第35話 雪ん子、大いに怒る

(雪ん子、大いに怒る)


 真理子と雪子は、いつも学校には一緒に行く。


 雪子は、いつも真理子の家によって、それから一緒に登校するのだった。


「雪子、ごめん、先に行っていて……」


「えー、どうしたの……、待っててあげるわよー!」


「ちょっと、時間がかかりそうだから、後から追いかけるから……」


 雪子は、初めて一人で学校への道を歩いた。


「……、ちょっと寂しい……」


 そう思いながら、秋の青空を仰いだ。


 途中、琴美が、声をかけた。


「真理子は、……?」


「……、あとから来るって……」


「珍しいねー、雪子一人なんて……」


「そう、今、それを思っていたのよ。初めてかなって……」


「……、雪が降るんじゃない!」


「この天気だと、雪は降らないけどねー」

 雪子は笑って言った。


 二人が教室に着いても、真理子は現れなかった。


「おかしいわねー、風邪でも引いたのかしら……」


「でも、真理子の家に寄ったとき、あとから行くからって言ってたわよー!」


「じゃー、そのうち来るわねー」


 でも、しばらくしても真理子は来なかった。





「あれ、あいつだー、ひとりだぜー!」


 壊れそうな古びた外車のオープンカーの後部座席に乗っているのは、あの三年生の悪ども三人だった。


 彼らは、二学期の始業式に一度来たっきり、学校には来ていなかった。


 一年生の女子に病院送りされたという噂が学校中に広がって、悪の威厳が地に落ちたせいかもしれない。


 その前には、いい大人が二人、やはり地元の厄介者で、嫌われ者で定職もなく、どういう素性の者なのか知っているものはいなかった。


「おー、いい女じゃないか、中学生かー!」

 運転をしていた男が嬉しそうに言った。


「もう一人いますぜ、いつも一緒にいる変な女、彼女を餌にすれば付いてきますぜー!」


「そいつはいい、二人いれば、仲良く分けようぜー!」


 男たちは、はしゃいで車を真理子の横に止めた。


「なに、あんたたちっ!」

 真理子は身の危険を感じて走った。


 でも、あの三人が、すぐに真理子を囲って捕まえ、車に押し込んだ。


「なにをするのよっ! あんたたち死にたいのー?」


「おーおー、威勢がいいねー、これからが楽しみだっ!」


 運転をしていた男は、満足そうに車を学校へと走らせた。


「……、ほんとうにあんたたち懲りないわね。こんなことをして雪子が黙っていないわよっ!」


「いつもいる女は雪子って言うのか、そいつはいい、今から迎えに行くのさー!」


 助手席の男が言った。


 六人を乗せたオープンカーの外車は、すぐに学校に着いた。


 校門から校庭に、オープンカーの外車は校庭を我が物顔で一周して、校舎の前に止めた。


「雪子さんー! 雪子さんー! お友達が待っているよー! 早く来てー!」


 助手席の男が校舎に向かって叫んだ。

 

 それを教室の窓から見て、雪子も、叫んだ。


「あー、あー、あー、あー、あー、あー、……」


 その声は、教室の天井を突き抜け、天にも届くような叫びだった。


 今まで天気の良かった空が一瞬にして、どす黒い雲に覆われ、雷が鳴り響き、風が渦を巻いて吹き荒れ、粉雪が吹雪となって視界を遮った。


 雪子は走って教室を出た。


 雪子が校庭に出るころには、あたり一面、真っ白な積雪と吹雪で何も見えなくなっていた。


 爆弾が落ちてきたような一瞬の変化に、男たちは、なすすべがなく、車を動かそうとしたが、既にエンジンが止まっていた。エンジンキーを回してエンジンかけようとしたがセルモーターさえ回らなかった。


