第34話 山の上と満月

(山の上と満月)


「おかあさんー!」

 真理子は、頂上から、急な階段を上って来る加代に手を振った。


 加代も手を振ったが、その足取りは重かった。


 真理子は、待ちきれない様子で階段を駆け下りて、迎えに出た。


「……、遅かったわね……」


 加代は、息を切らせながら……


「誠さんと愛を確かめながら来たのよ……」


「それは、よかったね……」


 誠も加代に合わせて……

「ブランクがあったわりには、よく登ってこれたよ!」


「東京に居た頃では、多分登れなかったわ。今は毎日、農園で働いているからねー、自然と体力も付きますよっ!」


加代は、荒い息の中、更に大きくため息をついた。


「偉い偉い、……」と真理子はちゃかす。


 頂上では、雪子と武が三人を見降ろしていた。


「……、いい家族ね……」

 雪子は、ぽつりと言った。


「……、……」

 武は、何も言わなかった。


「武も鈴子さん、連れて登りに来れば……」


「……、小学校四年生までは、三人でよく来ていたよ。五年生になってサッカーやるようになって、山に登る暇がなくなった……」


 武は、下の家族三人を見つめながら言った。


「将さんは、もう登れないわ……、たまには鈴子さんと登りに来てあげてよ。お母さん、山、好きだから……」


 雪子は、遠回しに将の命の短さを告げた。


「……、分かっているよ!」


 しばらくして、真理子たちは頂上に着いた。


「やっぱり、山はいいわねー! この景色……」


 加代の清々しい笑顔が、この天上の世界よりも美しく見えた。


 太陽は、少し斜めに陰っていたが、珍しく風のない山頂で、青空が気持ちよく広がっていた。


 加代は、改めて周りを見回した。


「今日は満月ね、きっと月の光に輝く山々を見られるわ」


 加代は、疲れも忘れて、ご機嫌だった。




その夜……


 加代と誠は山荘の前のテラスに連なる、4人掛けのテーブルに向かい合って座っていた。


「満月が綺麗ねー! あれから、何年経ったのかしら……、この風景は、変わらないのねー」


「自然の営みに比べたら、人間の時間なんてあっと言う間に終わってしまうよ……」


 誠は、携帯コンロに火をつけてお湯を沸かした。

 コンロの青い炎が美しく温かく見えた。

 外は夏と違い寒く、ダウンジャケットなしではいられない。


「でも、今、振り返ると長かったわ……、辛い時間ほど長く感じるのかしら……」

 

 加代は、満月を仰ぎ見ていた。


「都会の生活が嫌だったって言っていたね……」


「もう、最初から、あの人の多さにも、高いビルにも、車の多さにも、騒音の多さにも、もうーうんざり……」


「いい所は、全然、無かった……?」


「そうよ、それで探したのよ……、私が好きになれるところ……、それで見つけたのが、別れた旦那……」


「……、そう」

 誠は、ひとこと言っただけだった。


「優しい人だと思った。企業家で、ITの会社で、かなり優秀だったと思うわ。良く彼を知る前に出来ちゃった結婚しちゃったから……」


「……、そう」


 誠は、コーヒー豆をミルで挽いていた。


「忙しい、忙しいで、結婚式もなかったわ……、今思えば、何か披露できない理由があったのかもしれないけど……」


「……、そう」


 誠は、挽いた豆にお湯をゆっくり少しずつ注いでいた。


「……、いい香りねー、十五年前にはなかったわねー」


「そうだね……」


「でも、住居は、都会の高級マンションで、周りのビルが低く見渡せるのよ……」


「そんなに高いビルなら、山の上の生活みたいじゃないか……?」

 

 誠は、コーヒーを二つのカップ注いでから、一つを加代の前に置いた。


「そう、そうなの! 夜なんか、山から街を見るような夜景で、イルミネーションみたいで綺麗よー! 何一ついい所がない都会だったけど、この家だけは良かったわー、だから十五年も居られたんだと思う……」


 加代は、そう言って、コーヒーカップを口に運んだ。

 月明かりが、二人とコーヒーカップを照らしていた。


「誠さんは、海外、どうだったの……?」


「僕は、最初はカナダロッキー山脈の麓、カルガリー、バンフ、それとアメリカ、バーモンドとホテルを転々として、英語を学ぶことと仕事で、あっと言う間に五年は過ぎたよ……」


