9 【the Latest Episode】おしゃべりな女神さま

本編最終話【the True Happy-End】直後のお話です。


後夜祭(番外編)、これにて完結となります。


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くすくす。

……くすくす。


という笑い声が頭の中から聞こえた気がした。



気が付くと、私は見知らぬ花畑に立っていて。

色とりどりの花が咲くその花畑は、この世のものとは思えないほど美しかった。


「……ここはどこ? 私、自分の屋敷にいたはずだけれど」


私はついさっき、ミラルドの婚約を受けたはず――。

もっと彼と話したくて、一緒に応接室に向かったはずだ。


なのになぜ、お花畑にいるんでしょうか??

ぽかんとしていた私だけれど、次の瞬間ゾッとした。


「まさかここ、的なお花畑だったり!? 私死んだ? いつの間に……!?」


なんで死んだの?

いつ死んだの?? ウソでしょ……?

これから彼と新しい人生を踏み出そうとした矢先に――?


〝あら、貴女は死んでいませんよ? わたくしが、ちょっと呼び出してみただけです〟

「ひゃぁああ!」

目の前にいきなり美女が出現し、私は素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。


「ど、どなたですか!?」

〝……貴女、この国の民なのにわたくしをご存じないのですか? 軽くショックです〟


彼女は口を開いて語りかけて来るのではなく、テレパシーのように脳内に直接声を届けてきていた。


〝わたくしの顔、見覚えありません?〟


小首をかしげて悪戯っぽく微笑しているのは、銀髪金瞳の人間離れした美貌の持ち主。

白い肌は真珠のような淡い光を纏い、歳の頃は私より少し上くらいに見える。

彼女は宗教画の神々のような白い貫頭衣トゥニカを纏っていて、髪や衣服に巻き付く蔓植物は装飾品のようだった。


ノエルを成長させたら、この美女みたいな容姿になりそうな気がする。

というかこの美女、すでにどこかで見たことある。

そう。

聖堂の宗教画の中で……


「女神フローレン……様!?」

〝はい。アタリです、よくできました〟

ゆるーい感じで、女神はぱちぱち拍手をしていた。


〝わたくしの娘が大変お世話になっております。貴女のおかげで、今回の人界見物はとても面白いですよ。ふふふ、本当に退屈しません。これからも見守ってながめていますから、がんばってくださいな〟


女神フローレンの娘って……ノエルのことよね。

人界見物というのは意味が分からないけれど、女神は楽しそうにくすくすと笑っている。


足元に広がる花畑が、気づけば靄がかってきた。


〝そろそろ時間切れですね。ミレーユ、話せて楽しかったです。貴女に幸多からんことを。それでは、またいずれ〟








「――っ!?」

応接室のソファで身を沈めていた私は、ハッとして目を開けた。


状況が理解できずに目をしばたたいていると、すぐ隣からミラルドの声が聞こえた。

「お目覚めかい?」

「……え? 私、」

ソファに並んで座っていた彼が、淡く笑ってこちらを見ている。


「…………私、もしかして居眠りしていました?」

「ああ。かなり疲れているんじゃないか? ノエルのバイオリンを聞いている途中で、寝息を立てていた」

「ノエルのバイオリン? あぁ、そういえば――」


そうだった。

ノエルが『婚約お祝いをする!』と言って応接室でバイオリンの演奏をしてくれていたんだ。とても心地が良い曲で、うっとり聞き入っているうちに寝落ちしてしまったらしい。


今は、応接室には私と彼の二人きり。ノエルの姿はない。


「それであの子、今はどこにいるんです?」

「今度は記念の絵を描くとか言って、自分の部屋に戻って行った」

「……そうですか。演奏中に寝るなんて、ノエルに失礼なことをしてしまいました」

「心安らぐ良い演奏だったということだろう? ノエルはまったく気にしていなかったよ」


それに私も幸福な気分になれた――と彼はつぶやいた。


「君の寝顔が、とても可愛らしかった」

「……また、そういう恥ずかしいことを言う」


気恥ずかしくて視線をさまよわせていると、彼は「そういえば、」と話題を切り替えてきた。


「そろそろ君にも伝えなければと思っていたが、ヨルン皇国との首脳会談が来月ついに実現することとなった。ヨルン皇国の使節団を、国境付近の城塞都市エルカトに招いて執り行う。私もエルカトに赴くことが決まったから、しばらく君の屋敷には行かれなくなる」


