第16話 雪ん子は雪女……
(雪ん子は雪女)
そんなことがあった翌日の学校の帰り道、いつもの駐在所のお巡りさんと、刑事さんが雪子と真理子を呼び止めた。
「君が、雪子さん、保健の先生に訊いたんだけど、昨日のお昼、四人の男子とプ―ルにいたよね?」
「だから、……」
「何か知っているんじゃないかと思って……?」
「もちろん知ってますよ。みんな知ってますよ……」
雪子は微笑みながら、はっきりと言った。
「訊かしてくれないかな―?」
「あれは、雪女の仕業です。夏に雪女はいないと思っているでしょうー、でも夏にも雪女はいるんですよ。だから、彼らは、雪女に魅入られて凍傷で入院したんじゃないですか? ちょうど私たちが傍にいたので、雪女も遠慮して凍傷だけで済んだと思いますよ。普通なら氷漬けにされてますから……、刑事さんは雪女の存在を信じていますか?」
雪子は微笑んではいたが、真面目な顔で語っていた。
「むろん、信じちゃーいないけど、……」
「それなら、こんなばかばかしい事件は放っておきなさいよ。もっと他にやることあるでしょう……、もし、信じているなら、私たちに二度と近づかないように……、今度、氷漬けにされるのは、あなたかもしれないですよ……」
困った顔のお巡りさんは、刑事に無理やり連れてこられた感じで、体裁が悪そうに言った。
「そうじゃな―、学校にも聴き取りはしないようにと言われた。生徒たちを不安にさせたくないそうだ、夏に凍傷なんて、ありえんからな……」
「そうでしょう―、事件にはならないですよ。テレビのニュースにも出てこなかったし、熱中症なら、すぐにニュースになるのにねー」と雪子は笑った。
「でも、それじゃ―説明が付かないんだよ。現に彼らは凍傷で入院しているからね―」と刑事は尚も迫る。
「それなら、雪女に遭遇して凍らされたって報告すれば、みんな納得するわ―、でも、刑事さん、雪女の話を他の誰かに話しては駄目よ。他の人に話すと、今度は本当に刑事さんが氷漬けにされちゃうから……、まだ生きていたいでしょう!」
雪子は、さっきの笑顔から、一転、ゆっくりとした口調で怖がらせるように話した。
「そうかっ! それで児童相談所のあの女の人は、話さなかったんだ―、おかしいと思ったんだ、雪子なんて、ぜんぜん知らないって言い張っていたからな……」
駐在所のお巡りさんと刑事は、ここに来る前に児童相談所によって、雪子がこの町に来た経緯を調べようとした。
「その女の人、少しは雪女を信じているみたいねー」と雪子は笑った。
お巡りさんは、慌てて刑事の腕を取って、帰ろうと引っ張った。
「……、雪ちゃん、ごめんね、おじさん何にも話していないから、この刑事さんも、何にも知らないから、許してねー、ね、!」
「今回は、許してあげるわ―」
「ありがとう、ありがとう……」
お巡りさんは、刑事をそのまま引っ張って帰って行った。
「雪ちゃん、あんなこと言っていいの―?」
真理子は、大の大人二人を前にしても、あっけらかんと雪女の話をする雪子に感心した一方で、刑事を追い返したことを心配した。
「いいのよー、だって本当の事だもの……」と雪子は怪しく微笑んだ。
そして、何日かっ経った後、刑事は出入りの記者と会っていた。
「何か記事に出来そうな事件はないかねー!」
平和な街の地方新聞では、紙面を埋める記事が乏しい。
「一つ奇妙な話があるけどねー、……」
刑事は、思わせぶりに話を始めた。
「……、奇妙とは、……」
記者は、いつもの詰まらない話と勘ぐってはいたが、相づちを入れて興味を示した。
「中学校だがね、三年生の男子が四人、プールに落ちたのか飛び込んだのか知らないが、酷い凍傷で今も入院しているよ、……」
「……、夏に凍傷かー? 冷蔵庫でも入っていたんだろうっ!」
刑事の言うことなど、この記者は最初から信じていなかった。
「中学校には、人の入れる冷蔵庫なんかないよ。何処の学校でもセンター方式の給食だからなー」
「それなら、ドライアイスかなんかで、悪戯していたんだろうー」
「いくらドライアイスでも、一度に四人だぞー、入院するほどの凍傷、おかしいと思わないか?」
「その話、本当か……?」
記者は、笑って真意を伺った。
「それに、もっと不思議なことで、同じ中学の一年生女子、二人が傍にいたみたいなんだ……」
「お、なかなか面白くなってきたねー、そう言う色っぽい話だと記事になるねー!」
「面白いかねー、警察では捜査は終わっているけど、あんたの新聞の取材なら文句はないだろー」
「……、終わっているって?」
「中学校だからなー、保護者の目もあるから、深入りはできんのさー!」
「まー、そうだろうなー、その一年生の女の子は、どういう子なんだ……」
「一人は、普通の子だけど、もう一人は、素性が知れんのだよー、突然現れたようだ……」
「またまた、この時代に身元の分からない中学生がいるわけないだろー、本当にいるとしたら、それだけで記事になるよっ!」
「そうかー、それにもう一つ不思議なことに、その彼女は雪女だそうだっ! 彼女が雪女だとすると、凍傷事件もすんなり話が通るだけどねー、……」
「……、もうー、いいよっ! 楽しい話を聞かせてくれた。ほかに事件はないんですねー!」
記者は、からかわれたと思い呆れて帰っていった。
その夜、刑事は夜勤のため、署で仮眠をとっていた。
署内とあって、なかなか寝つけない中、夢を見た。
そこは森の中、吹雪に閉じ込められ街に帰る道を探している。
「……、寒い、寒い……」
凍える体を擦りながら進む。
「こっちに来なさいー、……、こっちに来なさい、……」
刑事は、その声に誘われるように、前を向くと、赤い蛇の目傘を差した白い着物の女の人が目に入った。
「……、ちょっと待ってくれー!」
刑事は、慌てて彼女を追う。
しかし、雪深い森の中は、更に雪が深く、体の腰のあたりまで埋まってしまった。
それでも、懸命に雪をかき分けて、彼女を追った。
「こっちに来なさいー、……、こっちに来なさいー、……」
追えども追えども、彼女は遠ざかり、一向に近づけない。
しばらくして、雪は胸のあたりまで埋まってしまい、動くに動けない。
「助けてくれっ! 助けてくれっ!」
刑事は、大声で前にいる彼女に叫んだ。
刑事が動けなくなったところで、彼女は少しずつ遠ざかっていった。
「助けてくれっ! たすけてくれっ!」
尚も刑事は叫ぶが、他に人影もなく、降りしきる雪に、徐々に埋もれていった。
もう一人の同僚が、仮眠時間の交代で、この刑事を見た時には、白く凍りついて死んでいたという。
しかし、翌日のニュースには出なかった。
誰の目にも不審死と分かったが、署内のことで、他に外傷もなかったので、不運な病死とされたのだった。
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