第40話 さよならと粉雪

(さよならと粉雪)


 翌日……


 相変わらずのどんよりとした曇り空。


 雪子は学校を休んだ。


 雪子は、余り起き上がれず、鈴子の部屋で布団に入って寝ていた。


 お昼過ぎ、学校も終わったのか、真理子、琴美、志穂と揃って、雪子の見舞いに来ていた。

  

「……、雪子っ! 大丈夫……」


 真理子が雪子の寝ている横に座った。


「もう、大丈夫よ……、少し力が出てきたから!」


 雪子は、起き上がろうと横になり肘を立て腕を付いた。

 真理子は、雪子の後ろに回り上半身だけ起こした。


「……、みんなお見舞いに来てくれたの……、嬉しいわー!」


「元気そうで、安心した……」

 琴美は、雪子の横に座った。


 志穂は、浮かない顔で立っていた。

 

「志穂……、抱いてあげるから、いらっしゃい……」


 雪子は、それを見て、布団を上げて招いた。


 志穂は、泣きそうな顔で駆け寄り、雪子の胸に飛び込んだ。


「雪子っ! 死んじゃー、嫌だよー」と、泣きながら雪子に抱き着く……


「まだ、死なないってばー!」


 雪子は、浴衣の襟を開いて、志穂の前におっぱいを出した。

 志穂は、迷わず両手で持って乳首を吸った。


「もー、二人とも、何やってんだか……」


 琴美は羨ましそうに、あきれ顔……


「そう言えば、琴美と志穂の演奏、聴いたわー、志穂、あんた凄い才能あるわよ……」

 雪子は、志穂をしっかり抱き寄せて言った。


「だって、三歳からやっているもの……」

 志穂は、雪子の胸に頬を付けて言った。


「雪子、わたしは……?」と琴美が言う。


「琴美は、硬かったね……、緊張してたんでしょうー!」


「ちょっとね……、指揮が、あの土佐先生と思うとねー」


「志穂は、ぜんぜん昔から緊張しないわねー」と琴美。


「だって、わたし、指揮見てないもの……」


「はーんー、あんた、それでよくオケやっているわねー」

 琴美は、志穂のお尻を叩いた。


「違うわよー、見てるよー! 見てないと弾けないし、でも本当に見ているのは、わたしの想像の世界よー」

 志穂は夢見るように言った。


「なに、想像しているのー?」と雪子。


「昨日のベートーヴェン第七で言えば、第一楽章は薄暗い森の中、木々がざわめき、小鳥たちが歌って、猿や鹿や熊さんが、吠えるのよー」


 志穂は、雪子のおっぱいをもみながら言った。


 雪子は、それにこたえるように……

「そうね……、序奏では森の夜明け前って感じねー、重く暗いわーね」 


「じゃー、第二楽章は……?」と琴美。


「わたし分かったっ! 海の中でしょうー?」

 真理子が言った。


「えー! 凄いー、そうよっ!」と、志穂は真理子とイメージが一緒だったことを喜んだ。


「じゃー第三楽章は、街の中ねー、朝の通勤ラッシュって感じー」

 雪子が、真理子に続いて言った。


「賑やかで、コミカルな人の動きねー」と真理子。


「でも、第四楽章は、何も考えてないわねー、すべてがひっくるめて、夢中で弾いているわー」

 志穂は、その時の疲れた様子で、もう一度雪子の乳首を吸った。


「……、そんな感じねー、でも、それで分かったわ! 志穂のバイオリンの音は体全身から聞こえてくるのねー!」と雪子も昨日の激しい演奏を思い出していた。


「わたしなんか、最初から、無我夢中よー!」と、琴美も昨日の疲れを思い出した感じだ。


「そうねー、ダイナミックで忙しい曲よねー」と真理子。


「真理子、ピアノやってたなら、オーケストラ部に入ったらどうー?」

 雪子が、真理子に言った。


「さすがに、オーケストラにピアノはないわねー」と真理子。


「でも、楽譜が読めれば、フルートとかクラリネットとかオーボエとか金管楽器系は行けるんじゃないの?」と琴美も進めた。


「いいわねー、真理子、オーケストラ部入りなさい」と雪子も強く進める。


「考えておくわー」と真理子。


「これから、年末の恒例ベートーヴェンの第九の練習があるのよー」と琴美。


「へー、よくやるわねー」と真理子。


「この第九は面白いのよー、会場は昨日の文化ホールで、参加者自由で、編成も制限なし、楽器の出来る人は、自分で持ってきて、自由に参加するのよ!」


 琴美は、嬉しそうに説明する。


「そんなのめちゃくちゃじゃん!」と真理子。


「でも、それはそれ、やっぱり演奏に自信のある人が来るから、それなりのまとまる見たいよー」

 琴美は真面目に言う。


「まー、そうでしょうねー、合唱はどうするのよー?」と真理子。


「これも、前もって第九を歌う会が中心となって、募集から練習までやってるみたいだけど……」


 琴美と志穂も、今年初めて参加するようで、詳しくは知らなかった。


「でも、楽しそうねー」

 雪子は、一言呟いた。


 それを聴いて、真理子は慌てて話題を変えた。


「お泊り会、今週はできないけど……、雪子も調子よくないし……」


「そうね、わかっているわ!」と琴美。


「でも、来週はホテルでお泊り会よ。ホテルの豪華ディナーも付けてねっ! うちのお母さんも来るから、志穂におっぱい飲ませにねー、とっても喜んでいたわー」


「ほんと、嬉しいー! お母さんのおっぱい飲めるのねー!」と志穂。


「……、だから、お乳は出ないんだってっ!」と真理子。


「えー、ホテルでお泊りっ! でもお金、いくらいるのよー」と琴美。


「お金、要らないわっ! 今回は、お母さんと誠さんの招待だから……、もー、予約は取ってあるから……」

 真理子は明るく報告した。





 雪子の家の帰り道……


 どんよりした暗い空を眺めながら、志穂が誰に言うともなく呟いた。


「今日の雪子の体、温かくなかった。普通だった……」


「そう言えば、雪子って、よく保健室、行ってたわよねー、体育の時間に倒れたり……」

 

 琴美も、真理子や志穂の顔を見ていなかった。


「そんな時もあるわよ……」


 真理子も、暗い空を眺めて、呟いた。


 三人の足取りは少し重かった。



 その夜の遅く、季節外れの粉雪が、街を舞い始めた。




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