 誠も、カップを取って、コーヒーを口に運んだ。


「最初は、カナダだったのねー、いい所だった?」


「そう、今でも一生住みたいと思っている場所だよ。ちょうど今は多分、ロッキーあたりは紅葉の盛りだよ! 森が見渡す限り、一面真っ赤になる、赤というよりオレンジと黄色かな、見事だよ! バーモンドでは、街の人と蜜ロウでキャンドル作るんだ。寒さですぐにロウが固まるから、紅葉の盛りのこの時期に作るんだ……」


 誠は、その場にいるように、とても生き生きと嬉しそうに話している。


「……、ここよりもー?」


「いや、十五年ぶりに帰って来て、思ったのは、やっぱり日本がいいってことかなー、特に山の近くのこの町がいい……」


 誠は、加代を見て言った。


「私と同じね……」


 加代は、コーヒーカップを持って、満月に輝く山を見ていた。


「それから、ヨーロッパ、スイス、やっぱりフランス語ドイツ語、勉強することで、あっと言う間に五年は過ぎたよ。語学の勉強と仕事で遊ぶ暇なんてなかったよ……、残りの五年は、山岳ガイドやホテルマン、シェフとしてもやっていけるようになったよ……」


「……、苦労したのねー」


「……、お互いにねー!」


 誠は、コーヒーカップを持って、月明かりに照らされている加代をじっと見ていた。


「でも、そんな高級マンションに住んでいて、眠れなったのかい……?」


「それも、すぐに慣れるのよ……、真理子が手にかかるときは、夢中で子育てやっていたので、気づかないでいたことも、手を離れるようになると、嫌なことが、だんだん湧き上がってくる感じ。お父さんが、肺がんで亡くなって、お母さんが倒れたりして、こちらに帰ってくるようになると、余計に都会の嫌なところが気に掛かってきて、イライラするようになるの……」


「そうなんだ……、お父さんは、早くに癌で亡くなったんだね……、僕に養子になってくれって口癖だった……」


 誠は、一口、コーヒーを飲んでカップを置いた。


「それで、許せなかったのは、お父さんが悪くて、私が実家に帰っていたとき、真理子が一人だから、絶対家に帰って来てって言ったのに、帰ってこなくて真理子を一人にしたこと、まだ小学校四年生だったのよ、夜、電話して、ご飯食べたのって訊いたら、コンビニでお弁当食べたから大丈夫っていうのよ、それを聞いて、もうー涙が出たもの……」


