第15話 凍りつくもの

(凍りつくもの) 


 今日も、太陽が眩しく、天気がいい。

 リンゴの木が嬉しそうに光って見えた。


 学校では、夏休みが近づいてきて、皆そわそわした感じだ。


 しかし、雪子は浮かない顔……


「大丈夫、保健室、行くー?」


「うー、あと少しでお昼だから、我慢するー」


 真理子は、下敷きを団扇代わりにして扇ぐ。


「私、山の道具、お母さんに買ってもらっちゃったー」


「それは、よかったね……」


 雪子は、今日も机に頭を寝かせていた。

 お団子を作っていた長い髪がゴムの間から飛び出て崩れそうだ。


「……、でも、お母さん、山には行けないって、畑の仕事があるからって」


「そうー、残念……」

 雪子は、うあの空で呟いた。 


「でも、それって、行かない口実みたいな気がするけど……、やっぱり、なんか、誠さんと、わだかまりがあるみたいなのよー」


「そうね……」


「……、ねーえ、聴いているー?」


 真理子は、下敷の団扇を顔近くにもっていき、激しく扇いで目を覚ませようとした。


「……、聴いているわよー! 時間がかかりそうね……」


「でも、私は行くからねー! 山、お母さんの好きだった人、見たいし……」


「……、行きましょう、それまで私の体が持てばねー」


「しっかりしてよー!」





 給食時間とお昼休みになって、ようやく、雪子と真理子はプールにやって来た。


「あー、生き返ったー!」

 雪子は、真っ先にプールに飛び込んだ。


「じゃーあたしもー!」

 真理子も飛び込もうとしたが……


「……、準備体操してないしー」と言って、プールサイドから静かに入った。


「雪子ちゃん、給食、食べようよー」

 真理子は、平泳ぎで雪子を追った。




「すげー、女、二人で泳いでいるぜー」


 プールのフェンス越しに男子四人、しがみ付いて、雪子たちを見ていた。


「えー、けっこう可愛いじゃんー!」


「ちょっと、水着脱がしてみたいなー」


「こりゃいいー!」


 男子、四人はフェンスをよじ登って、プールサイドに入ってきた。


 雪子は、叫んだ。

「ここは、男子禁制、女子水泳部の使用中よっ! 出て行きなさいっ!」


 男たちは、にやにや笑って……

「なんか、言ってるぜー?」


「聞こえないねー!」


「それより、こっちへ来いよー、楽しいことしようぜー!」


 男たちはプールサイドで二手に分かれて、雪子たちを囲った。


「早く、上がって来いよー!」


 真理子は、プールの真ん中にいた雪子の所まで泳いできた。


「いやな奴らに見つかったわね……、どうする、これじゃー、上がれないわよ……」


「しょうがないわねー、真理子はここから動いちゃー駄目よっ!」


「どうするのよー?」


「死んでもらうわ!」


「だ、だめよー殺しちゃー!」


「じゃー死なない程度に……」


 雪子は、プールサイドに向かって泳ぎだした。


「おー、来た来たー!」


 二手に分かれていた男たちは、雪子めがけて走ってきた。

 しかし、雪子の方が一足早くプールから上がって、用具室の前に置いてあったバケツを取って再びプ―ルサイドに行き、バケツに水を汲んで追ってきた男たちに向かって水を撒いた。


「出て行きなさい―!」


 追ってきた男たちは一瞬たじろいだが……


「やろ―、なにしやがる―!」


「そんなもの、怖くないよ―」


「一緒に、ずぶぬれになって、ひこひこしようぜー!」


「ひこひこ―? ずぼずぼじゃ―ないのか―?」


 男たちは、笑いながら、ゆっくり雪子を囲むように近づいてきた。


「……、ばかね―!」


 雪子は、もう一度バケツ一杯の水を汲むと、今度は、男たち四人に向かって、浴びせかけた。

 次の瞬間、男たち四人は真っ白くなって、プ―ルサイドのコンクリ―トの上を転げまわった。


「あ、あち、ち、ち―!」

「ひ―え―、え―、え―!」

「あ、あ、あ、あ、あ、!」


 散々転げまくった挙句、4人はプールに飛び込んだ。


 男たちが苦し紛れにプ―ルに飛び込んできたのを見て、真理子は慌ててプ―ルから上がって来た。


「どうしたの、彼ら……?」


「さ―あー、陽気のせいでしょう―、今日はもう帰りましょうー」


「そうね―、あいつら、どうするの?」


「ほっときましょう―、死んじゃ―いないから……」






 雪子たちが教室にもどって来て、しばらくすると救急車が2台校内に入ってきた。


 それと同時に、担任が雪子と真理子を呼んだ。


「ちょっと、話が訊きたいそうだ、保健室に来てくれ……」


「え―、めんどくさい―」


「私たち、関係ないですから……」

 そう言いながらも、仕方なく雪子たちは、保健室に向かった。


 保健室では、遥先生が浮かない顔……


「三年生の男子四人がプ―ルで酷い凍傷になって、今、病院に行ったわ……、お昼休みだから、あなたたちも、プ―ルにいたんじゃないかと思って……?」


「いましたよ。あいつら、フェンスよじ登って、プ―ルに入って来て、なにがしたいかわかりますよね―、だから、バケツで水をかけて追い返したんです。それでも出て行かなかったから、私たちがしょうがなく帰ってきたの……。それからどうしたかは、知りませんけど、最後に見た時は、四人服を着てプ―ルに入っていましたよ―」と雪子は笑って話した。


「熱中症じゃ―ないんですか?」と真理子が訊いた。


「それなら、話は早いのだけれど……、凍傷なのよ―、私が見た時には、ずぶ濡れだったけれど、ところどころまだ、凍っていて、服が皮膚に張り付いていたわ……」


「遥先生、もうわかっているでしょう―、私、雪ん子だから、ね……」


 雪子は、遥先生を見て、目配りをした。


 遥先生は、雪子をじっと見据えて、それでも驚いた様子もなく……


「……、そうね―、ほんとうね―」


「先生―、悪いのは彼らです―!」と真理子。


「わかっているは、でも、多分、警察の人も事情を聴きに来ると思うから、正直に答えてあげてね……」


「……、雪ん子って、言うんですか?」と雪子。


「そうね―、それも信じないわよね―、とりあえず、夏に凍傷なんてありえないから、不可解な事件としておきましょう―、もうじき夏休みだから、そのうち皆、忘れるわ―」


「でも先生、このことを他の人に話しては駄目よ。命、吸い取られちゃうから―」と雪子は付け加えた。


「そうね―、そういう話だったわね―、でも警察の人には事情を話さないといけないし、あなたたちが、彼らとプ―ルにいたことは、すぐに彼らの口から分かることだから……」


「仕方ないですね……、でも大丈夫、先生は私が守ってあげるから、先生がいないと私、生きていけないから―」


 雪子は、遥先生の困った顔を見て、励ますように言った。


「大げさね―、でも、ありがとう―」




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