第10話 少女の品格と武の見舞い

(少女の品格と武の見舞い)


 春、例年になく温かな日が続いて、太平洋側の温暖な地方では、桜の花見もピークを過ぎ、花吹雪を散らしていた。

 こちら雪国でも、四月の終わりごろには、桜はもとより、リンゴの花、桃の花と待ちわびたように一斉に咲く。

 しかし、今はまだ四月、新学期、桜の蕾もまだ硬かった。


 雪子と真理子は中学一年生、同じクラスになった。


「よかったねー、同じクラスでー、それも席も隣で……」

 真理子は嬉しそうに雪子に言った。


「家も隣同士だから、先生も気を利かしてくれたのよ……、真理子ちゃんは転校生、わたしは学校初めてだから……」


「……、学校、始めてって、前いたところは……?」

 真理子は、雪子のつややかな長い髪を撫でていた。


 雪子は、相変わらず、気だるそうに、机に頬をくっつけて寝ながら答えた。


「前にいたところは、森の中、だって、雪ん子だもの……、学校は始めてよっ!」 


「はーん、……」と、真理子は呆れ顔…… 


「それよりも、なんで教えてくれなかったのよー、お兄さんがいるってー」


 真理子は、机の上に散らばっている長い髪を束ねて掴んで引っ張った。


「えー、好きになったのー?」


 雪子は起き上がり、長い髪を後ろで束ねてゴムで止めた。


「裸、見られたー!」

 真理子は、怒って言った。


「お兄ちゃんなら、大丈夫、いつも私の裸、見てるからー」


 雪子は、また机の上に頭を乗せて、一つ大きくため息をついた。


「そういうことじゃーないでしょうー」

 真理子は語気強く、雪子の関心のなさに呆れて言った。


「もう、恥ずかしくて、これから顔、合わせられないー!」


「そんな大げさなこと言って、見られたって減るもんじゃないでしょうー」

 しかし、雪子はそんなことにはお構いなしに、気だるそうに呟いた。


「あたしの乙女の品格が減ったわー」


 真理子は、もう一度、雪子の束ねた髪を引っ張った。


「あらまー、でも、裸で、男の人と仲良くなる人もいるわー、きっとお兄ちゃん、真理の裸見て好きになったと思うわー」


 それは、鈴子と将のことだった。


 雪子は、もう一度起き上がり、束ねた髪を二本に分けて、お団子にして巻き付け、もう一つのゴムで止めた。


「そんなんで、好きになっても困るわよー、私の性格を見て好きになってもらわないと……」


「そんなもの見えないじゃんー」


「だから、男と女は難しいのよー!」


「めんどくさいー! ……、それよりも、早く帰りたいー」


 真理子の品格など、やっぱりお構いなしに、雪子は気だるそうに、もう一度、机の上に頭を乗せて呟いた。


「早く帰って、塾でも行くのー?」


「行かないわよ、早く帰って、水のお風呂入って体冷やすのー」


「水のお風呂ー?」と、真理子は訊きなおした。


「体、冷やさないと死んじゃうのよー」


「大変ねー、でも、クラブ活動は、何かやるでしょうー?」


「やらないわよー、早く帰るんだからー」


「あらまー、」

 真理子は、雪子の口真似をして言った。


「私、何しようかなー?」


「それなら、サッカー部にしなさいよ、うちのお兄ちゃんと一緒だから……」


「えっ、そうなのー?」


「サッカー少年だそよー、他にやることないのかしらー」


「へー、サッカーねー、でも、雪ちゃんが部活に入らないのなら、私もやめようかなー」


「私に遠慮はいらないわよー、私は暑いのが駄目なだけだからー、運動したら死んじゃうものー」


「じゃー体育はどうするのよー」


「少しくらいなら、何とかなるわー、多分……」





 しかし、それから一か月も過ぎ、五月も半ば、桃の花もリンゴの花も咲き乱れ、リンゴ園では人口受粉の作業で忙しいい。


 時より初夏の暑い日が顔を覗かせた頃……


 まさに暑さに注意していた体育の時間、雪子はバレーボールの試合の最中……


「あれ、ボールが見えないー、……」


 雪子は倒れてしまった。 


 意識は、すぐに戻ったが……


