【the True Happy-End】

――爆破未遂事件から、早2か月。



よく晴れた昼下がり。

私は購入したてのタウンハウスの庭園で、疲れてぐったりしながらガーデンチェアに座っていた。

対面の椅子にはノエルが座って、「お菓子~お菓子~♪ たべた~いなっ♪」と可愛い声でお菓子コールをしている。

ガスターク家から引き抜いてきたメイドが、お茶とお菓子を用意してくれた。


「ミレーユ様、本日のお茶はサウラ公国原産のカムランティーでございます」

「あら、世界三大銘茶じゃないの。ずいぶん奮発してくれたのね」

「お菓子はタナン教主国の銘菓ル・ターナのエクストラ種でございます」

「……お菓子もすごい高級品だけど、そんなに予算が余ってたの?」

「いいえ。いずれもガスターク侯爵閣下からの贈り物でございます」


ぶはっ、と飲みかけていた紅茶を噴いてしまった……貴族淑女にあるまじき行為だ。


「お、お義兄様からのプレゼント? また?」


「はい。侯爵閣下からの贈り物は、毎日欠かさず届いております。ミレーユ様には都度お伝えしておりましたが、先日『忙しいから消え物は報告しなくていい』と言われましたので」

「ああ。……言ったわね、たしかに私が」


毎日毎日、の領地経営で手一杯なのだ。

お義兄様と一緒にガスターク侯爵領の経営を手伝っていた頃は、それなりに回せていたのだけれど。


領地を、自分の責任で管理するのはかなり難しい。



――ミレーユ・


それが、今の私の肩書きである。


「あぁ…………。私、なんでこんな生活になっちゃったんだっけ」




   *


2か月前の爆弾事件を未然に防いだ功績で、国王陛下は私に伯爵位と領地を与えた。

ついでに、『グロリオサ』という新しい姓も与えられた。

この国ではごく稀に、優れた功績を上げた平民が、爵位を与えられて貴族になることがある。その場合には必ず、『栄光の花グロリオサ』という姓になる。

……何が言いたいかというと、私はの貴族という扱いなのだ。


お義兄様との血縁関係がないことを世間に公表するにあたり、『ではミレーユ嬢は本当はどこの血筋だ?』という疑問が浮上することになる。真実を伏せるため、父母が平民の子を引き取って実子扱いしていた――という設定で口裏を合わせることになった。


