【1*】-7 裏切りの兄?
「私、王太子ユードリヒ・フローレンは、ミレーユ・ガスターク侯爵令嬢との婚約の破棄をここに宣言する!」
乾杯前に破棄宣言とか!?
空気を読めない王太子殿下が、びしりと私を指さした。
「ミレーユ・ガスターク! お前はアイラ・ドノバン男爵令嬢に、数々の悪辣な行為を働いた! 貴様のような卑劣な女は、王太子妃として不適格である。よって、婚約破棄を申し渡す!!」
こいつ、ありもしない罪を堂々と引っ被せてきやがった。
ゲームの台詞と同じ過ぎて、ドン引きしてしまう。
私が2年もかけてゲームとは違う行動を積み重ねてきたというのに、まさかゲーム通りのセリフで断罪されるとは。
「ミレーユ、この場でひざまずき謝罪しろ! アイラはお前のせいでひどく傷ついている」
殿下の声と同時に、人だかりの中からおずおずと現れたアイラが、殿下の一歩後ろに立った。
大きな瞳を不安そうに潤ませて、おびえた目で私を見ている。
……はぁ。溜息をつきたくなった。
「私がアイラ様に悪辣な行為を? それは具体的には、どのような」
「しらじらしいぞ、ミレーユ。貴様はアイラを蔑み、常日頃から心無い暴言を浴びせ続けてきただろう!」
「浴びせておりませんわ。ご列席中の皆さまで、私がアイラ様に暴言を吐くところを見た方はいらっしゃいまして?」
生徒たちは顔を見合わせ、「見たことがない」をうなずいている。――当然だ。
「誰もご覧になっていないようですが?」
「そ、それは人のいない場所で、お前が陰湿にいじめていたからだ! 事実、アイラは罵詈雑言を浴びせられたと証言している。証拠を残さず悪事を為すとは、なんという卑怯者だ!」
お前の蛮行は、まだまだあるぞ! と殿下は言いつのった。
「二年次の進級パーティの日! 私が友人であったアイラと語らっていたとき、お前は『浮気』だなんだと騒ぎ立てて邪魔してきた! 夫となる者の友人関係に干渉するなど、婚約者失格だ」
「邪魔しておりません。お二人が庭園で熱心に何かを為さっていたので、私は黙って立ち去りました。……そのあと、私を引き留めて『誤解だ!』と騒ぎたてていらしたのは、殿下とアイラ様でしてよ。私の友人たちが、証人になってくれるはずです」
人だかりを割って、日頃から親しくしている令嬢3人が現れて「そうですわ!」と賛同してくれた。
味方が多いと、心強い。
「お、往生際が悪いぞミレーユ! しかしお前は、アイラの私物を盗んだだろう!? その他の悪事を含め、きちんと証人を押さえてあるんだ!」
得意げな顔でそう言うと、ユードリヒ殿下はサッと右手を挙げた。
ビン底眼鏡の冴えない風貌の令息が現れる。彼はジンデル男爵家の三男で、生徒会の庶務を務めていた生徒だ。
ジミー・ジンデル令息は、ぴるぴると震えながら手元のメモを読み上げる。
「ぼ、ぼく、男爵令息ジミー・ジンデルは証言します……。3月1日、放課後16時、ミレーユ・ガスターク嬢が教室でアイラ嬢の机から、魔導学の教科書を持ち去っていきました」
ジミー氏めっちゃ緊張してる。
横から王太子が「もっと大きな声で!」と檄を飛ばしていた。
「ジンデル男爵令息の証言は、他にもあるぞ。さぁ、続けたまえ」
「は、はい。10月31日、放課後17時。生徒会室からひとり出て行くミレーユ嬢の姿を目撃しました……。ミレーユ嬢は、手に封筒を持っていました。翌日の午前にぼくが生徒会費の集計をしたところ、金額が3000イェーネずれており、ミレーユ嬢が横領したことは明らかです」
侯爵令嬢が教科書とか、お小遣いみたいな小銭を盗んだりするものか。
馬鹿らしいなと思いつつ、アリバイを証明するために記憶をたどっていると――
「異議あり!」
颯爽と現れた長身の美男子は、宰相閣下の長男であり元生徒会長のクロムウェル侯爵令息……別ルートの攻略キャラである。
「私、元生徒会長クロード・クロムウェルがミレーユ嬢の潔白を証明します。月度末である10月31日は生徒会室で定期会議を行っており、『放課後に生徒会室が無人』という状況自体が発生しません。ジンデル令息の虚偽は、容易く立証することが出来ましょう」
元生徒会長は、冷たい瞳でジンデル令息を見つめた。
