第17話 夏の山へ

(夏の山へ)


 夏休みになって、朝早く、太陽が山の裾のを赤く染めていたころ、大野家の庭に雪子、真理子、武と祖父、四人が集まっていた。


 真理子の母、加代も……

「娘を頼みますっ!」と、見送りに来ていた。


 鈴子も、雪子と武を心配して見送りに出てきていた。


「あら―、今日は、浴衣じゃ―ないのね」と雪子は真理子を冷やかす。


 武は一瞬、真理子を見て、目線をそらした。


「も―う、そんなわけないでしょう」と真理子も武から目をそらした。


「忘れ物は、ないかな―!」

 お爺さんは、気合を入れるように言った。


 ひんやりとした朝の空気が清々しい……


 四人は早速お爺さんの車に乗り込んだ。


 大野家から、車でバスターミナルまで行く。


 そこから猿倉までバスで行き、後は、歩きで、大雪渓を経て、山荘に着く予定だ。


「天気はいいね―!」とお爺さん。


 バズターミナルでは、もう七月、夏休みとあって、かなりの大勢の登山客で賑わっていた。

 そうすると、大雪渓は予想通り数珠つなぎの人の山になっていた。


 そして、真理子は少し疲れ気味。


「雪子、ちょっと待ってよ―」と真理子。


「頑張りなさいよ―!」と雪子


 山、それも大雪渓とあって、雪子は地上とは別人のように元気に一番先頭を意気揚々と行く。


 時より大雪渓を抜ける風は、熱くなった体を冷やして気持ちがいい。


 武は、真理子の横で、時々つまずいては、こける真理子を心配そうに見ている。


 そして、今もまた……

「あ、……」と真理子は、雪につまずいて、前のめりにこけた。


「大丈夫―、……」

 武は、腕を持って、支えながら起こす。


「ありがとう―、……」と言いながら、また尻もちをついた。


「大丈夫、……」

 武は、もう一度、腕を持って、起こす。


「ありがとう―」


 雪子は、上からそれを見ていて……

「お二人さん、いい仲だよ―!」と冷やかす。


「も―う、雪子―!」と、走って追いかけようとして、またこけた。


「あぶないよ―」と、武は、また腕を貸す。


 アイゼンを着けていても、固まった雪渓の上は、よく滑る。


 雪渓を抜けると、さらに登りは急になる。

 しかし、後ろを振り返ると、谷間の緑と雪渓の白さが一望できて美しい。


「ゆっくり、休みながら行けばいい……」とお爺さんは皆に言う。


 道は階段状に整備されていて登り安いが、その分傾斜はきつくなる。


 ところどころガレバと言われる、岩々がごろごろしている上を歩くところも出てくる。


 真理子は、三十分登っては休むといった感じで、なかなか進まない。

 でも、山頂近くまで来ると、一面のお花畑が広がっている。


「へー、こんな岩だらけの所でも、緑がいっぱいあるし、こんなにいっぱいお花が咲くのね―」と真理子は、感動して言った。


「森林限界を超えているからなー、こういう高山植物しか育たないし、白馬のこの辺は、花の宝庫だ―」とお爺さんが、一息ついて言った。


 雪子は、広がるお花畑を見て……


「この花たちは冬の間、厚い雪の下でじっと春の雪解けを待っているの……。それで、やっと重荷がとれたように、緑を茂らせ花を咲かせるのよ。でも、それもわずか、短い夏は、花たちの成長を許さず、また雪の下敷きになって眠るの……。だから、大きくなれないのよ。この花の小さな一株でも、何万年の歴史があるのよ……」


