【1*】-8 王太子とヒロインの結末

陛下に続いてホールに入ってきた人物を見て、私は眉をひそめた。


(……お兄様?)


国王陛下とともに登場したのは、私の兄ミラルド・ガスターク侯爵だったのである。

お兄様は記念式典に参加せずに王城へ向かい、国王陛下をお連れしてきたのだろうか。

……でも、何のために?



「これはなんの騒ぎか、と聞いておる」

ユードリヒ殿下がアイラの肩を抱いているのを見た国王陛下は、眉間にしわを寄せた。


「まさかとは思ったが……ガスターク侯爵の話は事実だったようだな。ユードリヒ、お前は何をしておる」

「父上……」

強張った顔で、殿下が答える。

「私は、ミレーユ・ガスターク侯爵令嬢との婚約を破棄する所存です。父上には、ミレーユへの通告を済ませたのちにご報告する所存でした」

「なんだと?」

「ミレーユはワガママな卑怯者。人格的な欠陥が多く、王太子妃が務まる器ではありません。それゆえミレーユとの婚約を破棄して、真にふさわしい女性を王太子妃とするべきです」

ユードリヒ殿下に続いて、アイラも国王陛下に訴える。

「そうですわ、国王陛下! ミレーユ様は私が贈ったお花を捨てちゃったんです! そんな侮辱をする女性が、この『花の国』の王太子妃になるなんて、おかしいわ!」


「花を踏んだ? ミレーユ嬢、それはどういうことだ」

と国王陛下は私に問いただそうとした。

……これは少し、マズい流れになってきた気がする。


私が顔を曇らせて正直に答えようとしたとき、兄が「恐れながら――」と声を差し挟んできた。


「我が妹ミレーユは、ドノバン男爵令嬢に花束を贈られたことに激怒して踏みにじったのです。嘘偽りなき事実であることは、私が確認しております」


谷底に突き落とされたような気持ちになった。

お兄様はやはり、アイラの味方だったのか……。


兄の声が、朗々と響き続ける――

「実は私は本日、ドノバン嬢が妹に贈ったのとを用意して参りました。王太子殿下並びにアイラ嬢へのとして、お贈りいたしたく存じます」


ぱちり、と兄が指を鳴らすと、白い大きな花束を抱えた何十人もの給仕たちが、ホールの中へと入ってきた。

給仕たちは王太子とアイラにそれを手渡し、受け取り切れない花束は、足元に積み重ねられていった。

アイラはなぜか、顔が真っ青になっている。

大量の白い花束。

バラに似ているけれど少し違う、私は名前も知らない花。

それにしても、兄の用意した花束は異様なほどに大量だ。

まるで、なにかの意図があるかのようで――



国王陛下は花を見て、不愉快そうに顔をしかめた。

「これは……『死別花』ではないか!」

「陛下のおっしゃる通りです」

……死別花? 何の話をしているの?


兄は周囲に見せつけるように、花束のひとつを取って高らかに掲げた。

「これは『死別花』――平民階級の者たちが、死者の棺に詰めて弔うための野草です。ドノバン嬢はこれを、我が妹に贈りつけたのです」

「それは大変な非礼だな」

国王陛下と兄が、蔑みの視線でアイラを射抜く。

アイラはびくりと肩を強張らせた。

「い、いえ、違います! わたしが贈ったのは、ただのバラで……。お葬式の花なんて、贈るわけないじゃないですか――」

「ふん、見え透いた嘘を」

ゴミを見やるような目をして、兄が遮る。


「ドノバン嬢は以前、私に『行きつけの花屋』を教えてくれただろう? ミレーユの誕生日に君は、その店で『死別花』の花束をオーダーしていた――店の帳簿で確認済みだ」

アイラは口をパクパクさせていたかと思うと、

「……っ! だ、騙したのねミラルド!」

と悔しそうに毒づいている。


何が何だか分からない。

私は、お葬式用の花をプレゼントされていたの……?


