5 after【New 8】悪役令嬢4人衆。その後……。(前編)



――爆破未遂事件から、1か月半が過ぎた。

私ことミレーユ・は、不慣れな生活にすっかり疲れきっている……。


(……いや。いやいやいや。普通に考えておかしいでしょ。なんで悪役令嬢の私が、伯爵位なんかもらっちゃったの? この世界で出世魚しゅっせうおみたいに成り上がっていくのは、ヒロインのアイラだったはずでしょう?)


ところがアイラは、男爵令嬢から平民落ちした挙げ句、国家反逆者になるという見事な転落人生の果てに断頭台へと消えていった。


……推し活だけできれば、他にはなにも要らないと思ってたんだけどなぁ。

目まぐるしく変わっていく生活に、翻弄されるばかりである。


「ミレーユ様。お召し替えが済みました」

というメイドの声を聞いて、ハッと我に返った。



ここは私の屋敷のドレスルーム。

私は今、お出かけ前の着替えをしている真っ最中だったのだ。

「あら、私ったらボーっとしてたわ。ありがとう」



今日はこれから、学園時代の親友たちに会いに行く。

ノエルにはお留守番をしてもらって、私はひとり馬車に乗り込んだのだった――。



   *


これから向かうのは、クレスディ伯爵家のタウンハウス。

学生時代の親友のひとり、エリン・クレスディ伯爵令嬢の住むお屋敷だ。


(……最初は、彼女たちはただの『悪役令嬢ミレーユの取り巻きA・B・C』だったんだけど。私が前世の記憶を取り戻したあと、仲良し4人組になれたのよね。懐かしいな)


卒業したのはまだ数か月前だというのに、学園生活が遠い昔のように感じる。


ソフィ・ネール侯爵令嬢。

クレア・エマルド伯爵令嬢。

エリン・クレスディ伯爵令嬢。


この3人は、ゲームではそれぞれ3人の攻略対象の婚約者であり、各ルートの悪役令嬢だった。


つまり。

ソフィは、騎士団長の息子ガイル・ルヴェイユ侯爵令息ルートの悪役令嬢。

クレアは、宰相の息子クロード・クロムウェル侯爵令息ルートの悪役令嬢。

そしてこれから屋敷にお邪魔するエリンは、アイザック・オルトン子爵令息ルートの悪役令嬢である。


しかしこの世界は基本的には王太子ルートで進行していたため、彼女ら3人は破滅することなく、それぞれの婚約者との関係を育んでいる。

しかも『取り巻き』だった頃に比べて、3人とも思いやりのある優しい女性になっていた。

全員、婚約者との仲も良好だと聞いている。


今日はエリンのお屋敷で、4人そろってガーデンパーティをすることになっている。

卒業以来、初めての女子会だ。

親友たちに会えると思うと、溜まっていた疲れがちょっぴり和らいできた。


   *



「ひさしぶりねミレーユ! ソフィとクレアも、ついさっき来たところなのよ」

エリンは私を笑顔で出迎え、ガーデンパーティの準備ができた中庭へ案内してくれた。


「まぁ、ミレーユ!」

「会いたかったわ!」

中庭に着くと、ソフィとクレアが私のもとへ笑顔で歩み寄ってきた。


元・悪役令嬢4人衆の集結だ。

ちなみに、お互いを『様』付けで呼び合ったり敬語を使ったりしていたのも遠い昔のこと。

第二学年の途中から名前で呼び合う仲になり、敬語も自然となくなっていた。


懐かしい3人を見て、私の顔には自然と笑顔が咲いていた。

「3人とも元気そうで嬉しいわ!」


でも、3人は私の顔を見て心配そうな顔をしている。

「ミレーユは……ちょっとお疲れ気味みたいだけれど」

「そうね、今日のミレーユは少しお顔の色が優れないかも……」

「いろいろなことがあったものね……」


なぜかしんみりする3人。――なぜに?

「ユードリヒ元殿下の件。つらかったでしょう、ミレーユ」

「まさか隣国と結託して国家反逆を図るなんて。どこまでも卑劣な男……!」

「しかも、あの女も共犯だったなんて。……あのピンク、思い出すだけでも忌々しい」


思い出しているうちに、彼女ら3人はイライラしてきたらしい。


「こんなことになるなら、在学中にあの二人を徹底的に懲らしめてやれば良かったわ!」

「本当ね! 再起不能になるまで潰しておけばよかった」

「ええ。国家反逆の芽は即座に摘み取るべきだったわね……」


凶暴な色に目をぎらつかせ、怒気を噴き上げる彼女ら3人。

わぁ。悪役令嬢っぽい……。


「お、落ち着いて。3人とも。過ぎたことなんだし、もう良いじゃない。結果的には騒ぎは未然に防げたわけだし。この件をきっかけに外交も有利に進んでいるし、国内の貴族にも協調ムードが高まっていると聞いたわよ?」


雨降Afterってa storm地固comesまるa calm。って言うでしょう? と私が言うと、エリンは怒りを鎮めるようにうなずきながら答えた。

「……まぁ、確かに。ミレーユの言う通り、悪い事ばかりじゃあないのかも」


ソフィとクレアも賛同してくれる。

「それもそうね。ユードリヒ事件の解決で、ミレーユが伯爵位を賜ることになったんだもの。親友として鼻が高いわ」

「それにエリンの婚約者のアイザック様も、陛下に褒賞されていたわね!」


クレアに言われて、エリンが気恥ずかしそうに視線をさまよわせる。


「ユードリヒが仕掛けた爆弾を、アイザック様が無効化なさったんでしょう?」

「その功績でアイザック様は、王立研究所の特任化学博士になられたのよね? おめでとう!」


エリンは、どこか居心地が悪そうだ。


「か、彼の話は、べつにしなくて良いから……。ところで皆、そろそろパーティを始めましょう」


エリンは私達に着席を促した。

アイザックの話題を避けようとするエリンを見て、私はふと思い至った――



(しまった。もしかして私、エリンの婚約者アイザック・オルトンが得るはずだった爵位を横取りしてしまったのでは……?)


ゲームシナリオの設定を思い出し、ものすごく気まずい気分になってしまう。


(もしかして私のせいで、エリンがアイザックと不仲になってたり……してないよね!?)



ガーデンパーティが始まるなか、私は背中に冷たい汗をかいてシナリオ設定に思いを巡らせていた――。

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