第37話 峠道の兎
(峠道の兎)
峠道は、もうすっかり秋色で、すすきの穂が、銀色に輝いている。
遠くの尖った山々は白く、手が届きそうなくらい、まじかに見えた。
鈴子と雪子は、病院の帰り道、峠のいつものベンチで一休みしていた。
「お母ちゃん、わたし役に立った? お母ちゃんの助けに来たのに……」
雪子は、ポットに入っていた、温かなコーヒーを二つのカップに注いだ。
そして、リュックからサンドイッチを出した。
「なにいってるのよ! 大助かりよ! 雪子がいなかったら、誠さんだって、帰ってこなかったしねー」
鈴子は、カップを取って、眼下に広がる街を眺めた。
「でも、誠さんは、きっと加代さんのところよ!」
雪子も、カップを取って、一口飲んだ。
「それでいいのよ! 誠さんが傍にいるだけで、お爺さんもお婆さんも、安心するから……」
雪子は、サンドイッチを一つ、鈴子に渡した。
「あれでいて、消息不明では、毎日心配で夜も眠れなかったと思うわ。誠さんが帰ってきてから、二人とも、ずいぶん明るくなったもの……」
鈴子は笑顔で、サンドイッチを一口食べて、カップのコーヒーを一口飲んだ。
「でも、お父さん、将さんは、相変わらずだけど、雪ん子は病気は治せないから……」
雪子もサンドイッチを食べた。
「でも、天候に恵まれて、台風もよけてくれたし、桃もリンゴも、苦労なく良くできたわ。雪子の力なんでしょう! こんな年は珍しいってお爺さんが言っていたわ……」
「そのくらいのことしかできないから……」
雪子は、鈴子の肩に頭を載せて、甘えて見せた。
「それで、十分よっ! ……」
「雪子こそ、楽しかったかい……?」
鈴子は、持っていたカップを置いて、雪子を抱き寄せた。
「え、えー、とてもっ! 学校に行けてよかったわ! 友達、いっぱいできた……」
「そうだねー、……」
鈴子は、また遠くを見て言った。
「……、真理子が、ちょっと心配だけど……」
「あの子は、大丈夫よっ! 加代さんが付いているから。それに学校にも友達出来たんでしょう?」
「そう、ちょっと変わった友達だけどねー」
「もうじき、音楽会ね……、楽しんできなさいっ!」
「お母ちゃんも来ればよかったのに……」
「今は、とても行けないわねー、リンゴの出荷よー!」
鈴子は、いつも子兎が出てくる林の方に目を移した。
「兎さんも、大きくなって、もう出てこなくなっちゃって、ちょっと寂しいねー」
「また、雪が積もる頃、餌が少なくなれば出てくるよー!」
「生まれたばかりの子兎がね……」
「でも、でも、でも、もうこの峠道は通らなくてもよくなる、……」
雪子は、迷いながら、そこまで言って、やめた。
「そうね……、でも時々気晴らしに来るわっ! 私、ここが好きだから……」
よく晴れた、温かな日だった。
近くの山は、赤や黄色に染まっていた。
「……、雪子……、ありがとうねー、……」
鈴子は、遠くの白い山々を見て囁いて、もう一度、雪子を抱き寄せた。
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