「ちょっと保健室に行ってきますー」


 雪子は、一人授業から離れた。


 保健室では、保健の先生、杉本遥先生がパソコンと向き合っていた。


「先生、エアコン入れてもらっていいですかー?」


「体温38度の雪子さんねー、事情は訊いているわー」


 保健の杉本遥先生は素早く、エアコンの冷房を入れた。


「もう、暑くって、バレーボール頑張っていたら倒れちゃった……」


「今日はいい天気だからねー、七月初旬って感じかしらー」


「少しベットで、休んでいきなさい!」


「ありがとう、ございます!」


 雪子は、エアコンの吹き出し口の前で、体操着を脱ぎ捨て、裸になった。


「ちょっとちょっと、……」

 遥先生は、慌てて窓のカーテンを閉めて回った。


「わたし、服も駄目なんです。体を覆うと熱がこもるので……」


「それは、そうかもしれないけど……」


 それから遥先生は、タオルを水で濡らして、雪子に渡した。


「これで、体、拭きなさい、汗かいたでしょうー」


「すみません、ついでにバケツに水もらっていいですか?」


「今、持ってくるわー」


 遥先生は、水の入ったバケツを雪子に渡すと、元居た机の椅子に座って、雪子の裸を眺めた。


「ちょっと、異常な白さねー、ちゃんとご飯は食べているの、他に悪いところはないの?」


 そう言いながら、も一度立ち上がって、雪子の体の前まで来て向き合った。


 遥先生は、胸のあたりを触って……


「……、ほんと、ため息が出るくらい、綺麗なハダカ、肌だけど、背中も見せてー?」


 遥先生は、雪子の裸の美しさに見とれながらも、裸ではなく肌と言い換えた。


 雪子は回って背中を向けた。


「暑さに弱いだけで、他はいったって健康だと思いますけど……、暑いとだるくって、体が解けちゃいそうなんです……」


 遥先生は、背中も少し触ってみた。


「え、……、肌、サラサラねー、汗かいてないみたい、……、体温38度なんて、普通なら、うなって寝ているわねー」


「だって、私、兎さんだからー」


「じゃー、兎さん、タオル貸して、背中も拭いてあげるからー」


 雪子は、タオルを渡して、もう一度背中を向けた。


「あ、あーん、気持ちいいー!」


「もう、そんな喘ぎ声、あげないでねー、変な気持ちになるから……」


 先生は、バケツにタオルを入れて絞って、もう一度、雪子の背中とお尻と足と丁寧に拭いた。


「じゃー、前も拭いてあげるわー」


 遥先生は、もう一度タオルをバケツに入れて絞った。


 雪子は前を向きながら……


「先生、余り絞らずに、もっとびたびたでいいわよー」


「そうー、……」


 たっぷり水を含んだタオルで拭くと、雪子の体は、水で濡れ怪しく光っていた。

 中学生にしては、大きく膨らんだ胸を拭くと、


「あ、あーん、乳首が気持ちいいー」


「もー、またー、そんな声出して……」


 遥先生は微笑みながら、その声に誘われるように、もう一方の胸も撫でるように拭いてから、お腹、足と優しく拭いていった。


「じゃー、兎さん、もう一度、背中向けて、びたびたに濡らしてあげるから……」


 雪子はもう一度背中を向けた。


「でも、本当ね。38度なんて、動物の体温ねー、でも、これからもっと暑くなるわよー」


「そうなんですよねー、これから私、生きていけるか心配……、倒れそうになったら、また保健室、来てもいいー?」


「もちろんよ、そのための保健室だから……」


「嬉しいー!」


「それなら、七月になればプールも始まるから、いつでもプールに入れるように先生方に話しておくわー」


「ほんと、嬉しいー、少しは生きながらえそうだわー」


「はい、終わり……」


「先生、ありがとうー」


 遥先生は、バケツを片付けながら、デスクに戻っていった。


「先生、少しベットで寝てていいー?」


「どうぞー」


 雪子は、裸のまま駆け出し、ベットに飛び込んだ。


「あら、あら、……」


 遥先生は、雪子の床に脱ぎ散らかした、体操着と下着を集めて、ベットの横のテーブルに畳んで置いた。


