第24話 シャンパンと二人のベット

(シャンパンと二人のベット) 


 加代と誠は、部屋に帰ると……


「ごめんなさい! 誠さん、娘に勘づかれてしまったわー!」


「いや、でも、これからどうする―? 正直に話して、分かってもらえば―?」


「駄目っ! 今のことで、もっと過激に、私たちをくっつけようと攻めてくるから……」


 加代は、そう言って、ソファーに飛び込むように座って、天井を仰いだ。


 天井は、薄い青い色の間接光で、夜の空をイメージしている様だ。

 その天井の一面には、星の光のような小さなライトが無数に光っていた。


「じゃ―、どうするんだい?」


「このまま、お芝居して、真実にするのよ! 大人をなめるなよ―」


「加代さん、昔と変わらないね。すぐむきになる……」


 誠は、加代の前に静かに座った。


 加代は、ソファーから起き上がり、座り直して、誠と向かい合った。


「真理子ちゃんとよく似ている……」

 誠は、加代を見つめながら言った。


「そうよ! 私の娘だから、だから、あなどれない相手なのよー!」


 加代は、目線を真っ暗な窓に移して、恨めしそうに何も見えない外を見た。 


「……、そう―」

 誠は、ひとこと言っただけだった。


 部屋は薄暗く、テーブルと壁の端々に付いているオレンジ色のライトが、夜の雰囲気を盛り上げてくれる。


「誠さんも、覚悟を決めてね―」


「……、なんの覚悟っ!」


 加代は、再びソファーから立ち上がり、誠の前で深い紺色のショート丈のワンピースを脱ぎだした。


「え、……」


「私たち、もう子供ではないんだから、喜んで一夜を楽しく過ごさせてもらうわー!」


 加代の黒のブラジャーと黒のショーツが、今まで経験したことのない加代の大人を感じさせた。


「いや、いきなり服を脱がれても……」


「え、私じゃ―不満なのー?」

 加代は、脱ぎ捨てたワンピースを手に取ると、加代の姿をじっと見ている誠を見た。


「いや、そういうことじゃなくって……、そういう雰囲気があるでしょうー」


「あっ! そうね、忘れていたわ。じゃ―、まずは、再会を祝して、お酒でも飲みましょう―!」


「お酒、飲むようになったんだね……」


「食事でも、ワイン飲んでいたわよ……、美味しかったわ!」


「そうだね……」

 誠は、加代の下着姿を見て、焦っている自分に気がついた。


 もう、十二歳の少女ではないんだ……


「そう、東京に居た頃は、アル中寸前、何故かイライラして眠れないのー。そうするとお酒を飲むのよ。でもやっぱり眠れなくって、お酒の量だけが増えていくの……」


 加代は、下着のままクローゼットまで行き、ワンピースをハンガーに掛けると、ブラジャーを外して、クローゼットに入っていた浴衣を着た。

 ふわふわな真っ白なガウンも入っていたが、加代は浴衣を選んだ。


「でも、昔はそんなに簡単に服、脱がなかったし、パンツも見せなかったよ……」


「そうだったかしら、乙女の品格ね! でも、いつまでも六歳や十二歳の子供ではないのよ―。それに、誠さんだから許せるのよ!」


「……、ありがとう! もっと前に見たかったよ、十二歳の時にでも……」


「スケベーね……」


 そう言って、加代は笑って、もう一度、誠の前に座った。


「……、そう言えば、さっき、よっ子って呼んでいたでしょうー?」


「聞こえていたんだ、……」


 誠は、見えそうで見えない、加代の浴衣の衿元を見ていた。


「私、何であんなこと言ったのかな……? いつまででも子供の時のままでは嫌だったのかな……?」


「……、そう」

 誠は、ひとこと言っただけだった。


「呼び方変えても、何も変わらないのにねー」


「でも、何で私があんなこと言ったのか、その動機は覚えているわ……」


「どうして、……」

 誠は、相づちを入れるように訊いた。


「あの時、誠さん、クラスの女子と楽しく話していたでしょうー?」


「いつの事、……」


「忘れたわー、……、でも、その時、思ったのよ、いつまででも幼馴染で、子供の時のままではいけないって……、近くに私がいないほうが、いいんじゃないかって思ったくらいよ……」


