきた。
……それって、本当に心を読んだということよね。
そんな特殊能力を、ノエルが持っていたの?
「うん。ノエル、いっぱいチート使える。女神さまからチートもらった」
「女神様……? 建国神話の、花の女神フローレンのこと?」
「そう。ノエル、お花の精霊さんだもん。人間じゃないから、チートてんこ盛り」
「人間じゃなかったの……!?」
ミニゲーム担当のマスコットキャラ的な【平民モブ幼女】だと思ってましたけど!?
まさかのとんでも設定だ!
……どうしよう、頭が混乱してきた。
ゲームでは描かれていない世界観が溢れすぎている。
私は頭を抱えながら、ここまでにノエルが話したことを必死で整理しようとする。
(私は、ガスターク家の子供ではなくて……隣国の皇女と、王弟の子? それに……お兄様が、私を好きって……)
「うん。ミラぅドはミレーぅがずっと好きで、けっこんしたいよ。ココロ読むと分かるよ。『好き』とか『いとおしい』とか頭の中でずっと言ってるから、かなりうるさい」
………………。
顔が、かぁぁ――と熱くなる。
話の重要度としては、『皇女と王弟の子』というほうが深刻なんだと分かるけど、なぜかお兄様のことのほうが気になってしまう。
そういえば卒業したすぐ後くらいに、なんとなく「ところでお兄様は結婚なさらないんですか?」と聞いたことがあった。
「ミレーユが片付いた後にでも考えるよ」とお兄様は言っていたけれど、そのときの瞳はなぜか寂しげで。
それに学生だった頃も、お兄様はよく、何か言いたげな表情をしていた。
学生時代の婚約破棄騒ぎの頃にも、「王太子殿下がお前を要らないというのなら、私が貰おうか」って。「お前は良い伴侶になってくれそうだ」って……。
笑えない冗談だな。って、思っていたけど。
まさか本当にお兄様は、私のことを…………?
耳をつんざく爆音が鳴り響いたのは、そのときだった。
「――――きゃぁ!!」
馬車が急停車し、私はノエルを抱きしめて衝撃に耐える。
「何が起きたの!?」
窓を開き、馬車に並走していた護衛の騎士へと声を張り上げる。
「大聖堂から炎が!」
「!?」
騎士や御者たちと同じほうへ視線を馳せる。
大聖堂から黒い煙が猛然と立ち上っていた。
直後、数十メートル先でもう一度爆音がとどろいた。
メインストリートの時計塔が損壊して爆炎を噴き上げている。
通りにいた人々が恐慌状態に陥っていた。
(……何なの、何が起きているの!?)
私はノエルを抱いたまま凍り付いていた。
ノエルもまた、私の腕の中で混乱しているようだった。
ぐぁあ、という男性の悲鳴が御者台から聞こえた瞬間、我に返る。
馬車の周囲を、黒い装束を着た男たちが取り囲んでいた。
護衛の騎士が応戦するも、多勢に無勢で切り伏せられる。
黒装束の男たちは馬車の戸を乱暴に開け放つ。
私とノエルをじろりと見つめ、
「〝ミレーユ・ガスターク〟と〝ノエル〟だな?」
と問いかけてきた。
返事を待たず、男たちは私達を馬車から引きずり出した。
「……な、なにを、するの!? やめなさ――」
抵抗しようとした瞬間、首の後ろに打撃を加えられる。
目の前の光景が、ぐにゃりと歪んだ。
どさ、という音。土の味。私は、倒れてしまったらしい――
「ミレーぅ!? ミレーぅ!」
ノエルの声が遠くなる。
「この2人を運べ。まだ殺すなよ、『生かして連れて来い』とアイラ嬢から言われているからな」
男の声を遠くに聞いて、私は意識を手放した。
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