ガスターク領内で適当な街を選んで戸籍台帳をいじったり、教会保管の貴族籍の帳簿に手を加えたりと、関係各所にあれこれと手を回して貰ったらしい。



そして国王陛下の告辞によって、私の爵位とグロリオサ姓の授与は同時に為されたのだった。



   *


「ミレーぅ。そろそろミラぅドが来る時間だよ」

「あら……もうそんな時間?」

2か月前のことに思いを巡らせてぼんやりしていた私のことを、ノエルが現実に引き戻した。


「今日はこたえてあげるでしょ?」

「え? 何を?」

「ぷろぽーず」


私は顔を熱くして「うっ……」と言いよどんだ。


煮え切らない私の態度を見て、ノエルは「好きなくせにー」と不満そうに頬を膨らませてぷぅぷぅ言っていた。


「ミレーぅ、ココロがだだ漏れ。いいかげんOKしたほうがいい」

「うぅ。……でも、」

「ノエルが代わりにおへんじしとく?」

「そ、それはダメ」


実はまだ、私はお義兄様のプロポーズに返事をしていない。

なんだか気まずくて、いつも有耶無耶にして返事を先延ばししてしまう。

……だって。

ずっと兄妹だったのに、いきなり告白とかプロポーズとか、恥ずかしいんだもの。


血縁でもない男女が一つ屋根の下で暮らしていたという事実が今さら恥ずかしくなり、私は1か月ほど前に、王都にタウンハウスを購入してガスターク家の屋敷を去った。

「そうだな。一度他人になるのも悪くない」

と、お義兄様は意外にも快諾してくれた。


「出来るだけ毎日会いに行くよ」

とも言っていて、登城の有無にかかわらず毎日のように時間を作って私のタウンハウスを訪ねて来るのだ。

そして恥ずかしげもなく私に愛を囁いて、返事を強要する訳でもなく「また来るよ」と去っていく。


そんな日々の繰り返し。

領地経営の大変さと元兄もとあにの求愛を受ける気恥ずかしさで、私はすっかり疲労困憊していた。

テーブルに突っ伏してうだうだしていると、



「――あ。ミラぅド来た」

「えっ!?」

顔を上げた瞬間、視界いっぱいに深紅のバラが飛び込んできた。

差し出されていた花束に、顔から突っ込むみたいな形になってしまう。

「きゃ。お、お義兄様!」

「ずいぶん疲れているじゃないか。テーブルに伏すのは美しくないぞ」


ちょっと意地悪っぽく笑いながら、お義兄様は私に花束を渡してくれた。


「こちらは、ノエルのぶんだ」

「おはな~!」

小ぶりの花束を贈られたノエルはぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。花の精霊だけあって、お花が好きらしい。

「ミラぅド。ノエルは席を外しますかー?」

「そうしてくれると助かる」

「あいさー」

てててててっ。とノエルは駆け去っていった。

すっかり馴れたやりとりだ。


「――さて、」

ノエルの背中を淡く笑って眺めていたお義兄様は、不意に私のほうを見た。

ぎくり、と身構えてしまう。

「そろそろ応えてくれる気になってきたかな?」

「な。なにがでしょうかね……」


分かり切った質問を不自然にはぐらかす私の様子が面白かったのか、義兄はクスクス笑っていた。


「それにしても、疲労の色が濃いようだが。領地経営に不馴れなら、補佐官を増やすといい。知り合いのツテがあるから、君の希望があればいくらでも紹介できるが?」

「いいえ、大丈夫です。とくに不慣れなうちは、一通り経験しておきたくて」

「君は相変わらず努力家だな」

と呟いて、義兄はふわりと笑った。

アイスブルーの瞳が優しく細められ、プラチナブロンドの髪が涼風にそよぐ。どことなく漂う色香に、私は瞬きも忘れて見惚れていた。


――こんな人に求婚されるなんて、本当はすごく光栄なことだ。

プロポーズの返事を先延ばしにするなんて、非礼以外のなにものでもないのに。

彼は笑って、待っていてくれる。


本当は、ずっと昔から大好きだった。

たぶん子供の頃からずっと。


「……お義兄様」

「ん?」


私が『兄』と呼ぶと、この人は少し寂しそうな顔になる。……名で呼んでみたら、喜んでくれるだろうか? でも、どうしても恥ずかしい。


この人は最近、私を「お前」と呼ばなくなった。

「君」と他人行儀に呼ぶようになったから、どうして呼び方を変えたんですか? と聞いてみた。

――ミレーユと『他人』になりたいんだ。と言っていた。

兄と妹ではなくて、他人の男女になりたい。

他人になって愛し合い、そして再び家族になりたい。

夫婦という名の、家族になりたい。

そんなにまっすぐな言葉を贈ってくれたのに、私は恥ずかしくて口をつぐんだままだった。


今だって……素直に思いを告げられない。


「……私、爵位を貰ってしまいました。もしもに嫁いだら、領地や爵位はどうしたらいいんですか?」


あなたに嫁いだら――と言いたいのに、口が勝手に『誰か』と言ってしまった。


「そんな前例は、いくらでもあるよ。夫人が爵位を維持したまま、実際の領地経営を現地執政官に代行させるケースもある。爵位を返上する手もあるが、賜ったばかりの地位をお戻しするのはさすがに非礼に当たるだろう。やはり代行で維持しておいて、将来的に二児以上を設けて、それぞれの領地を継がせるのが良いだろうね」