「……、そう」


 誠は、満月に輝く山を見つめながら、そっと話している加代を横目で見た。


「それが、始まりね……、それで、だんだん気が付くようになるのよ、他に女がいるって……、それで、ますますイライラして、落ち着かなくなり、眠れなくなるのよ……」


 山にいたせいかもしれない。


 満月に照らされたせいかもしれない。


 加代は、懺悔するように、誠に自分の一番つらい時期の話をしていた。


「……、お父さんの怨念かもしれないわねー!」


 加代は、誠を見て言った。


「怨念……」


「そう、あいつ、一度も私の実家に来なかったのよっ! お母さんなんか、未婚の母じゃないか心配していたから……」


「……、そう」


 誠は、ひとこと言っただけだった。


「お父さんも、何も言わなかったけど、心配していたと思う……」


 加代は、そっと視線をテーブルに落とした。


「それで怨念……?」

 誠は、加代の言った言葉を繰り返した。


「……、そんな気がしない? お父さんの病気で、あいつの不実に気がついたし、別れて、こうして誠さんと一緒にいるのも、お父さんの望んだことだから……」


「そうかも知れないね……」


 誠は、加代をじっと見ていた。

 加代も、誠をじっと見ていた。


「きっと、お父さん、喜んでいるわ……」


 誠は、加代をじっと見つめて言った……

「……、誰よりも、幸せになろうー、二人で……」


 加代は笑って言った……

「誠さん、それってプロポーズ、……?」


 満月は、昔も今も、変わらず、山々を美しく輝かせていた。



「お二人さん、いい夫婦に見えるわよっ!」

 真理子が二人を見て冷やかした。


 雪子たちは、満月が銀色に照らされている山々を見ながら、散歩して、今、帰ってきたところだった。

 加代も以前来た時のように、満月の散歩を楽しみたかったが、年のせいか、それとも昼間の疲れか、帰りの登りを考えると足がすくんだ。

 それで、誠さんと誠さん持参のコーヒーを飲みながら、山荘のテラスで三人を待つことにしたのだった。


「あらー、何を言っているのよっ! 今、誠さんにポロポーズされたところなのよっ!」

 加代は、嬉しさいっぱいの笑顔で三人に暴露した。


「……、加代さん、あまりそう言うことは、みんなに言わないほうが……」

 誠は、恥ずかしそうに視線を反らした。


 真理子は、加代の横に座って誠を見た。

 雪子は、誠の横に座った。

 武は、隣のテーブルの隅に座った。


「えー、えー、なんて言ったのー?」

 真理子は、冷やかすようにしつこく訊く……


「……、二人で誰よりも幸せになろー、てっ!」

 恥ずかしげもなく、加代はとびっきりの笑顔で言った。


「えー、えー、普通じゃんっ! もっとカッコいい言葉で言ってよー」

 真理子は、笑顔で不満顔。


「どんなふうに、……?」

 ようやく、加代も少し照れながら、誠を見ていた……


「そうねー、この満月に誓って幸せにするよ、とかっ!」

 真理子は、加代の腕にしがみつき、誠を見て言った。


「あらー、大変、愛が欠けていっちゃうじゃないっ!」

 加代も誠を見て、更に笑っていた。


「大丈夫よ、十五日たてば、また元の満月に戻るからっ!」

 真理子は、待っていたように、さらりと言った。


「……、いいわねー、そんな愛も……、いつも新鮮な愛だね!」


「僕は、愛に疲れそうだよ……、でも、まだ返事はもらってないけどねっ!」

 誠は、少し笑いながら、嬉しそうにしている加代をじっと見ていた。


「じゃー、私から、この満月に誓って、真理子に誓って、雪子ちゃんにも誓って、武さんにも誓って、誠さんと結婚しますっ!」


「……、お母さん、やったねっ!」 





 山荘では、個室は女性軍が奪い取って、武と誠は一般登山客と同じ相部屋に追いやられた。

 

 雪子と真理子は、部屋に布団を曳くとリュックから浴衣を出して、そのまま裸になって浴衣を着た。

「あんたたち、浴衣なんか持ってきたの……?」


「やっぱり、寝るときはこれじゃーないとねー」と真理子。


「私、持ってきてないわー!」


 加代は、昼間の疲れが出てきたのか、服を着たまま、布団の上で横になって二人を見ていた。


「加代さん、大丈夫よー! 寝るときは、いつも浴衣なんか着てなくて、裸だから……」


 雪子は、加代の寝ている横に座って……


「わたし、服、脱がしてあげる……」


「……、嬉しいわ……」


 加代は、そう言って仰向けになった。


 雪子は、加代のショートパンツのベルトのフックを外して、脱がし、サポートの入ったトレールタイツも力を入れて脱がした。


「加代さん、ティーバックね! 喰いこまない?」


「喰いこむほどのティーバックじゃないから、動きやすいのよ!」

 

 加代は、起き上がり自分からティバックを脱いで雪子に見せてから放り投げた。


「わたし、加代さんのおっぱいしゃぶりたい、わたしのより大きいって、真理子が言っていたもの……」


「あら、そうー、雪子ちゃんもなかなか大きいわよー! いつも真理子がしゃぶっているんでしょう……」


 加代は、自分からハイネックシャツのファスナーを下ろして、タンクトップのブラトップと一緒に脱いだ。


 大きな大人の乳房が二つ揺れる。


 雪子は、その一つを掴んで口に入れた。


「あたしも……」と、立ってみていた真理子も、加代の横に座って、もう一つの乳房を掴んで口に入れた。


「あ、あーん、嬉しいわー!」


 加代は、二人を両手で抱きかかえて後ろに倒れた。


 雪子と真理子は、加代のおっぱいを揉みながら、加代の太股を足で抱きかかえながら、抱き着いた。


 加代は、悶えながら大きく股を開き、大の字になって二人に身を任せた。


「うー、んー、気持ちいいわ……」


 加代の桃色の吐息が、二人を刺激して、更に激しく乳房を揉んで、乳首を吸った。


 明け方、三人は裸で寝ていたのは、言うまでもないが……


 夏とは違って、その部屋の寒さで、ふるえて目が覚めたことも、言うまでもないことだった。


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