8 before【True Happy-End】他人になりたい(後編)

「君への態度を、少し改めようかと思った。私は、君と『他人』になりたいんだ」


そう言われて、私はとても寂しくなった。

他人になりたい――それはつまり、距離をとりたいということだから。


そういえば、少し前までは頭を撫でたり頬に触れたりしてきた彼が、最近はまったく私に触れなくなっていた。


私が煮え切らない態度を取り続けているうちに、彼は私を嫌いになってしまったのだろうか?


「お義兄様と私が、他人に……ですか?」

ためらいを隠せず、私は彼に問いかけた。

――しかし。


「ああ。他人でなければ、愛し合えないだろう? だから、君と他人になりたい」

「!」


彼の言葉は、本当に予想外だった。

胸に込み上げてくるこの気持ちは、何なのだろう?

切なくてうれしくて。でも、それ以上に疑問が込み上げてくる。


「どうしてお義兄様は、そこまで私を想ってくださるんですか? 私は、あなたを惹き付けるほど魅力のある人間ではないと思いますが……」


「本気で言っているのか? 随分と気弱なことを言うんだな」

義兄は驚いているようだった。


「君はいつだって魅力的だよ。今はもちろん、子供の頃も」


具体的に上げ連ねればきりがないが、聞きたいかい? と言って、義兄は私の『良いところ』を列挙し始めた。可憐なところ。人懐こい笑顔。周囲を思い遣る気質。所作に滲み出る美しさ。実直さ。奇抜さ。力強さ……。


「い、いえ、結構です、恥ずかしいのでやめてください。……でもやっぱり納得できません。だって私、だったでしょう?」


前世の記憶を取り戻すまで、私は独りよがりで高慢で、ともかく嫌な女だった。


世の中は3つの人種で構成されていて、『自分より卑しいクズ』か、『別世界の物体』か、『媚び入る対象』かの3通りでしかないと本気で思っていた。

我ながら、引いてしまう。


私にとって両親と兄は『別世界の物体』で、だから出来るだけ近寄らないようにしていた。


「昔の私は、かなり歪んでいましたよ? 今はさすがに反省して、行動を改めましたが。お義兄様だって私の醜い性格をよく知っていたはずです」


「少女期のミレーユはたしかに歪んでいたね。家族全部が歪んでいた。そして、君を歪ませたのは私だ」


君が高慢な性格になっていたのは、私のせいだ。

本当に済まなかった――と、義兄は言う。


義兄は語り続けた。

ある日、両親から『ミレーユは実の妹ではなく、高貴な生まれの娘だ』と知らされたそうだ。『王太子妃として、王族に迎えられるのがミレーユの未来なのだ』――と。



「ミレーユが血縁でないと知った瞬間、私は気が触れそうになった。君への愛おしさを、どう理解したらよいか分からなくなかった――だから私はその日から、君に接するのが恐ろしくなり距離を置くようになった。……臆病な卑怯者だ。君の性格に『いびつさ』が出始めたのも、その頃だった。私が君を、ひどく傷つけたのだと思う」



たしかに子供の頃、優しかった兄にいきなり距離を取られて私はショックを受けた。

たった一人の味方だと思っていたのに、心に壁を作られてしまったような、あのときの感覚。

寂しかった。

どうして兄に避けられているのか分からず、それでも『自分は傷ついてなどいない』というフリをしたくて気丈に振る舞っていた。

気丈さが、いつしか傲慢さに。

独りよがりで高慢な、ミレーユ・ガスタークが出来上がっていった。



彼には彼の、説明できない事情があったのだ。

何の説明もなく、ある日を境に私を避けたその理由が――まさか、私への感情だったなんて。


「お義兄様……」

「だが君は、学園の2年生になったときに私を頼って来た。――とても嬉しかったよ。君の性格は幼いころのような眩しさを取り戻していた。あれほど冷たく扱ったのに、君は自分の力で立ち直り、道を切り開こうとしていた」


お義兄様は、私が自助努力で性格を改めたのだと思っているようだ。

実際には、前世の記憶を取り戻していたからだけれど……。


「私にはわかるよ、今の性格こそが君の本質だ」

「本質……?」

「ああ。そんな君との家族関係が、妹とともに過ごす日々が、永遠に続けばいいと思っていた。だが――」


静かな声音で、彼は続けた。


「本当は、私は『他人』になりたかった。兄と妹ではなくて、他人の男と女だ。他人になって愛し合い、そして再び家族になりたい」


今度は夫婦という名の、家族に――。



そう囁かれ、私はなにも考えられなくなっていた。

思考がまとまらない。

込み上げてくるこの熱は、いったい何なんだろう。

私は、何を言えばいいの?

逃げ出したいような、すがりついてしまいたいような、自分で自分が分からない。




彼は、私が困惑しているのだと思ったらしい。


「急にこんな話をして、済まなかったね」

淡く笑って、彼は私からそっと距離をとった。


「今日はこれから仕事があるので、そろそろ失礼するよ」


私は視線を伏せたまま、無言でうなずくだけだった。

こんなにまっすぐな言葉を伝えてもらったのに、何も答えられないなんて……なんだか、情けない。



彼はゆったりと振り返り、アイスブルーの瞳を細めた。

「また来るよ、ミレーユ」



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この話の数日後が、本編最終話の【the True Happy-End】となっております。

後夜祭も次話でいよいよ最終話。

なんだか寂しいような、ひとまずやり切ったような。。


ご覧いただけましたら幸いです。

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