その前にプロポーズを受けてもらえて良かったよ、と彼は温もりのある笑みをこぼした。


私は頭で考えるより早く、言葉を発していた。

「それなら今度は、私が行きます」

「?」


要領を得ない様子でこちらを見ている彼に、私は言った。


「私もエルカトに行きます。所領の管理については、まぁ……前倒しで仕事を済ませておきつつ補佐官も頼るので問題ありません」

「君がエルカトに来る?」

「ええ、表向きはただの観光で。……でも、もしあなたに時間の余裕があったら、少しだけでもお顔を見られると、その……嬉しいのですけれど」


言っているうちに恥ずかしくなってきて、語尾が尻すぼみになってしまった。


ミラルドは端整な顔立ちを綻ばせ、優しく私の手を取った。

「ありがとう、ミレーユ」

「……ミラ、ルド」


恥ずかしくて、まだ上手に彼の名前を呼べない。

でも、なんだかとても幸せな気分だ。

この人と、こんなふうに話せるようになるなんて。本当に夢みたい。


甘酸っぱい気持ちに浸っていると、遠くから『ずどどどど』……という足音が近づいてきた。


ノックするのも忘れた様子で、ノエルが応接室に駆け込んでくる。


「よかった、ミラぅドまだ帰ってなかった。今日の記念のおみやげ出来上がったから、これもらって!」

「土産?」


ノエルは大きいキャンパスを抱えている。


「ノエルこれ描いた。婚約記念の、お祝いの絵」


自慢げにキャンバスを掲げて、ノエルはこちらに見せてくる。

私と彼は、描かれた絵の美しさに息を呑んだ。

「これは……」


キャンバスの中に広がっていたのは、色彩豊かな花畑。

色とりどりの花が咲き誇り、その中心で私と彼が寄り添って笑い合っている。

蝶が舞い、鳥や獣が自由に遊び、すべての命が幸せそうだ。


世界そのものが祝福であるかのような、素敵な絵。


「本当にすてき。ありがとう、ノエル」

「うん。ここに、ノエルと女神様の絵も描いといた」


花畑の奥のほうに、銀髪の少女と女神が並んで立っていた。

いつも見守り、応援している。

そんな気持ちが絵から伝わってきて、目頭がじわりと熱くなってくる。



「――すべては女神の導きなのかもしれないな」

ぽつりと、ミラルドがつぶやいた。

「どういうこと?」


「この絵のように、ミレーユは女神フローレンに愛されて見守られている――そんな気がしてきた。女神の子であるノエルを君が推したのも。ノエルが君を慕い、我々を救ってくれたのも。ノエルの才能を通して女神が君を守っている――この絵は、とても暗示的だ」


噛みしめるように彼が言うと、ノエルは困り顔で首を振っていた。


「べつに、そんなに深いイミはないよ。ノエル、思いついたのをちゃちゃっと描いただけだもん。でも、お祝いしたいキモチはいっぱい詰め込んでみた」


「ありがとうノエル。最高の婚約祝いだよ」

彼は片手でノエルを抱き上げて、もう片方の腕で私を優しく抱き寄せてきた。


「ミレーユ。幸せになろう」


頬に落とされたキスは、とても柔らかくて。

私は頬を熱くして、「はい」と答えるのがやっとだった――。




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後夜祭、これにて完全完結です。

最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。


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この登場人物でまだまだ永遠に描き続けられる気もしますが、(筆が乗って最新話にふしぎなフラグを立てていました)、こちらの話はひとまず一区切りです。


今作は【実験】をしたくて普段とは違う『短編積み上げ構成』で書いてみました。 ⇒結果、投稿サイトによる反応性の違いがおそろしくハッキリ出た作品でした。


(参照値:なろう自己ベスト記録のブクマ3125でした。どのサイトに寄せて書くのが自分の方向性にあっているのだろうか・・悩みますね(たぶんカクヨムだと思います。今後とも末永くよろしくお願いします!!!))


兎にも角にも最新作は王道異世界恋愛+α要素 でお届けします!!


最新作は1月アップ予定で準備中です。

契約結婚×聖女追放×ハイファン仕立ての10万文字。

公開したら近況報告でお伝えするので、よろしければ作者フォローお願いします!

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