「に、二児っ……。そう、ですか……」

またもや赤面してしまい、会話が途絶えてしまった。

彼の視線を受け止めるのが恥ずかしくて、うつむいてしまう自分が情けない。


(私って、こんなに憶病だったっけ……)

深く俯いていると、彼はふと、寂しそうな声で問いかけてきた。


「――それとも。君には他の『推し』とやらがいるのか?」


「え?」

思いがけない質問に、私は驚いてしまう。


「愛する者を『推し』というんだろう? 君が私に以前教えてくれた」

「ええ、確かに言いましたけれど」


「ノエル以外にも、推しがいたのか? ……考えたくはないが、あの爆破事件のとき夜中に押し掛けた3人の男のどれかではないだろうな」


「はい!?」


「オルトン子爵家、ルヴェイユ侯爵家、クロムウェル侯爵家の令息たち――あの3人はいずれも、ミレーユを憎からず思っている様子だった。緊急事態とはいえあのような夜中に、快く出迎えて協力してくれるとは……なかなかの信頼関係だな」


義兄の顔がみるみるうちに、邪悪な色へと染まっていった。こういう表情を見るのは久しぶりだ。


「ちょっと、何言ってるんですか! 彼ら3人はただの、学生時代の友達です!」

「彼らそれぞれには婚約者がいると聞いている。くれぐれも不埒なことはしないように。……首を落とされたアイラ・ドノバンの、二の舞になるぞ?」


「縁起でもないことを言わないでくださいよ! というか彼らの婚約者の令嬢たちが、むしろ私の親友なんです。学生の頃からずっと、仲良しグループだったんですから! ……もう、へんな邪推はやめてくださいお義兄様!」


久々に、彼に怒ってしまった。

顔を赤くして息を弾ませていると、兄は肩の力を抜いて笑みをこぼし始めた。


「そういう表情のほうが、らしくて可愛いよ」


ぽん、と軽く私の頭を撫でて、彼は脇をすり抜けていった。


「すまなかった、ついつい気がいで、お前に負担をかけていたようだ。私は決して、無理強いしないよ。お前に別の推しがいるなら、その男を選ぶのもお前の自由だ。……私以上にお前を愛せて、私より優れているのが最低条件だが」


毎日のように訪ねられては、お前も迷惑だったろう? しばらくは時間を置くよ。と言い残し、彼は歩き去っていった。


「お義兄様……」



気まずくて、気恥ずかしい。でも、彼を引きとめたくて堪らない。

体が熱くてどうしたら良いか分からなくなっていたそのとき、

どこからか熱視線を感じた。


ハッとして振り返ると、十数メートル離れたオークの木の上から、ノエルがこちらを凝視しているのに気づいた。


『じとーっ』と見ているあの視線は絶対に、私の心を読んでいる目だ。

(ちょっと……、ノエル! やめてよ、読まないで……!)


ノエルがじれったそうな顔をして、身振り手振りで『ほらっ! 行ってミレーぅ! 早くっ! 言って!』と私を急かしている。


……もう。

分かってるわよ!




「……ミラルド!」

遠ざかっていく彼を追いかけ、私は彼の手を取った。


ああ。

恥ずかしい。



「婚約、お受けします。………………あなたが、私の推しなので!」


顔から火が出そうなほど熱いけれど、私は彼をまっすぐ見つめた。

かつて兄だった彼は、驚いて目を見開いていたけれど。


「一生、君を愛するよ」


満面の笑みを湛えて、私を抱きしめてくれた。





 =======

本編ラストまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

このあと物語は番外編へ……


本編の裏側で進行していたあれこれを書いていますので、どうぞ引き続きお付き合いください^^)


&カクヨムコンにはもう一作出します!

お正月にはアップしますので、よければチェックお願いします✨(契約結婚×聖女追放モノのハイファン仕立てです!)


あと、来年1/25には、昨年のカクヨムコン受賞した『氷の侯爵令嬢派魔狼騎士に甘やかに溶かされる』の書籍1巻が発売されます!


これからもよろしくお願いいたします!


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