 その異変にいち早く気づいたのは、あの三人だった。


 今まで捕まえていた真理子の腕を離して、車から跳び下りて、走ってその場から逃げだした。


 しばらく走ると足が地面に張り付いて動けなくなり、同時に足が凍り付いた。


 吹雪で何も見えない中、雪子はゆっくりと長い黒髪をなびかせて、車に近づいて行った。


 不思議と雪子の周りと車の周りには、雪も風も吹いてはいなかった。


 まるで台風の目の中の様相だった。


 しかし、その反対に車の周りでは、もの凄い吹雪で、あの大きな校舎さえ見えなくなっていた。


「真理子、大丈夫っ! ごめんね、そばにいなくて、怖かったでしょう……」


「大丈夫、あたしは平気よー! きっと雪子が助けに来てくれると思っていたから……」


「それなら、いいけど……」


 真理子は、車から降りようとしてドアに手を掛けると、ドアは車から外れて地面に転がった。


 それに驚いて、慌てて真理子は車から跳び降りて、そばにいた雪子に抱き着いた。


 真理子が飛び降りた反動で4本のタイヤが破裂して車は地面に張り付いた。


「どうしちゃったの……? みんな凍り付いてしまったの……?」


 振り返って、車をよく見ると、運転席の男も助手席の男も白く氷ついているようで、びくともしなかった。


「もう、男たちは死んでいるわ……」


「雪子がやったの……?」


「……、そう、わたしがやったの……、わたしは粉雪、雪女……」


 雪子は、抱きかかえていた真理子を離した。


「でも、雪子は、あたしの雪子よー!」


 真理子は、もう一度、雪子を抱きしめた。


「……、どうして、雪ん子が子供なのか知っている?」


「昔話でしょう……」


「……、違うの、雪ん子が大人になると、その力が何倍も強く大きくなるから、ひとつの街を雪で埋もれさすくらいは朝飯前なの、だから大人になってはいけないの……」


「……、だから?」


「……本当は、わたし、春の雪解けとともに消えてゆくはずだったのに、鈴子さんの思いと、兎の願いで、春を越えて大人の雪女になってしまったの……、もうじき、冬が来るわ……、わたしがいつまででもこの姿でいると、みんな死んじゃうから、また雪ん子に戻るの……」


「どこかに、行くの……? お母さんが言っていた、雪子はもうじきいなくなるって……」


「ほんとうに、何でもよく話しているのね。でも、まだいるわ……」


 雪子も真理子の背中に腕を回して抱き寄せた。


「あたしもね、あたしも大人の女になったのよ……」


「それは、おめでとう、じゃー、おっぱいは卒業ねー」


「……、雪子、知らないの、大人の方が、もっとおっぱい好きで、おっぱいしゃぶるのよー!」


「知らなかったー! じゃー、後は琴美と志穂に任せましょう……」


「……、琴美たちは、まだ雪子がいなくなることを知らないわ」


「琴美たちにも、知らせないとね。せっかく仲良くなれたのに残念……」


「でも、あの三人はどうする……?」

 雪子は、動けずもがいている三人を見た。


 車から逃げ出した、あの三人は、今も身動きできず、もがいていた。


「助けてくれー」


 誰に言うともなく、哀れな声で叫んでいた。


「どうする? 死んだ方がましかもしれないけど……」

 雪子はもう一度言った。


「これ以上、騒ぎにしたくないから……」と真理子。


「じゃー、ほっといて教室に行きましょうー」


 二人が校庭から姿を消すと、吹雪は収まり、どす黒く立ち込めていた雲もどこかに消えてしまっていた。


 ただ、校庭だけは一面、真っ白く粉雪が積もっていた。





 すぐに、パトカーがやって来た。


 オープンカーの外車が校庭に入り込んだのを見て、職員が警察に連絡したのだった。


 しかし、警官はこの惨状を見て、救急車を呼んだ。


 救急隊員が、車の運転席の男を降ろそうとしたとき、ハンドルを握っていた手がもげた。


 更に、胴体を運び出そうとしたとき、首がもげて、地面に転がった。


 助手席の男も、体をばらばらにしなければ降ろせない状態だった。

 あの悪たち三人も、地面に凍り付いている足元の氷を溶かさなければ、搬送できなかった。


 現場は、すぐさま警察によって封鎖され、現場検証が始まった。


 この惨事で、学校側も、この日は休校にして生徒たちを家に帰した。


 さすがに、死人が二人も出れば、お昼のニュースにも出た。


 その内容は、季節の変わり目によく起きるダウンバーストが中学校の校庭に現れて、たまたま居合わせた、同校の三年生、三人が足を切断する大怪我をし、その顔見知りの大人二人が冷気で凍死したと説明した。


