【1*】-6 断罪の卒業パーティ

「それでは、行って参ります」


とうとう、卒業の日がやってきた。


卒業記念式典とその後のパーティは、学園内で執り行われる。

屋敷のドレスルームでドレスアップを済ませた私は、兄に向かって礼をしてから玄関ホールを出ようとした。


「待て、ミレーユ。一人で行くつもりなのか?」

と。裏切り者なお兄様が、意外そうな表情で尋ねてくる。


王太子が迎えに来ないことを、指摘したいのだろうか?

すでに関係が破綻していることは、この前伝えたというのに。

分り切ったことをわざわざ聞くなんて、兄はやっぱり意地悪だ。


壁ドンスチルを目撃した日以来、私は兄を避けるようになっていた。

目線を逸らして、そっけなく答える。

「……ユードリヒ殿下はこの屋敷にはいらっしゃいませんし、式典入場時のエスコートもございません。なので私はひとりで参ります。それでは」


兄の前を通り過ぎようとした私の手首を、兄が軽やかに掴んで引き留める。


「……何です?」

「エスコートなしに出向くなど、当家の恥だ。見過ごす訳にはいかないよミレーユ」

「仕方ないでしょう? 殿下のご意向なのですから」

「なぜ私にエスコートを求めないんだ」

「……」


だって兄、裏切り者なんだもの。


この世界が王太子ルートなのか、ミラルドルートなのかは結局分からないけれど、どちらにしてもアイラといちゃつく兄なんて信用ならない。


どう反論しようかと考えていると、反対のほうの手首まで捕らえられてしまった。そのまま、ずずいと迫られる。


「私は、いつお前が私にエスコートを求めてくるかとずっと待っていたんだが? どうしてお前は私を頼らない」


美しすぎる微笑の裏に、異様な圧が滲んでいた。


「さぁ言ってごらん、ミレーユ。『お兄様、一緒に来てください』と」

「何、気持ち悪いこと言わせようとしてるんですか。嫌ですよ、一人で行きま――」

「絶対にひとりでは行かせないよ。どうしても行くと言い張るなら、いっそお前を監禁してしまおう」

「え? ちょ、ちょっと……」


本気で屋根裏部屋に連れ込まれそうになったので、根負けした私が『お兄様、一緒に以下略』と懇願する運びとなった。

やたら上機嫌になった兄が私を馬車へと導き、ようやく馬車が出発できた。

この人の頭の中は、本当にどうなっているんだろう……?

頭を疑問符でいっぱいにしているうちに、学園に到着していた。



兄の腕に手を添えて、式典会場の内へ入った。

美貌の侯爵として有名な兄の登場に、会場中の令嬢から熱い視線が集まる。

そしてその令嬢たちの視線は兄から私へと流れると、「まあ……」と気まずそうな目つきに変わった。

王太子のエスコートを受けられず、代わりに家族同伴となった私のことを憐れんでいるようだ。


会場内に並べられた卒業生席まで私をエスコートすると、兄はなぜか父兄席に行くでもなく、会場の外へふらりと消えてしまった。

会場は生徒や父兄でいっぱいになっていったが、いつまで経っても兄は戻ってこなかった。あの兄、本当に訳が分からな――


ざわ。


入場口に、人々の目が注がれる。

堂々たる挙措で入場してきたのは、王族の衣装を纏ったユードリヒ王太子殿下。

そして彼がエスコートしているのは、男爵令嬢アイラ・ドノバン――王太子の瞳とまったく同色のスカイブルーのドレスは、王族と並び立つにふさわしい豪奢な代物である。

結婚式さながらの厳かさで、ふたりは寄り添いながら会場の奥まで進んでいく。

アイラは愛くるしい顔に、恍惚とした笑みを浮かべていた。


ユードリヒ殿下とアイラは、私のすぐそばの席に座した。

近くで見ると、アイラのドレスに縫い取られた刺繍はなんと『王家の紋』だった。

アイラを王家に迎え入れるぞ、という殿下の気持ちがありありと伝わってくる。


私の視線を感じたのか、アイラがちらりと振り返る――――ユード様にエスコートしてもらえなくて、悔しいでしょう? とでも言いたげな目で、笑っている。

私も淑女の笑みを返した――浮気男が欲しいなら、どうぞご勝手に。でも私を貶める気なら許さないから。


無言の笑顔を交わし合い、私達の決戦が始まろうとしていた。



   *


楽団の調べとともに、卒業式典が開始される。

国王陛下が参加しないのは、例年通りのことだ。

王宮からの代表者として、学務長官カミラ・メルデル女公爵が賓客席に座っている。


学園長や賓客の祝辞、楽団の記念演奏など、式典はつつがなく進行していった。

どくり。どくりと私の心臓は高鳴っていく。

掌に汗がにじむ。

頭の中で、さらりさらりと砂時計の音が響く。

準備期間が2年もあったとはいえ、いよいよ今日が決戦だ。


――私は勝てるだろうか。



やがて式典は終了し、卒業パーティの時間となった。

全員が式典会場を出て、隣接のパーティホールへ。


事前情報によるとパーティの最初は会食・歓談タイムで、次がダンスの時間だそうだ。

ユードリヒ殿下が私に婚約破棄を申し立ててくるのは、たぶんダンスのときだと思う。

……『ダンスミュージックを遮って婚約破棄をする』っていうのが、この手のゲームのお約束だし。

どのみち、勝負は目前だ。

深呼吸して心を落ち着かせていると、給仕がグラスにワインを注いでくれた。

全員のグラスに、飲み物が満たされていく。


会食開始を告げる乾杯の声は、卒業生の中で最も身分の高い生徒に任されるのが通例だ。

つまり、今回の場合は王太子ユードリヒ殿下が――




「皆の者。これより卒業パーティを開始するが、その前にひとつ『重大な告知』をさせてもらおう。聞いてくれ!!」


あぁっ!?

あの馬鹿このタイミングかよ!?


「私、王太子ユードリヒ・フローレンは、ミレーユ・ガスターク侯爵令嬢との婚約の破棄をここに宣言する!」


乾杯前に破棄宣言とか!?

ここは「はい、かんぱーい」って盛り上がる場面なのに!?

皆ワイングラスを持ったまま、どうしたらいいか分からなくて固まっちゃってる。

びっくりしてワインこぼしちゃってる人もいるし。かわいそうに……。



トチ狂ったタイミングで、とうとう私達の戦いの火ぶたは切って落とされたのだった――。



==========





決戦。卒業。などなど書いていますが、この物語はまだ序盤。ストレスフリーでサクサクひっくり返します!


引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。

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