「じゃー、僕が原因なんだ……、知らなかった。てっきり嫌われたと思ったよ」


「大人の呼び方で、大人になりたかったのかな……」


 加代は、誠を見ていた。


「……、でも、僕は幼馴染の子供のままだった……」


 誠は、相変わらず加代の浴衣から大きく張り出した胸元を見ていた。


「私が、あのまま東京に行かなかったら、どうなっていたと思う?」


 加代のこの言葉で、あの時、東京行きを止めなかった自分を思い出した。

 でも、都会に出ることが加代さんの夢なら、しょうがないと誠は思っていた。


 それとも、僕に止めて欲しかったのかもしれないと、誠は今、気がついた……


「止めて欲しかった……?」

 誠は、改めて訊いた。


「さーあー、どうだったかなー? ……、でも私、誠さんっていう言い方、好きよっ! やっぱり大人を感じさせるわっ!」


 加代は、話をはぐらかすように、それとなく話題を変えた。


 誠も、それ以上、深く訊くのが怖かった。


「マーちゃん、好きよっ!っていうより、誠さん、好きよっ!っていう方が、ロマンチックじゃない……」


「そうかなー、僕はどちらでも、好きだよっ!」


「そうねー、心が伝われば、言葉なんかいらないわねー」


「……、でも、心が伝わらないから、言葉を重ねないと分かり合えないと思うよっ!」

 誠は、そう言いながら、自分が加代に対して言葉を言っていなかったことに気がついた。


 誠は、加代の好きと言った言葉で思い出した。

 今まで、加代の前で好きだといったことがないことを……


 呼び方を変えることで、大人の付き合いがしたいという、加代の合図だったのかもしれないと、誠は今、気がついた。


 十五年の隔たりがあって、こうして再会してみると、あの頃の加代に対しての自分の至らなさが次々に現れてくる。


 余りにも近くにいて、何でも分かっていると思い込んでいた、独りよがりだった自分を責めずにはいられなかった。


「あれ、いつだったかねー? クリスマスにシャンパン飲んで、気持ち悪くなったの……」


 そう言った、加代の無邪気な笑顔、十二歳の頃の笑顔と変わらない。


「……、中学生くらいだったかしら、あのシャンパン高かったのよねー」


「高い方が美味しいだろうって言ってね。確かに美味しかったよ。飲みやすいものだから、酔う前に飲み過ぎちゃって、気持ち悪くなっちゃったから……」


 誠は、加代の胸元から覗いている白い肌を気にしながら言った。


「クリスマスにはシャンパンが付き物っていってねー!」


 加代は、笑って、誠を見つめた。


「そう言えば、あのリンゴ酒のときも、酷かったね!」


「何か、お酒の思い出ばかりねー!」


「……、お酒飲んで、早く大人になりたかったんだよ!」


「……、でも楽しかったわ!」


「じゃ―、ルームサービスでシャンパンを頼んであげよう、再会のお祝いに……」


 誠は、加代を前にして、その緊張を隠すように立ち上がって、ベットの脇にある電話に向かった。


「いいわね―! その前に私、シャワ―浴びてくる。服、脱いじゃったしねー」


「どうぞ―!」


 誠は、遠くから声をかけた。




 加代が、シャワーから出てくると、銀色に光るワゴンに氷の入ったシャンパンクーラーにシャンパンが入っていて、テーブルにはシャンパングラスとオードブルが置かれていた。


 誠は、加代が出てくるのを待って、シャンパンを開けた。


「誠さん、シャンパンの開け方、上手になったのね……」


「昔は、シャンパンのコルクを飛ばすのが開け方だと思っていたよ」


「クリスマスにどうしてシャンパンを飲むのって聞いたのを覚えている?」


「その質問が、僕のトラウマになったよ!」


「それで、どうしてなのか分かったの?」


「……、いや、ただ、あれから分かったことは、知っていることよりも、知らないことの方が、夢があると言ったことかな……」


「……、それ、将さんが言ったのよね」


「そう、兄の方が正しかったよ」


「誠さんは、分からないことは、分かるまで探求するべきと言ったのよね」


「……、それが人類の進歩だから、分からないことを分からないままに放っておいてはいけない」


「それで、クリスマスにシャンパンって分かったの?」


「……、それは、分からないままでいいよ! UFOも宇宙人も謎のままの方が夢がある、最近、そう思っている」


「私の気持ちは、……、知りたくない?」


「……、分からない方が夢がある……」


「結局、あの頃と変わりないのね……」


「……、そうかもしれない、でも、今日は再会を祝して、シャンパンで乾杯しよう……」


「誠さん、分かっているじゃない……」


 誠は、手慣れた手つきで、シャンパングラスにシャンパンを注いだ。


「……、綺麗ね―」


 細かな泡が、三角のグラスの中をキラキラと踊る。


「僕の気持ち、知りたくない……?」


 何杯目かのグラスを交わした後、誠は呟くように言った。


「……、知らない方が、夢があるわって、さっき言ったじゃない!」


 加代は、それを聞いて、グラスのシャンパンを飲み干す。


「そうだね……」


 誠は、加代のグラスに、シャンパンを注ぐ……


「……、でも、話したかったら、話してもいいわよ! 聞いてあげるわ……、そしたら、私の気持ちも話してあげる!」


 加代は、もう一度、グラスのシャンパンを飲み干す。


「……、君のお父さんの口癖で、小さい時から、家に養子に来て加代と結婚してくれって、言っていただろう、僕はその気になっていたよ!」


「……、私もよ、誠さんと結婚するんだって、思っていた、小さい時から、ずーっと」


 加代は、誠からシャンパンのボトルを取ると、誠のグラスに注いだ。


「……、そう、……、どこで道を間違えたのかなー?」


 誠は、それを一息で飲み干した。


「分からないわー! 分からない方がいいじゃない、夢があって……」


 加代は、もう一度、誠のグラスにシャンパンを注ぐ。


「それを、夢って言うのかなー?」


 誠は、加代から、ボトルを取ると、加代のグラスにも注いだ。


「そうよー、ただ今、分かっていることは、再会してシャンパンでお祝いして、ホテルにいると言うことよっ!」


 加代は、グラスを掲げた。

 誠は、グラスを重ねて、二人一緒に飲み干した。


「……、僕も、シャワー浴びてくるよー」





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