 ダウンバーストとは、竜巻の反対のような現象で、成層圏近くの-60度から-90度近い空気の塊が気圧の変化で、地上に渦を巻いて落ちてくる、もしそこに人がいれば、今日のような惨事になると、ご丁寧な解説も入れられていた。


 しかし翌朝、中学校の周りには、幾つかのテレビ局の取材陣がとぐろを巻いていた。


 その取材の中で、車に乗っていた、もう一人の女子生徒がいたことが分かった。


 さすがテレビ局の強力な取材陣、すぐさま真理子を割り出した。


 その日の帰り道、雪子と真理子が歩いていると……


「あなたが、真理子さん、昨日あの車に乗っていましたよね。どうして助かったんですか、彼らとはどういう関係ですか?」


 取材のカメラが真理子と雪子に向けられたとき、ボン、ボンと音を立てて壊れて写らなくなった。


 雪子は真理子をかばうように一歩前に出て、取材に答えた。


「ほんとうに気象現象で、一瞬のうちに人が二人も死ぬと思っているの、警察は真実を隠しているのよ。取材して見なさい、もっと面白いことが分かってくるからっ!」


 雪子は怪しく微笑んだ。


 取材陣はカメラが壊れたことで、今日は取材を続けられずに帰って行った。


 翌日、改めて取材に来るかと思っていたが、どの局も現れなかった。


 その代わりに、雪子の顔がテレビ局に知れたことで、数日後、雪子の家にタレント事務所の新人担当者が雪子を芸能界に興味がないかと尋ねてきた。


 それも、ほとんどの有名プロダクションのマネージャーたちだった。


「バカ者っ! 雪ん子は売り物じゃないぞー!」

 そのたびに、お爺さんの激怒が街中に広がった。


「雪ん子を何だと思っているんだっ! まだ中学生だぞ、大人のおもちゃにされてたまるかっ!」


「……、困ったものねー」と鈴子も呆れ顔……




 しかし、学校の教室では、琴美と志穂が噂を聞きつけて、雪子のところまで来ていた。


「雪子、女優になるの……?」


 琴美が羨ましそうに言う。


「えー、ならないわよ!」


「……、どうして? 顔もいいし、胸も大きいし、スタイルいいし、クラスのアイドルなのに、芸能界の誰と比べても雪子が一番よね……」と琴美。


「駄目よー! 雪子が芸能界行ったら、もう学校に来なくなっちゃうから……」


 志穂は、雪子の隣の席に座って、雪子の太股を抱きかかえて頬擦りしている。


「志穂、大丈夫よっ! 芸能界なんか行かないから……」


「あたし、芸能界行きたいなー、いい男いっぱいいるじゃないっ! お金もたくさん入ってくるし……、佐田様好きよー! 一度東京で見たことある……」と真理子。


「へー、真理子って、男に興味あるんだー! 女にしか興味ないと思っていたわ」


「ちょっと、その言い方、引っ掛かるけど、もちろん男も好きよっ! でも、雪子は特別よー!」


 真理子は、怒りながら、笑いながら、複雑な表情で答えた。


「……、私、男なんかいらないっ! 雪子だけいればいいっ!」

 志穂は、セーラ服の裾から手を入れて、雪子のおっぱいを揉もうと捲り上げたところで、琴美が志穂を抱きかかえて引き離した。


「なにやっているのよっ! 男子が見ているでしょうっ!」と、琴美の激が飛んだ。


 


 高い山の頂は、白く雪化粧していた。


 麓の山は赤く紅葉も深まっていた。


 リンゴ農園では、収穫の真っ最中だ。


 今年は、天候に恵まれていて、美味しいリンゴが届けられそうだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る