国王陛下の怒号が響く。

「こんな花を渡されたら、ミレーユ嬢が激怒するのは当然であろう! わざとミレーユ嬢を焚き付け、揉め事を起こさせたのか。卑劣なのはそなたのほうだ、ドノバン嬢」


アイラはその場にへたり込み、ユードリヒ殿下はよく分からないといった顔で立ち尽くしている。


「まったく嘆かわしいことぞユードリヒ! そのように浅はかな小娘に熱をあげるばかりか、瑕疵のないミレーユ嬢に言い掛かりをつけるとは。ミレーユ嬢は学業に励む傍ら、学内外にて多大なる功績をあげてきた。その間、そなたは一体何をしていた?」


「ち、父上、私は……」


「ガスターク侯爵より報告は受けておる。お前はそこの男爵令嬢と遊び惚けていたそうだな。お前のように愚かな者に王位を預けるわけにはいかん! 第一王子ユードリヒは廃太子とし、第二王子リゲルを新たな王太子と為す」


「リゲルを!? ま、待ってください、あいつはまだ5歳ですよ?」

「5歳でも貴様より遥かに賢く、思慮深い。つまり貴様は5歳以下だ」

「は、5歳以下!? 嘘でしょ父上、私の方が絶対に利口です。お願いだから考え直してください、どうか父上――がふっ!?」


みっともなく取り縋ろうとするユードリヒ殿下を、国王陛下は容赦なく錫杖で打ち据えた。

「この恥曝しが!! ユードリヒ、貴様は王都外追放とする。そこの男爵令嬢も同罪だ! 衛兵、両名を引っ立てよ」

「「ひぃぃぃぃ!!」」

衛兵に取り囲まれて、ふたりがパーティホールからつまみ出されていく。

「や、やめろ! 私は王太子だぞ」

「放してよ! わたしはヒロインなのよ!? 追放されるならミレーユのほうでしょ!?」

気が触れたように騒ぎ立てる2人のことを、周囲は嫌悪感も露わに眺めていた。


と、アイラが人だかりの中の老婦人に目を留め、顔を輝かせた。衛兵に抵抗して、老婦人へと手を伸ばす。


「おばあ様! あなた、メルデル女公爵よね!? わたしを助けて!!」


ゲームと違って、この世界ではまだ出会ったことさえないのに。

メルデル女公爵は「は?」と言いたげな目をして、口元を扇で隠している。


「おばあ様! わたし、実はあなたの孫なの。だから助けて!! あなたの息子のパウエルが、平民の女と駆け落ちしたでしょ!? それでデキた子供がわたしよ! パウエルとわたしの顔、似てるでしょ?」

とんでもない爆弾発言だ……世間ではパウエルは病死したことになっているのに。


メルデル女公爵が抗議の声を上げた。

「なんと無礼な! 当家を侮辱するつもりなら、許しませんよ! 衛兵、早く引っ立ててくださいませ」

「そ、そんなぁ!」

「おい、やめろ私の腕をひねるな! やめろぉお!」

「ぎゃああ痛い痛い痛い、やめてー!」


パーティホールから引きずり出されたふたりの声が、徐々に遠去かっていく。

国王陛下が、兄と私に呼びかけた。


「ガスターク侯爵ならびにミレーユ嬢。この度の非礼、王として深く謝罪しよう」


そして、陛下は、婚約の解消とガスターク家への賠償を約束してくれた。


「詳細は追って決定しよう。ミレーユ嬢、取り急ぎ申し伝えたいことはあるか。そなたの要望は最大限聞き入れたい」

と言われたので、私はひとつだけ要望を出すことにした。


「ユードリヒ殿下が乾杯の合図をせずに退場されたため、まだパーティが始まっていません。当家へのご配慮は後日で構いませんので、どうかパーティを始めてあげてくださいまし。皆さん、お待ちかねです」


私の声に、卒業生たちが歓声を上げる。

乾杯の合図を国王陛下にお願いして、私は帰ることにした。

……今さらパーティなんて、出る気分じゃないし。


お兄様のエスコートで、パーティホールを去っていった。


================





方向性をネタバレするのが心苦しいのですが、この物語の断罪はまだまだ終わりません。王太子とヒロインは追放後に不正侵入して大事件をやらかすので、この回のざまぁは、まだ『第一段階』です。


「ざまぁ終わったから離脱しよう」と思われた方、この後2段目のこっぴどいざまぁが来るので、面白そうなサブタイトルの回だけでもお付き合いいただけたらと!

(^^)


今回は、ざまぁ特化型ハッピーエンド。

見届けていただけましたら幸いです!

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