【1*】-5 こじらせた兄
――月日は巡る。
最終学年の一年間はあっという間に過ぎていった。
私の生活はおおむね順調で、気になることと言えば兄の甘やかしが重症化してきたことくらいだ。
事あるごとに「嫁がせるのが惜しい」とか言って、いろいろ甘やかしてくる。
どうやら兄は、こじらせ型のシスコンだったらしい。
ちょっとひねくれたことを言いながら、なんだかんだで優しくしてくれる兄。
私は子どもの頃のように、兄に親しみを感じていた。
それはそうと、夏休みを過ぎてもアイラがメルデル公爵家の養子に迎えられることはなく、相変わらず男爵令嬢のままだった。
すこぶる健康なカミラ・メルデル女公爵は入院と無縁だったから、アイラの成り上がりイベントは発生しなかったらしい。
さりげなくメルデル女公爵に聞いてみたところ、アイラとはまだ出会ったことさえないようだった。
そんなメルデル女公爵は、変わらず私と仲良くしてくださっている。
学務長官である彼女は貴族学園の卒業パーティに賓客として来席するそうで、「ミレーユさんの門出を祝うのが楽しみよ」とまで言ってくださった。
そう。すでに卒業パーティまで3か月を切り、学園生活も終わりが近づいていた。
……もうすぐゲームのエンディングだ。
仲良しの令嬢たちは最近、卒業パーティで着るドレスの話題で持ちきりになっている。
婚約している令嬢は、相手の男性からドレスを贈られるのが慣例だ。
たいていは婚約者の瞳や、髪の色を基調としたオーダーメイドのドレスを贈られる。
しかしもちろん、殿下が私にドレスをプレゼントしてくれる気配はない。
ということで、自前でドレスを作ろうと思い屋敷にデザイナーを呼んだのだけれど――
「卒業パーティのドレスを自分で? しかし、ミレーユ。王太子殿下から贈られるのではないか?」
と、兄が至極当然な疑問を口にしてきた。
「それは期待できませんので」
「王太子からは期待できない、とは?」
正直に答えるべきか迷ったけれど、結局『殿下との不仲』について兄に打ち明けることにした。
だって隠しても、どうせ卒業パーティでバレるし。
殿下とは意思疎通がまったくできず、嫌われていること。
殿下がアイラ・ドノバンという男爵令嬢に熱をあげていること。
殿下はアイラと人目もはばからずイチャイチャしてて、私にはプレゼントひとつ贈ってくれないこと。
包み隠さず全部伝えた。
私は兄をすっかり信頼していたので、愚痴にもつい熱がこもってしまう。
兄はそれを、無表情に聞いていた。
「では、ドレスは私がお前に贈ろう」
「いいえ、大丈夫です。こう見えて私、けっこうポケットマネーが……」
「未婚の女性が纏うのは、婚約者か親族男性による物とするのが常識だ。殿下が役目を果たさないなら、私が贈るよ」
お前のセンスだと奇抜になりそうだから、私があつらえてやろう――というちょっとした嫌味も忘れないところが、兄らしい。
そうして兄が新調してくれたのは、Aラインの優美なドレスだった。
淡青色に染色されたシルクシフォンの生地に、月影色の糸で繊細な刺繍が施されている。
鏡に映るドレス姿の自分に、頬を染めてぽーっと見惚れていた。
「すごくすてき。……青地に金糸ということは、ユードリヒ殿下の目と髪の色で造ってくださったんですね」
殿下の色調とはちょっと違うけれど、むしろ上品で素敵だ。
そんなことを思っていると、
「違う。私の色だ」
「えっ」
私は兄を凝視した。兄の瞳はアイスブルー。
……私の着ているドレスの色も、アイスブルーだった。
「未婚女性に自分の色を着せるって、婚約者のする行為でしょ!? 兄が妹にやることじゃありませんけど?」
兄はなにか言いたげな様子で肩をすくめた。……なんですか、その違和感ありありな態度は。
「……良いじゃないか。王太子より私のほうがお前に似合うと、前々から思っていた。王太子が要らないというのなら、もう遠慮するつもりはない」
「――――??」
いよいよもって、シスコンぶりが重症だ……。
とは思うものの、意味ありげに微笑む兄の美貌から目が逸らせなくなってしまった。
やたらと胸が高鳴ってしまう。
……身内なのに、なんか、変なの。
*
兄がアイラの恋人になり得る男性キャラの一人だと知ってからも、私はそれほど不安を抱かなかった。
大丈夫。お兄様はきっと、アイラに落とされたりしない。
私はアイラをいじめていないから、出会いフラグは立たないはずだし。
お兄様はなんだかんだ言って、いつも私に優しくしてくれるし。
信じてますよ、兄。
信 じ て た の に、兄ぃぃぃぃぃぃいっ!!
卒業の1か月前、学園の裏庭で。
アイラに壁ドンを決めている兄の姿を目撃した私は、失意のどん底に突き落とされた。
なんでお兄様が学園に来てるんだろう? とか。
どうしてアイラに壁ドンを? とか。
いろいろな疑問が湧いてきたが、ともかくスチルっぽくて胸が悪くなった。
愛を請うがごとく、アイラの耳元で何かを囁く兄ミラルド。
目を輝かせて興奮気味に何かを答えるアイラ。
王太子に浮気されたときよりも、今のほうが喪失感は大きい。
なまじ心を開いていたから、兄に裏切られたショックは筆舌に尽くしがたかった。
――子供の頃、優しかった兄にいきなり距離を取られたときと同じ気持ちだ。
どうしてこの人は、いつも前触れなく私を裏切るのだろう。
お兄様とアイラは、いつから知り合いだったのかしら。
私に優しくしてくれてたのは、信頼させてから突き落とすためだったの?
だとしたら、これは『ミラルドルート』なのだろうか。
ミレーユの味方を演じ、最後に裏切ってアイラを妻に迎えるという……。
裏切り者。
……もう頼らないわ、お兄様なんて。
私は見てみぬフリでその場を立ち去り、放課後はカジノに飛び込み資産形成にいそしんだ。
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