「ちょっとそのままでは、まずいわねー、これ、薄いタオルケットだから、これくらい羽織っていてねー」


 遥先生は、裸でベットに横たわっている雪子の上に掛けた。


 それから、ベットの仕切りのカーテンをしっかり閉めて机に戻っていった。


 授業が終わったのか、真理子が雪子の制服を待ってやって来た。


「先生、雪子の具合どうですか?」


「もうー、大丈夫みたいよー、そこのベットで寝てるわー」


「見てもいいですか?」


「どうぞー」


 真理子は、カーテンを開けて中に入った。


 雪子は起きていた。


「調子はどうー?」


「もうー、大丈夫よー」


 真理子は、テーブルの体操着を見て……


「あらー、また裸で寝ているのねー」


「だってー、暑いんだもんー」


「これ、雪子の制服よー」


「ありがとうー、持ってきてくれたのねー」


 真理子は、テーブルに制服を置いた。


「給食はどうするのよ。これからよー?」


「食欲ないー、わたしの分、食べていいわよー」


 その話が聞こえたのか遥先生は……


「駄目よっ! ちゃんと給食、食べないと……」


「でも、教室暑いからー」


「じゃー、ここで先生と一緒に食べましょうー、それなら涼しくていいでしょうー」


「先生、私もここで食べたいー」と、真理子が言うと……


「駄目よ、あなたは、教室に給食あるでしょうー」


「えー、……」


 不満そうに、真理子は教室に帰って行った。




 お昼休みになって、武が雪子が倒れたことを聞いて様子を見に来た。


「心配して、見に来てくれたの……?」


 雪子は、薄いタオルケットにシーツが掛かった物を首まで羽織って武を見た。


「また、裸で寝ているの……?」


 武は、机の上の畳まれた衣服でそれが分かった。


「ベットで寝ているからって、襲っちゃ駄目よっ!」


 雪子は、ちゃかして笑って、武を見つめた。


「真理子ちゃんから、聞いてきたの?」


「いや、違うよ。ちょっと担任が教えてくれた……、でも、大丈夫みたいだねー」


「今日は、特別に暑かったから、それにバレーボールの試合したので、ちょっと夢中になって頑張り過ぎちゃった……」


「……、そう」

 武は、ひとこと言っただけだった。


「そう言えば、お兄ちゃん、お父さんのお見舞い、行かないのね……」


「入院した最初は行ったんだ……、でも、意識ないし、寝ているばかりだから、行かなくなった」


 武は、ベットの横で立ったままだった。


「わたしみたいに、話せればいいのにねー」


「……、そうだね、でも入院する前でも、あまり話さなかったよ……」


 武は笑って見せた。


「そうなんだ、仲、悪かったの?」


「普通だと思うよ……、でも、リンゴの話になると逃げていたけどねー!」


 武は、珍しくおどけて見せた。


「お父さん、リンゴ作りに誇りを持っていたのねー」


「リンゴは、出荷するリンゴより、木の上で完熟するリンゴの方が美味しいて言って、一番美味しくなったリンゴを家に持って帰って来て、家族で食べるんだ。その時の家族を見るお父さんの誇らしい笑顔がいいんだ……」


「お兄ちゃん、お父さんのいいところ分かっているじゃない。それで、リンゴ園、継ぐの?」


「お父さんは、継がなくてもいいって言ってた、サッカー選手になれって、応援してくれた」


「どこの親も、子供の夢を叶えたいのね……」


「サッカー、最初に教えてくれたのも、お父さんだった。昔、少しやっていたとか……」


「そうなの……」

 雪子は、ひとこと言っただけだった。


「スキーも、山登りも、教えてくれた。それで、一緒に行ってくれた……」

 武は、寂しそうな笑いを浮かべて、雪子を見ていた。


「いいお父さんじゃない……」

 雪子は、武の寂しい気持ちを励ますように言った。


「いいお父さんだよ……」 

 武は、ひとこと言っただけだった。



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