「そういえば当時、生徒会予備費が3000イェーネずれるトラブルが発生していたな。ジンデル令息、あとで詳細を聞かせて貰おう」
「ひっ……!」
ざわつくパーティ会場のなかから、野性味あふれる銀髪の男子学生が進み出てきた。彼もまた、別ルートの攻略対象だ。
「3月1日の証言なら、俺がしますよ。ミレーユ嬢はその日、俺らペタンク部員と一緒にカフェで祝勝会やってました。だから放課後の教室なんかにいる訳がねぇ」
彼は騎士団団長の息子にして廃部寸前だったペタンク部を超強豪へと成長させた天才ペタンカー、ガイル・ルヴェイユ侯爵令息だ。
ちなみに父親との軋轢でくすぶっていた不良少年の彼を、ペタンク部に強制入部させて更生させたのはこの私である。
……余談だが、ルヴェイユ侯爵家は三大派閥のひとつ『
絶世の美男かつ有力者であるクロードとガイルの両名に睨まれて、瓶底眼鏡のジンデル令息は震え上った。
「ひ……ひぃぃ、ごめんなさい殿下!! やっぱり、ぼくにはこんな大役ムリです」
あぁ……、ジンデル令息、泣いちゃった。
「殿下からいただいたお金はお返ししますから。もうこれ以上ムリです……うその証言なんてぐももごも」
「黙れ貴様こらっ」
鬼の形相で彼の口を塞いだユードリヒ殿下。……彼、『うその証言』って言ってませんでした?
はぁ、と溜息が思わずこぼれる。
でっちあげの証言をされる可能性くらい、私はもちろん予測していた。
だから毎日なにかしらのアリバイを残すようにしたし、いざというときに助けてくれる仲間も増やしてきたのである。
実際、何人かの生徒が『殿下に偽の証言を求められたけど、断ってきました!』と私に密告してくれた。
周囲への配慮もなく二人きりでしっぽりやっていた王太子とアイラは、孤立無援でマトモな仲間もいないのだ。
……というか、男爵令嬢と遊び呆ける王太子を前々から疑問視していた生徒は多かった。
「くそっ、卑怯だぞミレーユ!」
「どこが卑怯ですか」
「卑怯ではないか、根回しで他人に擁護させるとは! 自分の力で正々堂々戦え!」
「いえ、最初に証人を持ち出してきたのは殿下でしたよね」
「口答えするな! その陰湿な性格が気に入らないんだ! よって、お前の人格的欠陥を鑑みて婚約破棄を申し立てる!」
あくまで、私の有責に持っていきたいらしい。
「お前のように歪な人格の女を王太子妃にしたら、この国の未来が危ぶまれる! 王太子妃に相応しいのは、アイラのように誠実な女性だ!」
「ユード様……!」
自信たっぷりに言い放つ殿下。感動して目を潤ませているアイラ。
どこまでも煩わしい。
「つまり殿下は、この婚約破棄は私に問題があるせいだ――と。そして王太子妃として適任のアイラ嬢と婚約を結び直す意向だと。そういうことですね?」
「そうだ」
「ではその旨は、私ではなく国王陛下にお伝えくださいませ」
ユードリヒ殿下がぴくりと眉を吊り上げる。
「王家と貴族の婚約は、国益を鑑みて家と家とが結び合うもの――私個人に婚約破棄を申し立てるなど論外ですわ。王命であれば、私に異論の余地などございません。なので、今すぐにでも国王陛下をご説得くださってはいかがです? ……もっとも殿下のお話に、陛下を納得させるだけの説得力があるかは存じ上げませんが」
そもそもの疑問ですが――と私は冷めた目で殿下とアイラを見た。
「ユードリヒ殿下は、男爵令嬢に過ぎないアイラ嬢をどのように王太子妃へ押し上げるおつもりですか? 家格が低すぎますし、王妃教育も受けておりませんでしょう? そんな女性を王太子妃にしたら、国政に支障が出ると思いませんか? そのあたりも含めて、陛下をどうご説得なさるのです?」
アイラの顔が曇った。家格と教養が足りないことは、さすがに自覚しているらしい。
しかし殿下は「心配いらないよ」とアイラの肩を抱いた。
「ふん。その程度のことは承知している。だが私には、とっておきの秘策があるのだ!」
アイラが安堵したように、殿下の胸に顔を埋める。
次の瞬間、ユードリヒはとんでもないことを言い出した。
「ミレーユ、本来ならお前など視界に入れるのも煩わしい。しかしお前のずる賢さには、一定の評価をくれてやる。だから、
はい???