「……、長いわね―、なに、思って咲いているのかしら……?」と真理子。


「みんな、同じよ、草木も人間も……」


「真理は、なにお思って生きているの?」


「なにも思ってないけど、そうね―、いい男いないかな―って……」


「横にいるじゃん―」と、雪子は目で合図した。


「ば、馬鹿ね―!」


 真理子のすぐ横に並んで立っていた武を見て、慌てて雪子の横に並んで、雪子の腕を取った。


 雪子は、飛んできた真理子を突き放し、武の方に押しやった。


 武は、よろけながら向かってきた真理子の腕を取って支えて迎えた。


「……、も―、なにするのよ―!」

 真理子は、怒り気味。


「真理子は、お兄ちゃんの横が似合っているわ―」


「……、それならいいわ―」と、真理子は武の腕を取って組んで、武に張り付いた。


 武は、表情を崩さず、抵抗することもなく、真理子と腕を組んでいたが、少し緊張した顔を見せていた。


「……、きっと、この花たちも、真理子と同じ気持ちで何万年も生きているのよ!」


 雪子は、改めて色とりどりに咲き乱れるお花畑を見回して……


「……、頑張りなさい!」と声をかけた。


「さ―、行こうか―」と、お爺さん。


 青空は、お花畑をよりいっそう、輝かせた。


 登山道は、もうすぐ頂上というところで、急勾配の階が連なる。


 真理子も武も、十歩進んでは、一息休むくらいの傾斜を登った。


 やっとの思いで頂上に着くと、そこは緑の景色が広がっていた。


 目の前の谷を越えてこんもりと見える緑の朝日岳が険しい山々のアクセントになっていて、可愛い。


「……、綺麗なところね―、お母さんが山登りに夢中になった気持ちが分かるわ―」

と、今まで苦労して登ってきたことの疲れも忘れて真理子は呟いた。


「さ―、ここが終わりじゃ―ないぞ―、まだあそこに見える山小屋まで行くんだー」とお爺さんは先を急いだ。


 今年は、地上の雪は少なかったが、まだ山頂には残雪がところどころ見えていて、山の上の雪の多さを物語っていた。


「えーえー、まだ登るの……」と、真理子の呆れ顔。


 山小屋までは、今、登ってきた道よりなだらかに見えたが、道は砂利道で所々岩が転がっていて、登りにくい。


 ジグザグに登って、更に傾斜を緩くするが、それでもやっぱりきつい。


「着いた―!」と雪子は一番乗りの歓声を上げた。


 続いて、お爺さんも到着した。


「先に受付をしてくる」と言って、お爺さんは小屋の中に消えた。


 それから、十分くらいして、真理子と武も到着した。


「へ―、いい景色ね―」と、真理子。


 一段、高いところから見える景色は、一面の緑と所々の残雪の白と前方に尖った山々と、ひときわ大きく尖った剣岳が見えた。


 今まで、苦労して登ってきた疲れは、この景色が吹き飛ばしてくれるようなな心持だった。


「先に、山小屋に荷物を置いてから、隣のレストランに行こう」とお爺さんは小屋から出てきて、みんなに言った。


「え―、嬉しい―」と言ったのは真理子だった。


「誠さんは、……」と雪子は、本来の目的を思い出させた。


「隣のレストランにいるそうだ」とお爺さんは、表情も変えずに答えた。


「じゃ―早く、会いに行きましょう―」と雪子。


 武は無口に、皆の後に続いた。




 山小屋とは別棟に立っているレストランは、広く大きく、窓際からは、この雄大な景色が一望できた。


 レストランは、上々の賑わいで、大勢の人が笑顔で会話の花を咲かせている。


「凄いわね―、こんな山の上にレストランがあるなんてー!」と、真理子は少し興奮気味。


「好きなものを注文してくれ」と、お爺さん。


「……、誠さんは奥みたいね―」と、雪子はあたりを見回した。


 お爺さんは、目の前にいた係の人に、父親が訪ねてきたと、誠に伝えてくれるように頼んでいた。


 武は、ラ―メンを注文して、真理子と雪子はケ―キとコ―ヒ―を注文した。


「嬉しい―、こんな山の上でケ―キが食べられるなんて夢みたい―」

と、はしゃいで真理子はケ―キを一口食べた。


 あたりが、少し静けさを取り戻してきたころ……


「お久しぶりです、……」と、声がする。


「……、よ―おー!」とお爺さんは、うす笑いで迎えた。


 でも、そこから会話が続かなかった。


「……、何か話せる時間は、とれるか?」


「夜、遅くですが、九時頃には終わりますが……」


「じゃ―そのころ、部屋に来てくれ、個室を取ったんだ、ゆっくり話せる……」


「そうですね、じゃ―その時に……」


 誠は、また戻って行った。




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