王太子は語った。
「アイラには清らかな心と人心を掌握する才能がある。しかし王妃教育を受けておらず男爵家という家格では、王妃に就任したとき役目を果たし切るのは難しい。そこで将来的にはミレーユを我が側妃に迎え、政務の一切を任せてやろう! 思う存分働くがいいぞ」
……ええと。
この国の法律では、国王のみが二人以上の妃を持つことを許される。
最初に娶る妃が『王妃』。
二人目以降は『側妃』と呼ばれ、立場も権限も王妃に比べて圧倒的に弱いのだけれど、王妃の政務を一部代行する場合がある。
ちなみに妾は王族・貴族問わず自由に取れるけれど、妾には政治的な権限は与えられない。
「お前は側妃となり、その頭脳をもって王国と私を支えるのだ。これなら、何も問題あるまい!」
ユードリヒは王太子なので、今は一人の女性としか婚約できない。
ゆえに私とは婚約破棄するが、労働力として側妃枠にキープしておきたい……と??
(……なんだこいつ)
ゲームにも『側妃発言』は出てこなかったのに。
この王太子、なんでここまで残念な仕上がりになっちゃったんだろう。
私も周囲もドン引きだ。
殿下の胸に抱かれるアイラでさえ、「は??」っていう顔で王太子を睨んでいる。
「……私を側妃に? ご乱心遊ばれましたか、殿下。まったく、ガスターク家への侮辱も甚だしい。公然の場でそのようなことを申されては、臣下の心も離れてしまいますよ?」
えっ、と意外そうな顔で殿下は周囲を見回した。「殿下って、最低……」「さすがに身勝手すぎるだろ……」そんな囁きが、あちらこちらで聞こえている。
「な、なぜだ!? これほどの良案は他にないというのに……!」
……どこがグッドアイデアですか、このバカ太子。
役に立たない王太子を押しのけて、今度はアイラが最前に出た。
「ミレーユ様って、やっぱりズルい人ですね! 今はわたしの話じゃなくて、『ミレーユ様が王太子妃にふさわしいか』というお話でしょう!? 話題をすり替えないでください!」
と、強引に話題を引き戻してきた。
「ミレーユ様は王太子妃にふさわしい女性じゃないわ! だってわたしが贈ったお花を、踏みつぶして捨てちゃったんだから!!」
……来た。
いつ指摘されるかと思っていたが、とうとう花束のことを言われた。
ゲームでも、ミレーユの愚行として花束の話題は上っていたし。
贈られた花を拒むのは、この国の建国神話に背く最悪の行為。
「わたし、悲しくて悲しくて……」
「その件については、すでに謝罪をしておりますが」
王太子がニヤリと笑って言いつのる。
「お前の謝罪ごっこなど、アイラは受け入れていないぞ! 花を踏み捨てるのは蛮族以下の行いだ。そのように無教養な女は、やはり王太子妃にはふさわしくない!! 貴様との婚約を破棄するに十分な事由となるはずだ」
にわかに、会場から冷たい視線が私にも注がれた。
事実、私は彼女の花を拒み、踏みにじった挙句にゴミ箱に捨てるという感情任せの愚行を犯した。
たった一度の愚行と、それを打ち消すように積み重ねてきた2年の善行。
天秤はどちらに傾くだろう?
普通に考えれば、皆に実益をもたらした2年のほうが有利なはずだ。
でも、正しいほうが正しく評価されるとは限らないのが世の常。
神話や慣例というものには、理屈をねじ伏せる説得力がある。
妙な政治力が働けば、一気に私の不利へと追い込まれることも十分にあり得る――
そのとき。
「鎮まれ、皆の者。これは何の騒ぎか」
パーティホールの入り口に、厳かな声が響いた。
卒業パーティにいるはずのない国王陛下が、そこにいた。
全員の目が驚愕に見開かれ、その場にひざまずく。
陛下に続いてホールに入ってきた人物を見て、私は眉をひそめた。
(……お兄様?)
国王陛下とともに登場したのは、私の兄ミラルド・ガスターク侯爵だったのである。
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